28 忘却
雅也と出かける約束の日はとてもいい天気に恵まれ、朝から清清しい空気を吸い、これなら雅也の探している「美しいもの」はすぐに見つかりそうとさえ思えるほどの自然の輝きで僕は上機嫌。だというのに、かたや雅也は、
「あいつも付いてきているんだろう?どこにいるんだ」
それほど込んでいない電車の中をきょろきょろと見渡している眉間にはしわを寄せている。
あいつとは天野のことを指しているのだろう、そこまで毛嫌いしなくてもいいのに。もしかして天野が人間じゃないことをどこかで察知しているのかな?だから初対面から嫌っているのだろうか?
「目的地で合流しようと伝えているから、多分同じ電車に乗っている可能性が高いね。隣の車両でもいるんじゃない?」
このところ眼鏡をかけていても、意識を向けると個々の纏う色が見えるようになった。天野が何処にいるのかはっきりと分かるが、あえて濁して答える。
「姿が見えないとそれはそれでなんとなくムカつくな。監視されているみたいだ」
「……」
はい、まさに監視しているんです。なんてそれは雅也にはいえない。
雅也に近づこうとしてくれる人物は少ない。天野は人間じゃないけど、雅也に近づくことに怯えを見せない貴重な人材だ。この機会に二人が仲良くなってくれたらな~と考えていたけど、雅也の様子を見る限り、無理っぽいかも…
目的地について電車を下りると、改札の近くで天野が待っていてくれた。ジーンズにシャツを引っ掛けているだけのラフな格好というのに、背が高いし、逆三角形の体格に見目もよろしいから凄くカッコいい。
雅也にも同じ感想を持った僕はというと、二人に囲まれるとみすぼらしいね。
「白石、可愛いじゃないか」
天野を上から下まで眺めていたように、天野も僕の私服姿を観察していた。
「可愛いなんて嬉しくない」
緑川さん宅にお邪魔している僕の身の回りのものは、殆ど緑川さんが見繕ってくれている。今着ている服も「いらないと」と遠慮したのに、買って来てくれたものだ。袖を通さないと悪いから着てきたのだけど…
白を基調にして袖とかポケット、襟にはモスグリーンのアクセントが付いている。一応男服だけど、なんだか女性服にも見えなくもない。
「そんなことより、天野、何を持って来たの?」
ラフな格好には不釣合いの大きなカバンを軽々と持っていた。まるで家出人のよう。
「ああ、これね。ここで開けると面倒だから駅を出てからな」
天野と出会ってからフル無視を決めている雅也も、このときばかりは気になったのだろう。カバンに目を向ける。
「なんだか、嫌な気がする」
ボソリと雅也が呟くのを聞き、
まさか……
意識してカバンを凝視した。
一番最初に向かった場所はお寺。お寺の建物は細工が凝っていて見た目も綺麗だし、癒しのスポットにもなる。
「宮園はこいつも嫌いなんだなぁ」
天野は苦笑をしつつ、僕の前を歩く小さなものに視線を送る。そう、天野が持っていたカバンの中には、モモが入っていたのだ。
「ずっと家の中でいてたから可愛そうだな~と思っていたんだ。有難う天野」
「いやいや、緑川が連れて行けといったから連れてきただけだ」
公共の乗り物に動物と一緒に乗ると嫌がられる上に乗せてもらえない可能性もあるから、あの場では開けられなかったのだ。駅員さんに怒られるからね。
窮屈な鞄に押しやられていた愛らしいモモは、外に出た途端に天野に噛み付いて抗議した。そして今は、チョコチョコと僕たちから離れずに可愛く歩いている。
うう~本当に可愛い!!
最近分かったことなのだが、このモモも天野と同じで緑川さんの式なのだ。天野には脅しのネタとしてばらしているが、緑川さんには彼らが人でないのを気づいたことを言っていない。
監視をかねて僕を守ってくれるために寄越してくれているんだし、善意だよね。それを自分から壊す真似はしたくないし、なにより彼らは意思がある。疎通が出来るのだ。友達になれるんだから個々として接したいんだ。と思うのは甘いのか、流されているのか、どっちかな?
僕を守ろうとしてくれる心遣いは嬉しいし、僕の邪魔をしないのなら、どっちでもいいけど。
「にしても、何故寺なんだ?」
「緑川さんの書斎にあった写真集を見ていて緻密な細工が芸術で綺麗でしょ?でもその細かな部分も荘厳な雰囲気も写真からじゃ分かりにくい。実際に見てもらいたかったんだ」
「高校生が好んでくる場所か?」
「他にも隣接して自然を満喫できる山道があるんだよ。その中を歩きたいと思って」
全部、雅也に見せたかったものだけど、寺の造りや仏像の繊細さを見ても、どうやら雅也は興味なさそうだ。備え付けのベンチで休んでいる。
無理やりについてきた天野も興味ないのかな?
「俺も、こいつも自然は好きだぜ」
同意するように『きゃう!』とモモが吼えた。本来の目的は達成できずにいるけど、二人?が喜んでくれたのだから、来た甲斐はあるね。
僕とモモと天野は、久しぶりの外を満喫して喜んでいたが、肝心の雅也は山道を歩いて樹齢何年の樹を見ても、小さな花の群生を見ても、その後に行ったあらゆる物を見ても無感動だった。
昼食をとり、街に戻った俺たちは絵画を見たり、敷居の高い宝石商を覗いたり、生け花を体験させていただいたり、回れるだけ回った。
そして早くも日が沈んで、淡い水色にまだら模様の白い雲が夕日に染まって輝くのを見ても、雅也は綺麗に感じなかったようだ。
今日一日僕はずっと感動していたというのに、雅也ってば、本当に厄介だ。
最後に行き着いた場所は、学校の近くの河原。沈む夕日を優しく受け止める川沿いを歩いていた。
「もう、本当に雅也嘘ついてない?本当は綺麗だと思うものがあっても、無理やり綺麗じゃないと思い込んでいるだけなんじゃないの?」
どんな冷血漢であっても、この夕日を見れば自然の雄大さに圧倒されて目を奪われるほど、滅多に見れないぐらいに貴重な綺麗さなのに。信じられない!
「………あ、ここだ」
ずっと首を横に振るだけだった雅也が何かを見つけたようだった。もしかして希望あり!?
「何々?綺麗なものを見つけたの?」
すぐさま飛びついた僕だったが、雅也はただ立っているだけだった。
「おい、そろそろ帰ろうぜ。夜になる」
河原に下りてから無口になっていた天野が急に焦った口調で帰ろうと言い出した。もう少し待って。と言いかけたとき、
「しぃが通り魔に襲われた場所」
「!!」
雅也が言った言葉に、僕は咄嗟に振り返っていた。
ドクン、ドクンと煩いほど心臓が鳴っているのは、何!?
「僕が…通り魔に襲われた場所…?公園が初めてじゃなかったの?」
動揺する僕を余所に、雅也はいつも通り淡々としていた。
天野は頭を抱えて天を仰いでいる。
「しぃの眼鏡が僕の鞄に入っていたから、追いかけたんだ。その時に見た。通り魔がしぃの髪の毛を切るところを、あの場所から」
と指を差した場所は、堤防の上にある一本の樹。堤防は川の氾濫を防ぐ役目もあるが、散歩コースでもあるから、市が植えたのかもしれない。ところどころ若い樹が並んでいる。その一つだ。
「上手いこと突風が吹いて、通り魔が手にしていた髪の毛は飛んでいったみたいで、もう一度しぃの髪の毛を奪うつもりだったのだろう。でもそれも失敗していた。僕は一応、助太刀するつもりだったんだけど、あっという間だったから眺めているだけに終わった」
「もういいだろう。苦い記憶は無理に教える必要はない」
「なんだよ。それ、横暴だ。しぃが知りたければ教えてもいいじゃないか?ねぇ、しぃ?」
雅也の言うとおり、もちろん知りたい!
今の僕にはここで通り魔に襲われた記憶がないのだから、雅也が言っているのは以前の僕のことだ。知りたいに決まっている。周りは僕を気遣ってなのか、あまり以前の僕のことを話してくれない。気遣ってというより、禁忌に触れるみたいで頑なに話そうとはしない。一体僕は彼らにとってどういう人物だったのか…どう関わりがあったのか知りたい。
何事にも興味がありませんと飄々としている雅也から聞けるなんて、こんなチャンスはない。
だけど、通り魔に襲われていたなんて…どういうこと?あれが初めてじゃなかったんだ。必要以上に僕を追いかけてきたのは、一度接点があるからなのだろうか?
「天野、辛いことでも僕は聞いておきたい。雅也詳しく教えて」
「教えると言ったものの、あの後、通り魔はすぐに逃げてしまったから。それだけ」
「なんだよそれ~~」
少なからず自分を知る手がかりだったし、勇気がいることだったのに、ガクッと砕けてしまう。
反面、天野はホッとしている様子だ。
「でも、その後も興味深いことあった。あれはいったいなんだったんだろう?」
あごに手を当てて考え込む雅也。一瞬のうちに険しい瞳を向ける天野にも気づいていない。モモは僕のズボンを引っ張っているけど、体重差で無理だと感じたのだろう。天野に向かって吼えている。
「わかっている。白石――」
「駄目。何かを隠そうとしているの分かっているから、天野の言うことは聞かないよ」
「……」
雅也は何故天野が?と言う顔をしているが、基本、無関心なために聞き出そうとしないのが有難い。
「で、雅也、そのあと何があったの?」
「ん、ああ…通り魔が去った後、病院で会った緑川ってヤツが来た」
「緑川さんが…?」
ああ、だから天野たちは聞かせたくなくて、僕を遠ざけようとしていたのか。と納得したものの、記憶を無くす以前から顔見知りであっても、親戚だというのだから問題ないじゃない。ならば、何故?と逆に疑問に思う。
「話をしながらしぃの周りを歩いて…そしてしぃが倒れた。たんこぶはその時、石にぶつけたんだろうな」
「!!――――」
「緑川ってヤツがしぃに近づこうとしたら、青柳ってやつが来て緑川と言い争いをいていたみたいだった。んで、しぃを連れて行った」
「………」
「でも変なんだよな。しぃは操り人形の紐が切れたように急に倒れたんだ。あれはなんだったんだろうと、今でも思うよ」
突然、頭にガンとぶつけられた衝撃が走った後、脳裏にひらめく映像が浮かんだ。
『貴方の記憶を封印します』
残念そうでいて、揺ぎない決断の瞳を向けた緑川さんの姿が―――
ガクッと膝を折った僕に優しく駆け寄るモモと天野。二人はこのことを知られたくなかったんだ…
「白石…何か思い出したのか?」
「……ううん、何も…雅也の話を聞いていたら、頭が痛くなって、何か思い出せそうだと思ったんだけど、何も…頭が痛くなっただけだった…」
心配そうに覗き込む天野に、咄嗟に嘘をついてしまった。彼らに思い出したことを知られてはいけない。知られてしまうとまた彼に記憶を封印されてしまう。
「雅也が見た僕は記憶を失う前の僕なんだね。そしてその後、僕は記憶を失い病院にいた。あってる?」
「……ああ」
何かいいたげに見つめてくる雅也の視線を交わし「遅くなったから、帰ろう」と解散の意を示した。
「雅也の探すものが見つからなくて残念だったね。また日を改めて探そう」
「……いや、いい」
「だけど、約束っ」
「そんなことより、僕はしぃにとっていけないことを言ってしまったのか?」
「!っ、どうしてそんなこと思うの?」
「いや、なんとなく…しぃが僕の話を聞いた後の雰囲気が違った気がした」
天野とモモは、僕が帰ろうと切り出したら明らかにホッとして、今は少し距離をとって歩いている。僕に対して気まずいからの距離だろうと思う。それが幸いだった。
「雅也は感がいいんだね。雅也の知っている僕じゃなくなるかもしれないけど、親友でいてくれる?」
「何言ってんだよ。しぃはしぃだ。変わっても基本は変わらない」
記憶を失ってから僕はいろんなことに受身だった。疑問を感じるもののそれは記憶がないからだと、いつかそれは解決するのだと待つだけ。全て流されるままだったのだ。
だけど、僕の胸に植えられた固い種が華を開く。小さかった決意の種が大きくなって、今、開花した。流されるばかりではいられない!と。強く、強く―――自分から立ち向かわなければいけないのだと。
「基本は変わらない…か。でも、基本も何も僕の基本は無くなっているから、まったくの別人になるかもよ?」
「それはありえない」
「いいきるね。根拠はあるの?」
自分から変わろうとしているときなので、感情のセーブが出来ずに雅也に対してちょっと意地悪をしてしまった。
「感。僕の感。でも間違っていないはずだ。しぃは約束を守ってくれている。僕に『綺麗だと感じるもの』を見せてくれる。もう直ぐだ」
後半の言葉は口の中での呟きに変わってしまったか、聞こえなかったけれど、『感』と返ってくるなんて曖昧すぎて、雅也の感を信じてしまいたくなるじゃないか。
根拠なんて関係ない。と言ってくれた雅也に僕はクスッと微笑んだ。
「それじゃ、雅也、学校で」
「ああ」
分かれ道が来てしまって雅也と別れた後、何処でどう知ったのか緑川さんの車が迎えに来ていた。
何もかも見通されている緑川さんの行動に対し、源を知った僕は驚くことはない。
僕は『立ち向かう』と偉そうな決意をしたものの、思い出した記憶はたった一部。緑川さんに記憶を封じられた一部だけだった。




