◆第十一話『眠る遺跡①』
その日の夜。
ガレンはベッドの上でずっと眠れずにいた。
目を閉じれば蘇るのだ。
一瞬で大地を焦土化させた、あの天蓋竜イズガルオムの姿が――。
ラトカを救い出すためには根本である天蓋竜を倒すしかない。
そこに行きついたものの、相手は想像を絶するほど巨大な竜だった。
まるで倒せる気がしなかった。
圧倒的に力が足りない。
いや、そもそもあれを倒せる力など存在するのだろうか。
そんな疑問が幾度となく浮かんでは答えを得られずに頭の中で捨てられる。
増していく窮屈な感覚に耐えかね、ガレンは半身を起こした。
「んぅ~……ウチと空のデートっぽ~」
「むにゃむにゃ、オイラ、漢になりたいっぽ~……っ」
両脇からテュッポ姉弟の寝言が聞こえてきた。
部屋の灯を消してから間もない頃、枕を持ってしのび込んできたかと思うや、二人はうずくまるようにして寝てしまったのだ。
どんな夢を見ているのか。
アッポもカッポも幸せそうな顔で寝ている。
二人の寝顔を見ていると、窮屈な気持ちが幾らか和らいだ。
ふいに窓の外でなにかが煌いた。
目を凝らしてみると、浮遊する球形の光が映った。
大きさは人の頭ほどか。
無数の燐光で形作られているらしく、どこか儚げに見える。
人がランタンを持って歩いているわけではなさそうだ。
……なんだあれ?
ガレンは気づけば光の球に目を奪われていた。
光の球がゆらゆらと舞いながら、ゆっくりと視界から外れていく。
胸がざわつくのを感じた。
なぜだか、誘われているような気がしたのだ。
テュッポ姉弟を起こさないようにベッドから出た。
外出着を纏ったのち、玄関へと向かう。
「どこへ行くつもり?」
リビングで後ろから声をかけられた。
振り返った先、薄い布着姿のヴィオラが立っている。
「……ヴィオラ」
「きみ、自分が監視対象だってこと覚えてる?」
「光が見えたんだ」
「光? そんなものあたしには見えなかったけど」
「俺にもよくわからねえんだが……なぜだか、ついてこいって言われてるような気がするんだ」
要領を得ない説明しかできなかった。
ただ、嘘はついていない。
その想いを伝えるため、ガレンはヴィオラの目を見据え続けた。
「今頃、みんなは夢の中で温かいシチューを食べてるっていうのに」
ヴィオラが腰に手を当ててため息をついた。
こちらに背を向けたのち、肩越しに告げてくる。
「……少しだけ待って。準備するから」
◆◆◆◆◆
「ねえ、光ってどんな感じで飛んでるの?」
都市オゥバルを囲む渓谷をまたぐようにかけられた橋。
そこを渡りきってから間もなく、ヴィオラがそう訊いてきた。
ランタンの灯を頼りにガレンは先頭に立って突き進んでいく。
少し先のほうでは光の球がゆらゆらと現れては消えを繰り返している。
「丸いんだが、なんか蝶々みたいにひらひら舞ってる感じだ」
「蛾じゃないの? 稀に光ってるのいるけど」
「でも、人の頭ぐらい大きいぞ」
「人より大きいのだっているし」
「マジかよ。できれば一生会いたくないな」
そんな会話を交わしているうちに森の中へと入った。
鬱蒼と茂っており、樹冠によって天は蓋をされている。
おかげでランタンが作り出す明暗はより顕著になった。
かすかに風が吹いているのか、葉擦れの音が聞こえてくる。
すぐ後ろを歩くヴィオラが「それにしても」と話しはじめる。
「どうしてきみだけが見えるのかな。もしかしてまだ夢の中とか」
「それならそれでいいんじゃないか? なにかあっても起きたらベッドの中だぜ」
「そうだけど、夢ならもっと幸せなのが良かった……って、止まって!」
ヴィオラに服の裾を引っ張られ、ガレンは立ち止まった。
「そこから先、腐蝕領域になってるわ」
言われて足もとを窺ってみると、地面から生えた雑草が紫色に染まっていた。
ちょうど目線の高さにある周囲の樹木は根の部分を除けば通常通りだ。
安全だと思い込んでしまったのはそのためだろう。
「この辺り、昨日オゥバルから見たときは腐敗してなかったよな」
「異常な速さで広がってるのよ。もし次を逃したらオゥバルも……」
――腐蝕領域に呑み込まれる。
その光景を想像し、ガレンはぞっとした。
ここ数日、都市オゥバルを見て回ったから余計に鮮明だった。
都市オゥバルの腐蝕。
その可能性を生み出したのは自分だ。
しかし、後悔はしていない。
そうしなければ、ラトカの命は途絶えていたからだ。
様々な感情が胸中を巡りはじめた。
ガレンは頭の中を切り替えんと軽く深呼吸をする。
ふと、ヴィオラが自身の左腰につけたポーチの中を漁っていた。
やがて取り出されたのはフック付きの小瓶だ。
中には液体が入っている。
「それは?」
「精霊水よ。精霊の加護と同じで瘴気から身を守ってくれるの」
言い終えるや、ヴィオラはガレンのベルトにフックをかけると、垂れた小瓶を爪で軽く弾いた。キンっと音が響いた直後、小瓶の中に入っていた液体がほのかな光を放ちはじめる。
「便利だな」
「これ、高いんだからね?」
「……あとでこき使ってくれ」
「きみが想像してるよりずっと辛いのを紹介するから」
ヴィオラは自身のベルトにも精霊水の小瓶を取りつけたのち、不敵な笑みを向けてきた。
いったいどんな労働が待ち受けているのか。
ガレンは現実から逃避するように腐蝕領域へと足を踏み入れた。
まだ侵食されてから間もないからか、足場はそれほど悪くなかった。
ただ、漂う負の空気感もあって足取りは重くなるばかりだ。
それから歩き続けて半刻ほど。
突然、前方に見えていた光の球がふっと姿を消した。
「光が消えた」
「え、どうするの? あたしとしては帰る方向で全然構わないんだけど」
「いや、ちょっと待ってくれ。この辺りだと思うんだが……」
ガレンは諦めきれずに光の消えた場所へと向かった。
周辺を見回したのち、ランタンの灯を当てながら入念に足元を確認する。
と、紫の雑草が生えていない箇所を見つけた。
「なんだこれ?」
「石版……?」
ヴィオラの言うとおり、それは石版のようだった。
大きさは片手で持てる本程度。中央に無骨な石が埋め込まれており、そこから幾本もの溝が外側へと放射状に刻まれている。
ガレンは両手の甲に熱を感じた。
見れば、手袋から赤い光が漏れ出している。
魔法の発動となるようなことはなにもしていない。
そもそも左手の魔甲印にいたっては発動条件すらもわかっていないのだ。
ふいに石版中央の無骨な石が赤く光りだした。
放射状の溝にも光が満ちると、地面がかすかに揺れはじめる。
いったいなにが起こっているのか。
石版が周囲の土とともに奥へとずれていく。
どうやら石版は土を被っていただけのようだ。
実際は人が両手足を伸ばして寝ても乗り切るほどの大きさを持っていた。
また石版が動いたことであらわになったのは地面ではない。
地下へと続く階段だ。
ガレンが目の前の変化に思わず唖然としてしまっていると、ヴィオラがいぶかるような表情を向けてきた。
「どういうことなの? きみの魔甲印に反応したみたいだったけど……」
「俺が知りたいところだ」
いつの間にか両手甲の光は収まっていた。
石版の光も同様だ。
「……行くつもり?」
「当然だろ」
「やっぱり」
ヴィオラのため息が暗がりに溶け込んだ。
おそらく光の球もここに誘導したかったのではないか。
そんな確信めいた考えを胸にガレンは階段を下りはじめた。
中はとても冷たく、またとても静かだった。
別世界に迷い込んでしまったのではないか。
そんな錯覚に陥るほど外とは空気が違っている。
長い階段を下りきると、人一人が余裕を持って通れるほどの通路に出た。
なにやら壁面には様々な文字や模様が描かれている。
それらがなにを意味するかはわからないが、物珍しさからガレンは思わずまじまじと見てしまう。
「なんか遺跡っぽいな」
「さっきの入口、きみの魔甲印に反応して開いてたみたいだし……もしかしたらドルクナードのものなのかも」
「……滅びた文明か」
この両手に刻まれた魔甲印のことがなにかわかるかもしれない。
いや、もしかすると自分自身のことも――。
そんな淡い期待を抱きながらガレンは再び歩を進めた。
幾度かの曲がり角を経たのち、辿りついたのは十人ほどを収容できる広間だ。
通路とは材質が違うのか、劣化をほとんど感じられない。
また通路は黄土色だったが、こちらは少し青みがかっている。
「ここで行き止まりみたいね」
ヴィオラが室内を見回しながら言った。
たしかに続く道も、扉も見当たらない。
本当にここで終わりなのだろうか。
あれほど仰々しい入口や通路があったのだ。
まだなにかあるんじゃないか……?
そんな考えのもとガレンはあらためて広間を確認してみた。
目に入るのはあちこちに描かれた幾何学模様ぐらいだ。
そのどれもに丸い水晶のようなものが埋め込まれている。
とくに目を引くものはない。
諦めて踵を返そうとしたとき、視界の端に気になるものが映った。
ほかのものより少しだけ大きな水晶だ。
魔甲印が反応した地上での光景が脳裏に蘇る。
ガレンは軽い気持ちでその大水晶に右手の甲をかざしてみた。
途端、魔甲印が勝手に光りだした。
まるで炎が揺らめくように眼前の水晶にも赤い光が灯る。
「ちょっと、なにしたの!?」
「いや、入るときみたいに手をかざしたら――」
続きの言葉を遮ったのは地鳴りだ。
広間すべての幾何学模様や水晶に勢いよく赤い光が灯った。
直後、大水晶が埋め込まれた壁が重厚な音を鳴らして左右に割れはじめる。
やがて壁が動きを止めたとき、前方に現れたのはいまの場所よりさらに巨大な広間だ。
「マジかよ……本当に開いちまった」
「……この遺跡、やっぱりきみの魔甲印となにか関係があるんだわ」
ガレンもヴィオラと同じ見解だった。
ただ、それをたしかなものにするためには情報がまだ足りない。
「とにかく行ってみるか」
頷いたヴィオラをともない、ガレンはさらに巨大な広間へと踏み出した。
入口を抜けてから初めてわかったが、そこは思っていた以上に広かった。
オゥバルの城が丸々入ってしまうのではと思うほどだ。
それほど広いにも関わらず全貌を目にすることができたのは壁や床のあちこちに埋め込まれた青白い光を放つ水晶のおかげだ。
広間は奥へと伸びており、左右には等間隔に剣士と思しき彫像が置かれていた。
突き当たりの正面には祭壇らしきものが見えるが、あまりに遠いために造形までははっきりとわからない。
ただ、祭壇にまとわりついた大量の極太の根だけは鮮明に視認できた。
それらは背後の壁面まで覆い尽くしているが、無造作な感じはない。
まるで彫刻のように手前に隆起し、人型を模っているのだ。
根の巨人といったところか。
威圧感だけでなく、いまにも動き出しそうな躍動感を秘めている。
「驚いたわ……オゥバルの地下にここまで大きな空洞があったなんて」
ヴィオラが感嘆の声を漏らしたとき、腹の底まで響くような音が聞こえてきた。
出所は背後だ。
ガレンは慌てて振り返ってみる。
と、この広間への入口が閉ざされていた。
「まさか閉じ込められちゃった……?」
「……みたいだな」
一応、幾つかの石や枝は携帯している。
いざとなれば破壊できるか試すことはできるが……。
相当に分厚い扉だったこともあり、とても壊せるとは思えなかった。
「さて、どうするか」
「随分とのん気ね」
「慌ててもしかたないしな」
本心からの言葉だったが、落ちついている理由はほかにもある。
この場所まで導いたドルクナードの魔甲印。
これさえあれば、また出られるはずだと思ったのだ。
早速、脱出する手立てを探らんとした、そのとき――。
地面が揺れた。
先ほどの扉が閉まるときの比ではない。
いったいなにが起こっているのか。
視線を巡らせると、答えはすぐに見つかった。
「……冗談だろ」
「嘘でしょ……?」
ガレンはヴィオラとともに思わず顔を引きつらせてしまう。
広間最奥の壁面を覆い尽くす大量の根。
それらによって形作られた巨人が動きだした。




