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29 回想



迎えに来てくれた緑川さんと一緒に車に乗り込み、緑川邸に帰ってきた僕は、独りで考え事をしたいからと、風呂場へと逃げ込んだ。与えられた部屋だとメイドの人が世話をしにきたり、緑川が様子を伺いにきたりと、監視されている僕にとっては気を許すことが難しい。よって、誰も入ってこない風呂場が最適なのである。

ゆったりと足を伸ばしても余りある檜風呂の隅に体を寄せ、雅也の言葉が切欠となって思い出した記憶の整理を行っていた。


 思い出したのは河原での出来事だ。僕が記憶を無くすきっかけとなった出来事とも言えるだろう。


雅也が言ったとおり河原で通り魔に襲われたが、それは上手くかわす事が出来て無事に逃げおおせていた。通り魔に襲われたことは問題だけど、それはいい。もっと問題なのは通り魔が逃げ去った後だ。

湯船につかりながら思い出した記憶に神経を集め、脳裏で再現させる。



 通り魔が去った後の誰もいない河原で何気なく佇んでいた自分は、反対側から軽やかに駆け寄る足音に気づき、その人物に声をかけた。


『また私に式を付けていたの?健彦』


私に駆け寄ってくるのは今じゃもう数は少なくなっていて、振り返るとやはりいつもの彼の姿があった。


『ごめん、違ったわ。今は緑川さんだったわね…』

『いいですよ。好きに呼んでください』

『…で、式は何処?』


好きに呼んでもいいとは言うけれど、大きな企業の社長もしている人に対して違う呼び名をしていたら、彼を知っている人が聞けば変な噂も立てられかねない。気をつけないと、昔と今は違うのだからと苦笑する。


『あそこに式がいます』


緑川が指差したのは天空――大空を舞う小さな白い鳥だ。それが彼の力、緑川の式というもの。


『気づかなかったわ…』

『気づかれないようにしているのですから、気づいてもらったら私が困ります。ところで何がありましたか?』


どんな理屈なのやら、私が未熟なのを指摘したいのか無防備すぎるといいたいのか、聞きたいことはあるけれど、式を私につけないでと言ったところで、彼は聞く耳を持たない。過保護すぎる緑川に河原であった通り魔との出来事を話すと、整った眉間に皺を寄せた。


『それで、その男に髪の毛を取られたのですか?』

『取られていないわ。風を呼んで浚ってもらったから』

『では、その辺に落ちているかもしれないんですね。私が焼きます』


自然と抜け落ちる髪の毛とは違い、力あるものの体の一部は敵の手に落ちればどんなことに使われるか、兎に角やっかいなのだ。回避するために緑川が処分をしてくれるという。


『別にいいのに』

『そんなわけにはいきません。貴方はその力を厭うあまり本来の力に達していないですが、秘めているものは余りにも大きい。悪用されれば大変なことになりますよ。少しは自覚してください』


って言われても、昔ほどうじゃうじゃ魔物はいない。小者の魔物はこの世の中を住みつくには難しいはずだ。ただ例外はいるというだけのこと。

そんな例外と出会うのはそうそうないのだけど、彼は昔から心配性が性分だから、『はい』と返事だけはしておく。


『ところであの件は考えてくれましたか?』


 一つ一つ見つけては髪の毛を焼いていく緑川が言ったあの件とは、再会してから間もなく提案された『養子』のことだ。


『何度も言うように、嫌。これだけは譲れないから』


緑川が自分の周りを怪訝して心配してくれるのは良しとしても、今の生活を壊したくなかった。


『これ以上昔の人達と関わりたくないの。私の我侭だとしても、同じ繰り返しはしたくない。だから、男の子として生まれ変われるように強く願ったのに、神様は意地悪ね』

『……黄之本や青柳は例外ですか?』


押し殺しているが責める口調に私はため息をついた。


『違うわ。小さいころは別として今は煉とも距離を置いているし、昴はたまに協力してくれているけど必要以上に近寄らないし、彼もそれを感じ取ってくれているよ』

『…それでも私は心配なのです。あの時、私は貴方を守れなかった。だから次に出会うことがあれば全力で守ると決めていたのです』

『昔は昔、健彦の所為じゃない』

『私の庇護下に来てください。悪いようにはしませんから』

『だから、そんな簡単にいかない話だって』


昔のことだけでなく、今の私には優しい父親がいるんだから。出張は多いものの、父さんは母親似の私を凄く大事に愛してくれている。その父親を裏切る真似はしたくない。


『そうですか……どうしても承諾してくださらないのなら、こんな手を使いたくなかったのですが、仕方ありません。しがらみを立っていただきます』


 健彦…もとい!緑川の霊気が一気に膨らむ。いつもは敵である穢れに対して向ける霊気が私に向かっているのに、不穏な空気を察知した。


『!―――それはどういう』

『貴方が留まっているのは昔と今の記憶があるからです。それらが無くなれば新たな世界に旅立てる』

『!!―――っ』


緑川は知っている。私が前にも後ろにも進めずに、温い状況に留まっていることを。だけど、それは私の問題であって緑川が口出すものじゃないはず。


『記憶を封印します』

『待って!』

『遅いです。既に貴方は私の術にはまっています』

『え!?』


私から数メートル離れた真正面で緑川が印を結ぶ。瞬間、私は辺りを振り向いた。ところどころ、緑川の施した形跡が私を中心に円を書くように残っているではないか。


『髪の毛を焼くといいながら、術を仕掛けていた?』

『安心してください。一つ残らず焼いています。でも、貴方の髪の毛は術にも使わせていただきましたから。簡単には破れませんよ』


ああ、私はおろかだ。きちんと緑川が説明してくれたにもかかわらず、無頓着だったから自分の力の一部を利用された……


『あの時は己の力が全てだった時代、他者の力をこういう形で利用するなんて考えもつかなかったことでしょう。ですが私は違う時代にも生き、知恵と術を手に入れました』


悔しがっている私を見て考えを予測したのだろう。的確に答えを返してきた。


『千年の永きに渡っても廃れることのない私のもう一つの名前――安倍晴明。この名前、ご存知ですよね?』


知っているも何も有名すぎるじゃないか。


『…せい、めい…?…健彦が安倍晴明?』

『そうですよ。隠していてすみませんでした』


歴史の授業でも習う有名どころの安倍晴明。そして陰陽の神様とまでいわれた人物だ。永きに渡ってまどろんでいた自分とは違い彼らは他の時代も歩み、今に至るのだ。

秘める術だけでは健彦…緑川には適わないだろう。と瞬時に悟った。


『…そう…私の記憶の健彦は、あれから違う時代でちゃんと生きていたんだね。……幸せだった?』


 安倍晴明といえば、陰陽師では最高の術者だと言われている。その人生は物語にされているが、主観的の想像で書かれる物が多く、幸せだったかは本人しか知らない。


『………それなりに…』


思わず聞いてしまったのだけど、一言答えるだけの緑川は複雑な思いで返答したことは表情だけで分かる。


『現代も幸せを求めればいいのに、わざわざ不幸を呼び寄せてしまう私に関わるの?』


現代の健彦は地位も名誉も資産もあるのに、どうして。

答えは分かりきっているのに質問してしまう私は意地悪なのだろう。でも、あえて口にしたのは、新たに生まれ変わっても、悲劇を振り払えずに囚われてしまっている緑川が自分から昔を断ち切って欲しかったから。

私が言いたいことも緑川は分かっているにも関わらず、術を解くことはしない。


『………記憶を封じます…』

『仕方ないわね。いいわよ。でも、貴方が思っている通りの未来にはならないかもしれないけど、ね』

『!!』


緑川と話をしている間に、私は私なりの対処をしていたのだ。全ての記憶を封じられる前に、時間を稼げるように。


『あの時代でも私たちは屈しなかった。人の心は簡単に支配されないってこと知っているよね』

『……』

『それに私達の呪いのことも忘れたの?そう簡単には前世の記憶を手放すことはできないのよ。忘れたくても、ね』


一筋縄じゃないない兵の安倍晴明も言葉を失う瞬間。彼の術に対してどんな抵抗をしたのかは教えてあげない。わざと違う方向の言葉を紡いだのは、相手は安倍晴明なのだから教えてしまうとそれすら封じられてしまう恐れがあるからだ。

緑川からの返事は返ってこない。その代わりに私の周りが輝き始めた。

術が完成へと発動したのだ。


『幸せになってね。健彦―――』


傍らでよく動いてくれた可愛らしい笑みを思い浮かべならが、真っ白な闇へと吸い込まれていった。





僕が思い出したのは、川原での出来事だった。


雅也との会話で、流れ出た記憶は映画を観たかのように脳裏に描いたのではなく、一気にポンと脳に埋め込まれたように一瞬に思い出したのだ。パズルのピースが一つはまったように…


天野たちに気づかれないように、ポーカーフェイスが出来た自分に褒めてやりたいぐらいの情報。

緑川邸に戻り、風呂に入るまでは『嘘だ!』『本当なのか!?』『何のことだよっ!』と脳内で色々呟いたりしていたが、温かな湯に使って落ち着つくと不思議と波立つ感情が収まっていく。

 だけど何故、勝手に涙が零れるのだろう?

思い出したといっても、知識としてであってそこに私の感情が入っていない。しかしながら情報だけの映像は混乱をもたらすのに十分であった。


「緑川さんが…安倍晴明の生まれ変わりだって!?何の冗談だよ…明日からどんな顔をして会えばいいんだ??」


通り魔との遭遇よりも、一番驚いた事柄がこれだった。

それに私は緑川さんのことを『健彦』と呼んでいたし、最近は出会った知り合いにしては変だ。会話のところどころに出てきた『あの時代』という言葉の意味は、安倍晴明が生きていたころよりも前だと予測される。

その時代に私もいた?私も誰かの生まれ変わりなのか?

そして煉と青柳と私の関係は?


ワンシーンのみを思い出しても何の解決にもならない。謎だらけで消化不良だぁ!

苛立ちを何処にぶつけたらいいのか分からずに、湯船の中で握りこぶしを作る。


「………」


そこでふと、今まで見ようとしていなかった自分の胸の膨らみに目を向ける。記憶を失ってから、私は鏡を見なくなった。服の下には下着の変わりにさらしを巻き、風呂場での記憶もいつもなくなっていた。

記憶を失ったと同時に性別をすり替えて、見ようとしなかったのは、多分、以前の私が『男の子として生まれたかった』という願いからだろう。


だけど…河原での記憶が蘇った瞬間に、自分が女性であることも思い出してしまった。


「……」


なぜ女性では駄目だったのだろうか?それに緑川さんが私の記憶を封印しようとした理由は…?


たまに見る夢……自分から意識してその場所にいけるか謎だけど、あの樹に宿る女の人が手がかりのような気がする。

神経がとがって眠気なんてこないけど、横になるしかないよな。


素早く風呂場から出て、今までどおりさらしを巻いて、自分の部屋へと駆け込んだ。今は誰とも出会いたくない。


もやもやとして気持ちが悪いのなら自分から動くしかないと、無理やりに目を瞑って樹の立っている場所に行けと念じながら眠りに付いた。



大物が出てきてしまいました。名前を使うのも恐れ多い御方です。

他にも殆どの方が知っている歴史上の人物の名前が二人出てきます。

ただ使わせてもらっているだけで、その時代と絡めたり、どうこうするつもりもありません。(そもそもそんな知識私にはない!)

なんとなく、それぞれの気性や性格が分かりやすいかな?という程度です。

他の登場人物がどの歴史上の人物になるか、予想や楽しみにしてくれたら私も嬉しいです。ただ一人だけマイナーな人がいます。そしてもう一人は…ネタバレになるのでここまで。

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