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◆第十三話『眠る遺跡③』

 軽口を叩いていられるのもそれまでだった。

 巨人の拳が猛烈な勢いで襲いくる。

 即座にヴィオラと二手にわかれ、飛び退いた。


 先ほどまで立っていた地面が巨人の拳に穿たれる。

 さらに拳から無数に伸びた枝が再び追撃をしかけてきた。

 それらをなんとか躱しながら、ガレンは舌打ちする。


 生半可な攻撃を何度加えたところで巨人を倒せはしない。

 先のヴィオラの攻撃を見れば明らかだ。

 ……丸太なんかじゃだめだ。だったらほかになにがあるッ!?


 彫像の剣を使うことも考えたが、すぐに没にした。

 巨人の根にたやすく破壊されるところを何度も見たからだ。


 どうする。

 頭が破裂しそうなほど一杯一杯になった、そのとき。


 ――こ…を……手に……。


 なにか声が聞こえてきた。

 ヴィオラのものではない。

 辺りを見回してみても誰もいない。

 根のデカブツがいるだけだ。


 幻聴だろうか。

 たしかに頭の処理能力を超えてパンクしそうではあったが……。


 ――この剣を手に取って!


 今度ははっきりと聞こえた。

 声の出所は広間の奥、祭壇のほうからだ。

 ただ、そちらを見てみても声の主は見当たらない。

 剣だってどこにも……。


 ふと祭壇のそばでなにかが煌めいたのを捉えた。

 床になにかが落ちているが、遠いせいで造形まではわからない。

 剣とはあれのことだろうか。


 得体のしれない声に従うことに抵抗はある。

 だが、このままではジリ貧だ。

 なんでもいいから巨人を倒す可能性が欲しい。

 その一心からガレンは剣と思しきもののほうへと駆け出した。


「ガレンっ、なにしてるの!?」


 ヴィオラの焦る声が聞こえた。

 無理もない。

 剣のある場所は最奥の祭壇。

 巨人のそばを通らなければならないからだ。


 無茶は承知の上だ。

 根による突き刺し攻撃をかいくぐり、巨人のそばを通り過ぎる。

 幾度か肌を削られたが、致命傷はない。


 剣のそばまで辿りついた。

 間近で見てわかったが、とてつもなく大きい。

 剣身はこちらの身長と同じぐらい長く、また幅広だ。

 片手ではとうてい持てそうになかった。


 剣は黒曜石を思わせる色で染められている。

 禍々しい感じはない。

 むしろ神々しいと思うほどの艶を放っている。

 惹きつけられるようにしてガレンは剣の柄を両手で握る。


「なん、だ……これ……っ! 重すぎ……んだろっ!」


 歯を食いしばり、なんとか持ち上げる。

 だが、とても振り回せそうにない。

 ひとたび動かせば体が振られてしまう。


 この剣ならば巨人に攻撃が徹るかもしれない。

 そんな思いから動いたが、無駄に終わった。

 扱えもしない剣で敵を斬れるはずがない。


 ふとヴィオラの短い悲鳴が聞こえた。

 見れば、彼女は遠く離れたところで倒れている。


 巨人の攻撃を受けてしまったのか。

 苦痛に満ちた顔を浮かべながら足を押さえている。

 巨人が彼女へと猛進しはじめる。


「ヴィオラッ!!」


 剣を捨てるしかない。

 いや、捨てたところでヴィオラを救う手はあるのか。

 こちらの攻撃は通じない。

 彼女を抱きかかえて逃げようにも、この距離では確実に間に合わない。


「あの女を救いたければ、力が欲しければ左手を胸に当てるんだ! そして望めっ、果ての領域へと至らんことを!」


 剣へと導いた声がまた聞こえた。

 ――あの女を救いたければ。

 その言葉を聞いた時点で思考の余地はない。


 なんにでも縋りたい気持ちで一杯だった。

 ガレンは左掌を荒々しく胸に押し当てる。

 果ての領域だかなんだか知らねぇが、力をくれるってんなら……。


「いくらでも望んでやるよ――ッ!!」


 喉がはちきれんほどに叫んだ、その直後。

 左手の魔甲印が赤々とした閃光を発した。

 あわせて周囲へ散らばるように、雷光のごとく煌きと凄まじい突風が吹き荒れた。


 血が、骨がうずいたような気がした。

 どくんと心臓が大きく跳ねる。

 呼応するように全身に強い圧迫感が襲いくる。

 肉が破裂するのではと思うほどだ。


 だが、不思議と気持ちは高揚していた。

 そう。

 感じていたからだ。

 自身から溢れんばかりの力を――。


 巨人とヴィオラの距離はもうほとんどない。

 それどころか巨人は拳を突き出している。


 ガレンは半ば無意識に駆け出した。

 たったそれだけのことで足場にした地面が弾け飛んでしまう。

 恐ろしいほどの速さ、力だ。


 ガレンは瞬く間に巨人を追い抜き、ヴィオラの前へと躍り出た。

 地面に足を突きこませながら無理矢理に止まる。


 巨人の拳が迫ってきている。

 先ほどまでは重すぎてまともに振ることしかできなかった剣。

 それがいまや軽いとすら感じている。


 両手で持った剣を力の限り払った。

 巨人の拳が上下に切断される。

 攻撃が徹ったのは初めてだ。

 だが、喜ぶ暇などない。


 切断面から無数の根が伸びた。

 みるみるうちに繋がっていく。

 だが、これは予想できた状況だ。


 ガレンは次の一手へと動きはじめていた。

 巨人の胸元へと向かって即座に跳躍。

 勢いのまま剣を突き出しながら、望む。

 剣の巨大化を――。


 右手の魔甲印が輝いた。

 応じて、まるで剥がれるように剣から黒味が失われていく。

 やがて限りなく透明に近い水晶のごとく剣が現れる。


 変貌した剣の姿に戸惑いはない。

 むしろ、これが正しい姿であるとさえ思うぐらいだ。

 剣は魔甲印の力を得て、その身を巨大化させる。

 切っ先は、すでに巨人の胸を捉えている。


「ぉおおおおおおお――ッ!」


 ガレンは雄叫びとともに剣を押し込んだ。

 抵抗なく突き進んだ剣は巨人の胸を穿った。

 刺した箇所から眩い光が溢れはじめる。


 巨人が慟哭のように広間全体を震わす声をあげた。

 その肉体を形成していた根から生気が失せていく。やがて完全に色がなくなった根たちが乾いた砂のように崩れ落ちると、ついに跡形もなく散った。


 右手の魔甲印の力を解いた。

 剣が瞬く間にもとの大きさへと戻っていく。

 その色も透明ではなく、再び黒味を帯びた。


 巨人がいなくなった光景をなかなか信じられなかった。

 少しの間、呆然としてしまう。

 程なくして事実を受け入れられたとき、ほっと息をついた。


 途端、凄まじい重みが全身を襲った。

 自身の肉がすべて鉛になったような、そんな感覚だ。

 すぐさま床に剣を突き立て、倒れそうになるのを堪える。


 なんだよこれ……だるいとかそんなもんじゃないぞ……ッ!


「が、ガレン?」


 後ろからヴィオラの不安そうな声が聞こえてきた。

 弱みを見せたくない。

 とっさに思考がそう働いた。


 ガレンは深く息を吐きだした。

 同時に痛みも意識の外へと追いやる。


 背筋を伸ばすまでは歯を食いしばっていたが、振り返るときにはなんとか平然を装うことができた。

 ヴィオラのもとへと歩み寄る。


「俺は大丈夫だ。そっちは?」

「え、ええ。足をくじいただけだから。それよりも……」


 彼女がいぶかるような目を向けてくる。


「いまのはどういうことなの?」

「俺にもなにがなんだか。ただ、声が聞こえたんだ。この剣を取れってな」


 言って、ガレンが剣を持ち上げて見せつけた、そのとき。

 どこからか明瞭かつ透き通った声が聞こえてきた。


「ふぃ~っ、危うく死なせてしまうところだった」

「そうだ、こんな感じの声だった――って」


 先ほどよりも明らかに声が近い。

 ガレンはすぐに視線を巡らせて辺りを探る。

 と、左の足もとに人型のなにかが立っていた。


 ガレンの手で包み込めるほどの大きさしかない。

 また、その生き物は愛らしい少女の姿をしていた。


 身に纏うのは純白のドレス。

 青味のある長い髪は両側で二つに結われている。

 靡く髪の毛先を追うと、背から生えた透明の四枚羽が目に入った。


「な、なんだこのちっこいの……?」

「ちっこいのじゃなーい!」


 即座に甲高い声が返ってきた。

 小人が羽をはためかせて目線の高さまで飛び上がってくる。

 と、腰に手を当てて体に相応しい立派な胸を張った。


「ボクの名前はテュール。ドルクナードの泉を守る妖精の女王、テュールだっ!」



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