34 協力
その後、中庭に行くと、放課後なのにやっぱり青柳が椅子に座りこんでいた。煉と青柳は仲がいいとは言えないからスムーズに話を進めるために、彼には校舎の中で待っていてもらって、天野だけを連れて私達は青柳と対面している。
記憶を正式に受け継いでいる彼と交渉するのは他の人よりも簡単で、大まかなことは省き、私が眞那から知識を受け継いだ経緯とこれから起こるであろう事柄の協力を求めた。
すると、青柳は考える素振りすらなく、すんなりと「いいよ」の返事がきた。え?そんなにすんなり?
「え?は?……本当にいいんですか?とても危険なことなんですよ?もしかすると怪我をするかもしれないし、下手をすると死んで…」
「いいんだ。それでも協力する」
「……」
邪塊との決着は何が起こるかわからない。煉は『雫』が望むことを進んで協力する節があるので、あえて確認はしなかった。というか邪塊のことは頭に入っていないらしいから、おいおい説明しようと後回しにしたんだけど、青柳は煉とは違う。
青柳の前世は眞那の知識から、彼の前世である水豊は思量深い人だと認識している。その人が、邪塊と戦うとどうなるのか知っているはずなのに、こうもあっさりと頷かれては、私としては驚くだけだ。
「驚くことはない。俺は以前から…生まれ変わるたびに邪塊を探して、穢れと戦っていた。雫の前世は知らないが、この時代で出会ってからも同じだ。邪塊が触発されて復活しないように、穢れを祓っていたんだ。同行を許してくれなかったら、俺が勝手についていっていたがな。だから邪塊が何処にあるのかさえ分からない。白石が知っているのなら、こっちとしても有難いんだ」
「………」
記憶を失う前の私を『雫』と呼び、今の私を『白石』と呼ぶ青柳。貴方たちも、今の名前と前世の名前が複数あってややこしいのに、私の名前を分けて呼ばれたら…かなりややこしいんですけど?
それにしても青柳の言葉に私は何と答えたらいいのだろう?
彼は以前『お前のためだけに生きていた』と言った。まさにその通りだったとは…。
眞那の仕事は民の平穏を祈り、厄災を遠ざける巫女の仕事をしていた。その一つが穢れの払いだ。力を持つ眞那の宿命と言っていいだろう。それを青柳は生まれ変わるたびに、その人生を費やして邪塊を探していたと言う。何度生まれ変わっているのか知らないけれど、その時間を眞那の宿命である穢れと邪塊を探していたなんて…果てしなく気が遠くなる
時間だっただろう。
そこまで健気に眞那に尽くしている彼に何も言えなくなる。
「お前がそんなに辛そうな顔をするな。邪塊のことは眞那から聞いて知っていた。これでも眞那の許婚だったのだから」
そうだった。水豊は眞那の許婚だったのだ。青柳からお前の許婚だと言われたみたいで、頬を真っ赤にしてうろたえてしまう。そんなんじゃないのに、彼は眞那が好きで、私じゃない。
そんな私の頭にぽんぽんと優しく叩くのは天野だ。刺激を与えて邪念を(?)追い出してくれたのだ。
「有難う」
「どういたしまして」
そんな私達の様子を見ていた青柳がクスリと微笑む。
おお!!彼でも微笑むことがあるんだ。
「今の雫は表情が豊かだな。眞那もある程度は表情に出ていたけど、一度巫女としての仮面をつけてしまうと一切動かなくなった。もっといろんな顔を見せてくれていたら、眞那の孤独も和らげてやれたと思うんだが」
微笑んだのは一瞬で、言葉と裏腹に無表情に戻ってしまった。それが逆にこっちが切なくなる程だ。
「知っていたんだ。眞那が孤独だったこと」
「そりゃ、恋人だったから。彼女のことはずっと見ていた。もっと甘えたり我侭を言って欲しかった。だけど、それは今だから言えること。あの時は巫女が必要だったから、俺も何も言えずに彼女を見守ることしか出来なかった。気づいていながら手を差し出すことをしなかった……だからせめて、彼女が遣り残した邪塊をこの手で始末しようと探していたんだ。だから―――白石、俺はいくらでも協力する。遠慮無く俺を使え」
青柳との協力を得たからには煉とも連携を持って欲しいので、煉を屋上から呼び寄せ、彼らと天野と六合と中庭に集まってこれからのことを話し合うことになった。天空はこれ以上この世界にいると晴明に知られてしまうということで自分達の世界に帰っている。
眞那と過ごした健彦は安倍晴明で、そして今は緑川さん。彼には文化祭のことで遅くなることを連絡してある。それでも緑川さんに気づかれることなく話し合い出来るのはごく僅かな時間だ。
というのに……私は既に先が思いやられる。
「水豊!雫の隣に座るんじゃねぇ!」
「ここは元々俺の指定席だったんだ。それに何処にいようと自由だろう」
「だったら俺が雫の横に座ってもいいはずだっ」
たった二つしかない椅子の一つに私が座り、隣に青柳が当たり前のように座っているのに煉が気に食わなくて、時間がないというのにいきなりの喧嘩。それだけじゃなく、かなり重要なことを話し合わなければいけないはずなのに。まったく。
「それじゃ、僕が立つから、煉が座ったら?」
「え?」
そういう意味じゃなくて、と言っている煉の背中をぐいぐい押して、強引に椅子に座らせる。と、二人は一度目線を合わせたものの、プイッと体ごと背中合わせになった。
知っていたけど、本当に仲が悪いんだ。
「大変だな。白石」
「本当だよ。二人とも僕より年上なのに、子供っぽい喧嘩をするなんてね」
天野と呆れるよね。と嫌味を言ってやったら、二人とも「「子供じゃない」」声をそろえての反論。
「だったら、大人しくしていてよ。確執があっても今は我慢して、邪塊を浄化するまで協力し合おう、ね」
煉は村を売ってその結果、村が滅んでしまったのだから、青柳には煉に対しての恨みがある。それを抑えろというのは無茶な頼みなのかもしれない。だけど、この件が終わるまでは保留にしていて欲しい。それに、それは前世の話しで何百年前の事柄をいつまでも…
今だけでも仲良くして欲しいと、その願いを込めて二人を見つめると通じたのか、方や膨れっ面、方や無言で目をそらし大人しくなってくれた。
「良かった。他の二人が協力してくれないかもしれないから煉と柳さんにもめられると僕はどうしていいのか分からなくなる」
この二人がいがみ合うのも問題だけど、それよりも後の二人。真君と緑川さんがもっと問題なんだ。真君がどう出るのか予想できないし、緑川さんは邪塊のこと覚えているはずなんだけど、私に記憶を封印なんて施したし、どういうつもりなんだろう?想像がつかない。
「後の二人の協力が出来れば欲しいところなんだけど、どうしたらいいと思う?」
「どうしたら…って、健彦なんだろう?あいつなら雫の言うことだったら何でも聞くんじゃないのか」
緑川と顔を合わせてバトルしてトラウマを植えつけられたというのに、あっけらかんと言う煉は、緑川さんが厄介な人物だということを認識していないようだ。
「健彦は確かに眞那の言うことはよく聞いていたけど、眞那に対してよく注意もしていたみたい…なによりもう一つの前世が安倍晴明なんだよ。一筋縄じゃいかないと思うんだけど」
「妖に対しての力は壮絶。平安時代は周りの思惑に振り回されないように知恵も必要だったと聞く。邪塊を倒してくれるほうに傾けば心強い相手だが、白石を邪塊から遠ざけようとするならば、厄介だ。…なにより、何を考えているのかさっぱり分からない。健彦のときも俺は苦手だった」
私の言いたいことを詳しく説明してくれた青柳だったけど、彼でもどうすればいいのか分からないようだ。
「あいつはかなりひねくれているからな~思ったことを素直に表現できないんだ。本当に不器用なヤツだよ」
おいおい、天野君、主人に対してそれはないんじゃないの?
「晴明様ってけっこう我侭なんだよ。こんな会議をしていると知ったら激怒もんだよね~」
六合が天野に相槌を求めるが、天野は苦笑するだけ。
そうなんだ、顔に似合わず我侭なんだ。自分の知らないところで物事を進めると臍を曲げるかもしれないんだ………怖っ。
「え~と、それじゃ、緑川さんには当日まで知らさないで、いきなり巻き込んだほうが得策?」
「だね」
「ああ」
式神二人が頷く。文化祭が一番確率が高いが、実際どの日が当日になるか分からないけど、それまで隠し通せるのかな?
「第一条件として隠し通せるのならな」
ああ、やっぱり。
「だけど、あいつは今かなり油断しているから、大丈夫だろう」
うん、それは私が記憶を失っているからだね。極力不振がられないように頑張ります。
「問題は真君か~」
「そうだ!そいつ、真って誰?」
病室で面識があって知っているはずなのに誰と聞く煉は、現代の事を聞いているのではなく、前世では誰だったのかを言っているのだ。
「……本当に煉に心当たりないの?」
青柳にはピンと来るものがあったらしく、僕と一緒に呆れ顔を煉に向けると、焦って必死に思い出そうとしている。まぁ、無理もないんだけどね。那岐は半分気を失っていた状態だったみたいだし。
大人気ない喧嘩をしたから、ちょっとお仕置きのつもりで意地悪をしてみたけど、あんまり虐めると拗ねると困るからね。彼の正体を口にしようとすると、横から青柳が辛辣な言葉を冷たい視線とともに煉に投げつける。
「戦士たるもの常に気を張っていろよ。自覚が少ないから邪塊の穢れに侵されてしまうんだ」
「なにっ!!!」
腰を浮かせて、喧嘩体制に入ろうとする煉に私は慌てる。
「うわああっ!待った!真君は雲霧だよ。僕達の敵だったトップだ。どうしてあの場に居合わせたのかは知らないけど、結界内に入ってきたから、それなりの能力を秘めていたんだろう。彼も邪塊の呪いにかかってしまったし、幸か不幸か白虎に選ばれた!前世は敵でも、今世は味方になってもらいたいんだっ!」
間に入って早口で真君の説明をまくし立てる。こんなことで喧嘩しないで、ね?
存外、大きな声を出してしまったみたいで、見上げると二人は固まっていた。横では勾陳こと天野がケラケラと面白そうに笑みを浮かべている。そんなに私は眞那とのイメージからかけ離れているのだろうか。眞那は私の性格を喜んでくれていたけど、二人は不快に感じて協力を拒否してきたらどうしよう。
上目遣いに恐る恐る二人を見上げると、私の心配は無用なことだったと悟る。
「雫が感情を現して俺にぶつけてくれた。感動だ~」
と、煉は涙を流さんばかりに抱きついてきて、それを剥がそうと青柳は奮闘しつつも、私の頭を撫でてくる。
「内に溜めるのは良くない。いい傾向だ」
「白石には後ろがないから、前向きでいいねぇ」
勾陳、それは褒めているのか微妙なんですけど?
「僕も抱きつきたいのに…」
六合の言葉は、ごめん無視します。
皆、急に私に引っ付いてきてどうしたんだよ。そんなに感情的になる私というのは珍しいこと?
感じた疑問は勾陳と青柳が答えてくれた。
「眞那は綺麗だったけど、人形みたいに感情を表さなかった。特に怒りは全くといっていいほどだ」
「以前の雫もそうだった。前世の記憶を受け継いでいたからだろう」
「特に負の感情は穢れを呼ぶことになるからな」
そうなんだ。眞那って苦労していたんだ。だからといって、私はまねしようなんて思わない。私は私でいいと眞那は言ったし。それに抑えるなんて無理っぽいし。
抱きついてくる煉にポンポンと背中を叩き、青柳には笑顔で答えてあげると落ち着いたのか私から離れてくれた。なんだか保母さんになった気分だよ。
「本題に戻すけど、真君には出来れば協力してもらいたいから、僕から一度話してみる」
「おいおい、大丈夫なのか。相手はあの織田信長なんだろう?」
「はっ!?雲霧が織田信長だって!?」
勾陳の言葉に反応を示したのは煉で、目玉が落ちそうなほど驚いているのに対し、青柳はありそうだ。と嫌そうに眉を寄せて冷静に呟いた。
「わ~~駄目駄目!!雫一人では行かせられない!だって織田信長って男色の気があったと噂されているんだろう。男女問わず手を出す下半身男に近寄るな!絶対駄目!」
心配はそこかっ!!
織田信長は美形の森蘭丸を常に傍にいさせていたというところから出た噂。だけど事実は分からない。血も涙もない非道だというのも、歴史で起こった事実から言われているのだ。何かしら理由があるのかもしれないのに。全ては歴史であり本当のところは本人にしか分からないので憶測が出回っている。
「どんな人物か分からないけど、いい案がない以上、真正面に向かって話し合いがベストだと思うんだけど」
身内であったのなら対処の仕方もある程度分かるものの、前世は敵であった彼のことは殆ど分からない。どのようにして味方に引き込めば良いのか…私の提案に誰も否定しないと言うことは、それ以上にいい提案が浮かばないということだろう。
「じゃ、交渉の一番手は僕ということで。皆は通り魔を探して欲しいんだけど、頼める?」
文化祭までに通り魔をやっつけることが出来れば、最悪を回避できるかもしれない重大な仕事だ。
邪塊と穢れを纏った通り魔との接触は出来るだけ避けたい。
勾陳達、十二天将達に晴明は晴明なりに頑張っているから、あまり邪険に扱わないで欲しいと頼まれた。
「あいつは不器用なんだよ。生まれ変わっていつか眞那と出会えると知ったときから、今度こそ自分の手で守りたいと己を磨いていた。人々から恐れられても尚、満足せずに術を磨き上げていったんだ。そんなあいつを見て、眞那のためになるならと、俺たちはあいつを主人と認め、下ったんだ。ただ守る方向をちょ~っと間違っているけどな」
煉と青柳達と別れ、迎えの車まで送ってくれる天野から苦笑気味で教えられて、天野達とも別れた。
うん、別に邪険にしているつもりはないよ?ただ…へそを曲げられると厄介だなぁ…ぐらいで…
あまりの大物過ぎて腰が引けているのかなぁ。この事件が解決したら腹を割って話をしようっと。




