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27 夢語



青柳 side ―――


ゆったりと落ち着ける空間が欲しいと何気なしに雫が呟くのを聞いた俺は、中庭の一角に目くらましの術をかけ、雫に憩いの場を提供した。その場に記憶を失ったはずの彼女が座っていたことに驚いたのは先ほどのことだ。


昨日の力の波動は間違いなく雫のものだ。だから瞬時に記憶が戻ったのかと。そして俺に会いに来てくれたのだと。そう喜んでいたのだが、それは違ったようだ。

始めはまんまと彼女に騙され、以前の雫との接したように話をしていたけれど、煉の名前が出た瞬間に、まだ記憶が戻っていないことに気づかされる。

俺が知っている雫は二人の時は極力、煉の名前を出したりはしなかった。

俺と煉はライバルというよりも天敵に近いかもしれない。それを雫は気づいていたはずだ。


どこをどうやってこの場にたどり着いたのか、偶然だったのか…そこに俺が来て、驚きと嬉しさから迂闊にも言ってはいけないことを口にしてしまったために、彼女は調子を合わせて、情報を聞き出そうとしたのだろう。


俺に気持ちを踏みにじるとこになるとも知らずに…


大したことは口にしていなかったが、俺と雫は以前にも交友していたことがばれてしまっただろうな。出来れば隠しておきたかったのはこちらの都合で、ばれたからといってなんら変わることもないだろう。

変わるとすれば、俺…

ずっと長い間探し求めたただ一人の人である―――雫。


出会ったことで奇跡を感じ、感動と嬉しさが全身を駆け巡った。再び会えたことだけで神に感謝して見守っていれば良かったのだ。だけど、人の欲は際限が無いとはよく言ったもんだ。本当にその通りとなってしまった。

生きていることを肌で感じ、近くによることも許されれば、気づかないフリを続けていた暗く沈んでいた感情が表に顔を出す。

会えなかった年月の分、束縛は強くなっている。俺の傍にいて欲しい。俺だけを見て欲しい。出来ることならば、誰の目にも触れないで欲しい。

だけど雫はそれを良しとしなかった。

あの時よりは数は減っているが、穢れの存在が平穏を望む雫の邪魔をするのだ。だから俺は彼女の為に穢れを祓う。少しでも俺の傍で笑う雫を見たい、ただそれだけで。


だが、俺の考えは甘かったのだ。穢れの存在だけじゃすまなかったんだ。

煉―――

そして緑川―――

邪魔をするものは更に増えていく。雫を取り巻き、彼女の動きを止め、平穏から遠ざかり、俺の元から離れていく。


それならば、いっそ……


「誰も知らない場所に閉じ込めてしまいたい…」


口に出してしまうと欲望が強くなってしまうのは分かっているが、口に出しても決して叶わない夢であることも分かっている。ただ一人を求め、その人だけ居ればいい。

これほど危険な思想は雫を傷つける。だから、記憶を失うことを知った俺は、他人に戻ることを選んだのだ。

それなのに、雫は無邪気に俺に近寄ってくる。

抑えようとしても抑えきれない欲望と戦っていることも知らずに。


記憶が戻っていないことに衝撃を受けたのは隠しようがない。それならば、彼女から俺に近寄る真似は出来ないようにすればいい。そうすれば、雫を自由にしてやれるかも…と、襲ったはいいけど、返り討ちにあうとは思わなかったな。


芯はしっかりしているものの、何処かはかなげであった昔の彼女と記憶に縛られていた雫。

だけど一切の記憶を封じた彼女は、また違う人間だ。

優しさのみをくれていた彼女とは違う彼女に対して俺は懺悔の気持ちに苛まれていた。


たかが記憶、だけどその記憶が全てを雁字搦めにしていたということを、さっきの攻撃で理解した。

彼女ならば、違う道を選んでくれるだろう。

俺を戒め、行き過ぎる行動を止めてくれる。

なら、俺は―――



青柳 side 終 ――



◇◆◇


なんだろう、さっきから頭がガンガン痛む。

手を突いて休もうにも、ここは中庭で、腰までの垣根は丁度いい高さでも柔らかな木々だ、身体を支えてくれる場所はない。

もう少し行けば、多分、天野がいるはず。せめてそこまではたどり着かないと…

手足も冷たくなり、嫌な冷や汗が肌を伝う。

さっきまでは何ともなかったのに、まさか腹が立ちすぎて、頭の血管が切れたなんてことないよね?


「お~い、白石。お前何処にいたんだ?大体の予想は付いていたけど、見えなかったぜ。ってかもう近寄っても大丈夫か?」


結界が壊れ、尚且つ死角になっていた柵からひょっこりと出てきた僕を見つけて、天野が迎えに来てくれたようだ。遠くだった声が段々近寄ってきているのだが、目まで霞んできて天野がどの辺りにいるのかはっきりしない。

これはやばいかな?でも、天野に見つけてもらったから倒れても大丈夫かな?

倒れては駄目だと気を張っていたのが、安堵で緩んでしまい、思ったとおり体がぐらりと揺らぐ。


「おいおい!」


慌てて駆け寄った天野に受け止めてもらえた。


「ごめん、頭が…割れるように…痛いんだ。保健室に…連れてって……」


言葉を発する度にこめかみがドクンドクンと響いていた。


「どうしたんだ急に?ま、いい。保健室だな。緑川に連絡しなくて大丈夫か?」

「…いい」


心配かけるのは悪いし、なにより監視の目が強くなられても困る。

天野はすんなりと僕を抱きかかえると、その場を後にしようとしたが、


「雫―――」


僕の後を追って青柳が飛び出し声をかけられ、天野に誰と会っていたのかを知られてしまった。


「水豊…か。何用だ?」


は?え?みずとよ…って?後ろのいるのは青柳のはずなんだけど。


「勾…いや、天野だったな。貴方がいるのなら安心だ。だけど忠告を……文化祭のときは気をつけるんだ。その日だけは校内への出入りが多すぎて緑川の結界も役に立たないだろう。雫…出来る限り、天野と共に行動をしろ」


呼び名を間違われても青柳も気にしていない。「水豊」って青柳の名前なのかな?


「雫、俺の言葉は聞きたくないだろうが、お前のためだ。文化祭だけじゃなく、通り魔の件が方が付くまで天野といることだ」

「……分かった…」


頭がガンガンして理解したとはいえないけれど、言われた言葉は記憶に残すよう努力した。後で反芻できるように。


「我が付いている。お前の出る幕はない」


天野の口調がおかしいのも、意識を保とうと必死で僕は気に留めることも出来ないぐらいだ。その後のことは耳に入っていなかった。


「俺は俺なりに雫を守るさ。式に命令されるいわれはない」

「人間風情が我らにたてつく気か?」

「喧嘩を売るつもりはないが、貴方たちに任せても眞那は守れなかった。二度とあんな目には会いたくないから、まかせっきりにしないだけだ」

「………ふん、いいよる。せいぜい奮闘するがよい」


口調は高圧的だが、口元には笑みが浮かんでいて、青柳は目を見開いた。


「へぇ、眞那以外にもそんな顔を見せるんだ」

「時代に沿い我らも変わる」


今度こそその場を立ち去る天野たちの背を見送り「そうだと…いいな」と青柳が切なげに呟いた言の葉は、過去へと飛ばされたのか、未来へと託されたのか、続きの言葉もなく霧散された。



◇◆◇



あたり一面緑の絨毯―――その場に佇んでいるだけで癒されること請け合いだ。反面、何処か不自然で、歪んだものを感じる空間。


僕はまたあの大きな樹の前に立っていた。

前回は止められて回せなかったドアノブに手をかけて回してみるが、やはりビクともしない。思い切って回してみたものの、触れた瞬間、開けたら駄目だという警告も頭で響いていた。


この向こうには僕を止めた女の人がいるはず。そしてなにより大切なものが存在していそうな感じがするんだ。大切だと感じるのに、警告がするって…いったい何があるのだろう?


「あのぅ、聞こえますか?」


立ち去ることが出来なくて、いるだろう女の人に声をかけてみる。


『また来たのね。意識してここに来ているのかしら?それとも無意識?』


駄目もとで声をかけたのに、返事がちゃんと返ってきたことに少し驚く。


「言っている意味が分からないんですが?」

『そう、じゃ、無意識に感じ取っているんだわ。いい傾向ね』

「いいことなのかな?」

『少なくとも私にとってはね』

「……あの貴方は誰なんですか?どうして樹の中にいるのです?」


彼女の言っている意味が僕にはまったく分からない。だったら分かるような質問をするまで。


『……名前ぐらいなら教えても大丈夫かしら?私の名前は眞那というの』


始めの呟きは自分に向けたものなのだろうが、しっかりと聞こえる辺り、この人はちょっと天然なのかな?


『好きで樹の中にいるわけじゃないけど、今は割りと気に入っているわ。その内、時間がたてば私は樹と同化して存在できなくなるけどね』

「え!?」


僕の質問にぎりぎりかわして話しているのは意図してのことだろうと、なんとなく感じた。指摘することも出来たが、最後の言葉のほうが気にかかる。


「消えてしまうんですか!?」

『消えるというのはちょっと違うけど、人格が無くなるだけよ。もともと私は存在してはいけない者なの。それに私が望んでそうしているからいいのよ』

「でも…」

『そんなことより、聞きたいことがあるんでしょう?そっちを優先しなさいよ』


第一印象は優しい人だと感じたけど、結構はっきりとものを言う人だな。さっきの独り言も天然というよりワザと僕に聞かせたようだ。


『ふふふ、褒めてくれて有難う』

「はい?」

『ここでは貴方が考えていることが丸分かりなのよ』

「……」


筒抜けだったんだ。ま、いっけど。でもあれって褒め言葉だったかな?


『私にとっては褒め言葉なのよ。言いたいことも言えず、ずっと優しいだけの人だったから、少しは強くなったんだと嬉しく感じたの。貴方のお陰よ』

「は?へ?僕の?僕は何もしていないけど」

『いいのよ、気にしないで。それより聞きたいことは何?』


樹と同化してしまうのなら、答えられるうちに答えてしまいたいのかもしれない。彼女、眞那は急いでるようだ。


「ただ単にここはどのなのかな?と」

『なんだ、そんなことなの』


僕の考えが丸分かりなら、質問も分かりそうなものだけど。


『表面の感情だけが分かるのよ。思考の奥までは届かないのよ。え~と、そして質問の答えだけど、ここは私の大好きな場所よ』

「……」


って、それって答えになっていない気がする。十中八九まともに答えないつもりだ。急いでいる割には遊びすぎだろう。

ドアノブが付いた樹に向かってジトーという視線を送ってやる。とまた彼女は笑い出した。


『いいわね~貴方、いい感じになっているわ』


一体何がいいのやら。それもどうせ答えてくれないのだろう。僕の周りには捻くれた者ばかりで、きちんと話をしてくれる人はいない。僕自身で謎を解いていかなければいけないみたいだけど、何も話してくれないのなら解くことなんて出来ないじゃないか!


『ふう、仕方ないわね。あまり貴方に情報を与えたくないんだけど、そこまで拗ねられると構いたくなるわね。じゃ、支障がない程度に答えるわ。ここは貴方も好きだった場所で、私は封印されて樹の中に閉じ込められたの。そして今は自分の意思でこの中にいるのよ』


支障がない程度でも訳が分からない。どうして僕に情報を与えたくないのだろうか?その質問は支障がないのだろうか?


『微妙なところだわ。貴方に情報を与えすぎると、貴方の行動が貴方の行動じゃなくなるのよ』

「なんじゃそりゃ」


考えていることを思わず口にしてしまう。ま、表面の志向が読めるのだから、多少言葉が汚くても構わないだろう。

クスクスと笑う彼女はまったく気にしていない様子。それどころか喜んでいるみたいだ。変なの。


『前のときにも言ったけど、本当に必要なときに一度だけこの扉を開ける手伝いをするわ。貴方の自我がハッキリしてきたから、本当にもうすぐよ。そこから償いが始まる。貴方はどんな行動を起こすのかしら?楽しみね』


話の途中から、僕は動いていないのに樹がどんどん遠くなり、彼女の声も遠くなっていく。何を話しているのか聞き取れないようになっていた。これも多分、彼女がワザとしているのだと、どこかで感じていた。


『貴方が意識しなくてもあの人には償いになるはず。気にせずに自由に動いてね。そしてお願い。あの人を守ってやって』


樹の姿がまったく見えなくなり、辺りは真っ白になる。僕に語りかけているのは分かるけど、届くことはなかった。


それなのに、最後の言葉だけは、なぜかハッキリと聞こえた――


『私は貴方。でも貴方は貴方よ』


それは、どういう意味―――?


次に会うときは彼女とは最後だろうということは、なんとなく分かってしまう。


眞那はこの時点で最大限の情報を与えてくれたことを後々知ることになる。




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