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30 別れ



『さて、何が知りたいのかしら?』


穏やかで優しい音色が樹の中から聞こえてきた。あの場所に来れたことを嬉しく思う反面、女の人の声が小さくなっていることに驚く。それを聞いてみると。


『私がここに留まっていられる時間が残り僅かなのよ』


と、哀しそうに、そして仕方なさそうに諦めを含んだ微笑み声で答えてくれた。


『貴方は何度か私の手を借りないで記憶を引き出しているわ。疑問だらけの中でも分かっていることがあるのでしょう?』

「……この場所は私の中というよりは心の奥底かな?…そして貴方は私…」


自分が女性だと自覚してから、自分の一人称が『僕』から『私』へと変わってしまった。これもまた記憶の一部が蘇ったから、慣れ親しんだ言葉に変わってしまう。

記憶の一部が戻ったことを他の人には伏せておきたいところだが、彼女だけは別だ。なぜなら彼女は私自身なのだから。隠す必要は無い。


自分自身に対して遠慮がちに声に力が入らないのは、疑問と謎ばかりを見ていた私を嗜めて前へと進めるように促してくれる彼女と会うのは多分、これで最後だと直感したからだ。


『そう、貴方の一部よ。それだけでなく、気づきたくないだけで他に分かったことがあるのでしょう?』


同じ言葉を繰り返す。彼女は私の心の整理を手伝ってくれている。


「自信はないけど、貴方は私の前世の姿?そして、前世で緑川さん、煉、青柳さんと知り合っている。彼らもまた、前世の記憶を持っているのかもしれない」


前に進めるように手助けをしてくれるのだったら、僕も彼女に対し素直に言葉に出すことにする。


『他には?』

「……人にない力を私が持っている…とか?」


思い浮かぶ事柄が余りにも少ないのは、私が認めたくないだけなのかもしれない。


『少なくともあと一人、心当たりがあるのでしょう?』

「……」


彼女は容赦なく私をつつく。そう、前世と繋がりがあるかもしれないもう一人の人物の名を上げさせる。


「真君……」


彼女の姿が見えるのなら、ニッコリと微笑んでいただろうという気配を感じた。


『十分理解していると思うのだけど、何が知りたいの?』


私が知りたいと思うことに触れていいと許可を得て、ゴクリと喉を鳴らす。


「貴方はどうしてここにいるんですか?」


安倍晴明である緑川が記憶を封じたと言った。なら、簡単には記憶である彼女に出会うことは出来ないはずだ。それに、彼女がこの場に留まる理由が何かあるはず。


『うふふふ、やっぱり貴方は貴方ね。面白い質問を返してくれる。私ではない質問を。嬉しいわ』

「?」

『貴方が考えている通り、私は貴方の前世の姿よ。私は貴方。貴方は私。でも、私の性格だったら、真っ先に根源である前世の因縁を聞いていることでしょう。昔の記憶なんて役に立たないのに、絡まった糸を解したくて、慎重に先から一つ一つ解すことに神経を注ぐの。でも貴方はバッサリと糸を切ってしまうのね』

「…ええ~と、それは…」


どういうことなのだろう?悪いことなのかな?言っている意味が私にとって抽象的で不明だ。


『悪いことじゃないわ。切って捨てるのなら哀しいけれど、貴方はそうじゃない。その後にキチンと結びなおすつもりで私から情報を得ようとしているわ』


自分でも理解しがたい心内を解読して言葉に出してくれるのだけど、自分でもそんなことを考えているのかさえ、分かっていないので、返事のしようがない。


『本当に時間が無くなってきているから、質問の答えに入るわね』


面白そうに微笑んでから言われても、切迫した感じがしない。


『朝までしか時間がないわ。貴方が目覚めると私も貴方も最悪の形で崩壊することでしょう』

「それは…どういう意味なの?」

『私達にかけられた呪いと健彦がかけた術が反発して私達の精神を蝕んでしまうのよ。そこに私の術を無理矢理ねじ込んだから、崩壊の時間が短縮してしまったの。健彦もその危険性を知っていたけれど、崩壊は年単位の計算だったから、養子の段取りが出来たら術を解くつもりだったようね』


 何て恐ろしい術を人にかけるのよ!緑川さん~~っ!!


『大丈夫、間に合うわ。私も健彦の賭けに乗ったのだから、健彦ばかりを責めないでやってね』

「賭け?」

『私が私のままだと、鎖を解き放つことも絡んだ糸をほぐすことも出来ないと思ったから、真っ白な貴方に賭けてみたのよ。貴方が私の記憶を受け取り新たな道を選んでくれることを期待して、甘んじて健彦の術を受けたの。ごめんなさい』


 例え元が一緒でも記憶を失うことで多少なりとも違う性格が生まれてしまう。元の性格と生まれた性格…混ざり合うことは難しいだろう。彼女は……。

違う道を選ばせるために、全てを賭けたの?

私は彼女、眞那の期待に応えることが出来るの?

そして私が目覚めると、眞那は……消えてしまう…


『いいえ、貴方の糧となるのよ。いつかは消えてしまうかも知れないけれど、こうして夢の中で会うことはなくなるわね』


変わらず穏やかに答える彼女、眞那は自分が消えることを喜んでいるように取れる。


『悲しんでくれているのね。有難う。それだけで十分よ。で、答えなんだけど、私がこの場に留まっているのはちゃんと理由があるわ。貴方に必要最低限の知識を与えるために健彦…緑川の術を少し変えたの』


そういえば、無理矢理ねじ込んだと言っていたけど、どんなことをしたのだろうか?


『術自体をまったく違ったものに変えることは出来ないけれど、意識の奥にこの樹を作ることによって私の意思で記憶と知識をある程度貴方に渡すことが出来るように作り替えたのよ。ただ時間との勝負だったのよね。あなたが記憶を受け継ぐ精神の力を手に入れるのと、精神の崩壊との時間。でも何とか間に合ったようね』

「本当に今の私でいいんですか?」

『ふふふ、自信が無いの?緑川の術にかかったとき、記憶を無くしても私のようにならないで、強く立ち向かってくれる性格になった欲しいと願った。そしてこの場所に来てくれることを祈ったの。意思を持たず他人に言いなりになるような人だけにはならないで欲しかったの。運命を断ち切る強い思いを持った自我が出来れば、記憶と知識を与えようと思って待っていたのよ。どんな性格の子が出来るのかは一種の賭けだったけれど。まだ未熟な所もあるけれど、伸びしろがあるから大丈夫よ』


こうして話を聞いていると、私はなんだかいいように使われているみたいに聞こえるんだけど、気のせいかな?


『そんなひどいこと考えていないわよ。失礼ね。でも…願いを託したかったから、ある意味利用といえるかも…ごめんなさい』

「別にいいですよ。私も逃げようと思えばいつでも違う道を歩めたのですから」


そう、緑川さんの提案どおり養子になることも出来たし、煉の想いに…答えられないでも、あの時、煉を選んでいれば違った道だったのかもしれない。

周りの思惑に振り回されるのが嫌で、自分から進んで謎に立ち向かおうとしたのは私なんだ。それを悔いてもいない。

眞那に謝ってもらうことなど何もないのだ。


『有難う。貴方はまだ色々と弱い面もあるけれど、これからの成長が楽しみでもあるわね』


見守ることが出来ないのは残念だわ。と小さく付け足す眞那は哀しそうな声音だった。


『さて、いろんな話をしたいところだけど、時間がないわ。単刀直入に聞くわね。貴方にとっては不可思議な出来事や謎だらけの彼らの行動と言動の根源を知りたいと思っている?この扉を開ける勇気はあるかしら』

「……正直、怖いと思っています。でも、必要最低限の知識だけは知っておきたい」


知ってしまえば後戻りは出来ないのを薄々感じ取っている。多分、この直感は間違っていないはず。でないと改めて眞那が聞くはずがない。


「ただ可能かどうか分からないのですが、条件があります」


この条件が吉とでるか凶とでるか、眞那じゃないけど、私の運命を左右するぐらいの賭けだ。

彼女に条件を伝えると、微笑む気配がする。


『この結果がどうなるのか分からないけど、思った以上に逞しい精神に成長したことを、私は嬉しいと思うわ。それじゃ、扉を開くわね』


 最後に『白石雫』の生まれてからの記憶は健彦の術にかかっているから、封印されたままというのを教えて貰い、眞那が内側から扉を開けてくれる。

開いた扉から真っ白な光の渦が辺りを覆いつくし、私の中へと吸収されていく―――




***




眞那とは夢で会うこともなくなり、その内、私と同化して消えてしまうことを哀しく感じるけれど、彼女はまだ私の中である部分の封印という役目があるので、心の片隅の何処かにいているだろう。今までのように精神に負担をかけることはく小さな封印をやってくれている。数年の猶予を与えられたから、それまでに私の精神を鍛えれば良いらしい。

与えられた物の大きさに目眩がしそうなのを、頭を振って隅に追いやり、未来に目を向けるべく行動に移すことにした。


「天野、何処にいるんだ天野」


 一人用のベッドとは思えないぐらいの贅沢な寝床から飛び起きて、パジャマのままの姿で空に向かって連呼する。数度の呼びかけで、空気が戸惑いに震えるのが分かった。

 もう一押しだ。


「天野で答えてくれないのなら――勾陳、姿を見せて」


天野は緑川の式だ。当然人間のように学校が終われば家に帰るということはない。人間界に赴いているのなら緑川の家の何処かにいるはずだと、私は空に向かって天野の本当の名を呼ぶ。


「そこまでばれてしまってるのか」


諦めを含む声が私の背後から聞こえ、振り向くと制服姿じゃない本来の姿である天野が立っていた。

オレンジの髪が逆立ち、後ろ髪は背中まで届いている。服装…というより、鎧に近いものを纏っていた。精悍な顔がますます凛々しく栄える容貌。


「制服姿もかっこいいけど、天野はこっちのほうが数倍かっこいいね」


感じたままを目を細めて微笑みながら言うと、天野は頭をかく。照れているのだ。

へぇ、神様に連なる十二天将も照れるんだ。

そう、天野は安倍晴明の最強の式と歌われた十二天将の一神、南東を守護する土神、勾陳なのだ。


「皆は元気?」


本題を切り出す前に、この場にいない十二天将達の状況を尋ねるのは、確認したいことがあるから。それは天野も分かっているらしく、欲しい言葉をくれた。


「後一つだ。今は朱雀が番をやっている。他の連中は元気だぜ。今度呼んでやってくれよ。皆喜ぶぜ」


私の質問に正しく答えてくれているものの、男らしく微笑む裏では、私が何処まで思い出しているのかを試すニュアンスを直球で含んでいる。一つ目の試しは十二天将の名を覚えているかどうか。二つ目は……試されなくてもほぼ知っているんだけどね。学校に間に合わなくなるから、それは今度ということで。


「お願いがあるんだ。天野、いや勾陳、六合と…あと天空と協力して調べて欲しいことがある。暫くは緑川さんに内緒で、お願いできる?」


さて、安倍晴明と契約した勾陳とモモこと六合はどこまで私に協力してくれるのか。

嫌だとは言わせないけどね。でないと下手をするとこの地が滅んでしまう。

決戦の前の小事、私では出来ないことを勾陳達に頼むことにした。

天野が言った『後一つ』が厄介なんだよ。と心で呟いて制服姿に着替える。


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