26 挑戦
それに記憶が戻ったってどういうこと?
僕以上に青柳の余りの驚きように、こっちが言葉を失っていると、続きの言葉でさらにこちらが動揺することになる。
「昨日、力の波動を感じたのはやっぱり雫だったのか」
「…………立っているのもなんだから、座ったら?」
う~ん、なんだか彼…通りすがりで僕を病院に運んでくれただけの青柳も何かを知っている様子だ。一体何なんだろうね。僕の周りの人たちは。動揺する心をぐっと押さえ込み、努めて冷静に空いている椅子に座るように進めたのだが、それでも心臓がドクン、ドクンと大きく鼓動しているのが分かる。
落ち着いて!彼から話を聞きだすんだ。
混乱しそうになるのを制御してフルに頭を回転出来たとこを、後で自分を褒めることになる。
青柳に気づかれないように深呼吸して気持ちを落ち着ける。
彼は僕のことを『雫』と呼んだ。ということは病院で…というか、僕を見つけて運んでくれたのは、通りかかった見ず知らずの優しい人じゃなく、知り合いだった…ということになるだろう。名を呼ぶぐらいなのだから、それもかなり親しい間柄だったかもしれない。
そんな彼をだますなんて心苦しい。彼も動揺している今、話を聞きだすチャンスなのだ。逃がしてなるものか。
「そんなに…昨日の力は大きかった?…そんなつもりはなかったんだけど」
昨日と力…とは多分、穢れに襲われたことだろう。
問われた記憶のことには触れず、まずはこちらから聞き出そうと、話を合わせる。
「何かあったのか?校内で力を使うなんて今までなかったことなのに」
ドクンと一際心臓がなった後、ああ……と何かが抜け落ちた。やっぱり……そうなんだ。
「穢れに襲われたんだよ」
僕は普通の人だと思っていたけど、違うようだ。緑川さんと同じような力を持っているんだ。
昨日はあれから倒れてしまって後のことは知らないけど、穢れが消えてしまうのを僕は見た。その時、教室には僕しかいなかったから、なんとなくだけど穢れを消したのは僕かな?と感じていたけど、青柳の言葉で確信を持ってしまった。
記憶を失う前から、僕は何かしらの変わった力を持っていたことに。
普通…普通でいたかったんだけどな…この間から衝撃続きでが心が麻痺してしまったのかな?普通でいたいとは思うけど、人と違う力を持っていることに衝撃を感じるどころか真っ白で殆ど何も感じない。
「そうか、だけどあまり力を使うなよ」
勝手につけた『穢れ』の名前も以前も使っていたようで、青柳は気にしていなかった。
『穢れ』の銘銘はなくした記憶の名残と言うわけなんだ。
「穢れが校内に入ってくるなんて、緑川の結界もたいしたことないんだな」
「そうじゃないと思うよ。あれは校内の人の気持ちが集まったもので、逆に結界の所為で外に出られなくなったんだと思う」
僕には変な力がある。と嫌々ながらも認めてしまえば、目を瞑って見なかったことにしていた事柄が見えてくるし、受けた感覚も素直に読み取ることが出来るみたいだ。
『校内は安全です』という緑川さんの言葉と、いつも校内に入るときの外と中の違和感…これらを合わせると、緑川さんが校内をつつむように結界を張っていたのだろう。自分の力を受け入れた今、幾重にも重なった視界不良な霧のベールが消えうせ、空間をゆがませる空気の膜すら取り払われて、見通せるものが無い位に感覚はが研ぎ澄まされている。しかし行き成り見えるようになっても、まだ使い方に慣れていないので、緑川さんが張った結界の場所は何となくでしか分からない。
他にもう一つ、眼鏡越しにもこの垣根の周りに小さいながらも術がかかっているのが分かった。
この不思議な感覚の中で、昨日の穢れを脳裏に描くと、その正体も分かってしまった。触れられたときに感じた思念は生徒や先生の負の感情の集まりだ。ぶつけられずに溜まった鬱憤が本人達からはなれ浄化されることなく集まったもの。小さいものなら自然消滅するものが、消滅よりも上回る鬱憤の量が多かっただけのこと。もしあれに捕らわれたのなら、精神破壊を起こし自殺…もしくは他者を傷つける行動を起こすだろう。
悪霊に取り憑かれる…ということだ。
己の力を受け入れたら急速に成長していく僕の感覚。人にはない能力に不安を感じないわけじゃない。だけどこの力も僕の一部なのだ。それに、受け入れないと、回りの謎が何一つ解決しないのだと、なんとなくだが感じる。
「お前を守るための結界が仇となったのか。万能じゃないんだな」
「そ、だね」
「…俺が守ってやろうか?」
力と共に歩んでいかなければならないと諦めに入って、何気なく返事をしていたら、どう答えたらいいのか分からない提案を出されてしまった。
う~ん…これはイエス?それともノー?
「昔のように俺が守ってやろうか?」
優しい眼差しは、見返りを求めない心底僕のことを心配している純粋な瞳だった。この答えに僕が返事を返せないで青柳の顔をジーと見つめていると、彼のほうが目線をそらせてしまう。
「……答えなくていい。困らせるつもりはなかった。駄目なのは分かっているさ。それに守役もついてしまった今は特に」
「守役ってもしかして天野のこと?天野を知っているの?」
「今は天野って名前を名乗っているのか。お前たちを見かけただけで直接は知らない。でも彼は守役だろう?」
聞きたいことはこの一言二言でかなり膨らんでしまって、気持ちの中では質問の嵐が出来上がっている。それらを全部口に出してしまえば、青柳に記憶がまだ戻ってきていないことに気づいてしまうだろう。
「守役というよりは監視に近いけど。でも手は打ったから」
「手…?」
不思議そうに聞き返してくるのに、僕は天野に提案した条件を思い出しクスリと微笑んだ。
「簡単な取引だけど、ある程度は自由に動けるようになっていると思うよ」
「雫が取引だって?」
取引といっても大したことはないのに、青柳は驚いている。以前の僕じゃ考えられないようなことなのかな?記憶に関係なく人は成長するもんだよ。
「自由に動けないのは嫌だから、天野には行動を常に共にする代わりに、緑川さんへの報告は、小さいことは言わないでと頼んだだけ」
そうなのだ。転校生の天野は緑川さんの手の者だった。気づいたのは所見のとき、だけど確信したのは今日。天野が転校してきたとき何となく漠然と他の人と違うというのを感じていた。それが力を受け入れた今、感覚が以前より鋭くなっていて、それではっきりと分かった。
天野は人じゃない。緑川さんの式、だということに。
鋭くなった感覚で改めて見ると天野は緑川さんが前に放ったあの時の式と似通っている所がある。
人型だけの式とは違い格段に力の差があるけれど、人ではないとはっきりと言える。生体反応とでもいうのだろうか?湧き出る力の元が違う。輝きが違う。エネルギーが違うのだ。上手く言えないけど、生きている人間と次元が違うのが分かった。
それを突きつけ他の人にばらされたくなかったら、僕の条件を飲んで欲しいと半分脅したんだけど、ね。あんな幼稚な脅しが天野にきくとは正直思わなかったけど、天野は天野なりの事情があって僕の用件を飲んだのだろう。そこの所は用件さえ飲んでもらえるのなら気にならない。
気になる僕の問題点は
「緑川さんって過保護すぎるところがあるから、僕は何も出来なくなる。それが嫌だったんだ」
そう、緑川さん。何もかもに恵まれていそうな緑川さんがどうして僕に構うのかは分からないけど、過保護すぎて身動きがとれなくなりそうなのだ。
「……常に…ということは今も何処かにいるのか?」
「いや、近くにはいないと思うよ。離れたところにはいるかもしれないけど。煉に会いに行きたかったから、離れていてと頼んだ」
緑川さんは煉と会うことを良しとしない。それを報告されるとすぐさま転校…となってしまう憂虞もあったし、だから天野には付いてこないでと頼んだんだけど、多分近くにいないだけで、すぐに駆けつけられる距離にいるだろう。
「煉……そうか、あいつに会いに行くところだったのか…」
「でも休んでいるみたいで会えなかった」
天野はどの辺りでいるのだろうかと感覚で探っていて、煉の名前を出したとたんに、整った青柳の顔がクッと痛みをこらえたものに変わったのに気づかなかった。
「この辺りにも術がかかっているみたいだし、余り遅くなると天野が来るかもしれないから、僕はもう行くね」
本当ならもっと聞き出したかったところなのだが、時間切れだ。
青柳がここにいるということはこの大学に通っているということなのだろう。でないと煉が青柳を過剰に意識するのはおかしいし、青柳も煉のことを知っている風だし…彼らの間に何かあるのかもしれない。気になるところだけど、今の僕が口を出していいものかどうか、更に悪化するような気がして、今は聞かない方が良いと判断した。
お節介かも知れないけど、わだかまりとなっていることを解決して仲良くなって欲しいと願っている。
青柳さんとは数回しか会っていないのに、これが最後になるのは何となく嫌な気がして、「また会えるかな?」と口に出す―――前にくるんとひっくり返され、後ろから抱きすくめられていた。
「へ?」
一瞬のことだったから、何がどうなっているのやら。それも何故後ろ向き?などと雰囲気にそぐわないことを考えてしまったのは動転していたからだろう。
「忠告をしていたはずだ。俺には近寄るな…と。近寄ったお前が悪い」
状況を把握するより早く、青柳の手が首筋をなぞってあごを掴むと、頭を傾けられた。そしてあらわになった首筋に青柳の柔らかな唇が落ちる。
「な、に…?」
瞬間的に腕を上げようとしたけれど、僕の腕は彼の腕によって動きを封じられていた。
「人の忠告は聞いたほうがいいことを教えてやろう」
耳朶に熱い吐息をかけられ、こそばゆい感触に身をすくめていると、耳からは湿った音が聞こえ、人に触れられることのない為に弱っている部分だ。聴覚以外にそんなところがこんなにも敏感になるとは思っていなかった。
「ひぁっ…」
思わず声を上げてしまう。
「俺は理性が強いと自負している。が、お前に関しては別だ。だから近寄るなと言ったのに」
そんなこと言われても、分かるはずないじゃないか。それに今だって意味が分からない!
与えられる刺激と困惑する状況で言葉に出来ないでいた。
「お前のためだけに生きているんだ。その報酬をもらってもいいだろう」
そう言うと、耳朶をキュッと掴んだ。
「痛っ!」
痛いやら恥ずかしいやら、何が何か訳がわかんない。どうして僕は最近、襲われることが多いのか。
「出来ることなら、あの通り魔と同じく、お前を誰の目にも触れられないように雁字搦めにして閉じ込めておきたいんだ。……俺の理性を壊さないでくれ」
近くで囁く言葉の内容と裏腹に青柳の表情は通り魔と違い明るくない。眉間に深い溝を作り苦痛に耐え忍んでいるようだ。だけど後ろから抱きすくめられているために僕には、それが分からなかった。
ただ理不尽なことばかり言われて、僕はかなり頭にきていた。
本当にどいつもこいつも、僕を閉じ込めるとか、力付くで言うことをきかすとか、報酬って何だよ!僕は物じゃない!!
「――――っ、いい加減に…しろっ!!!」
叫んだと同時に全身から光が飛び出し、小さな結界がバリンと壊れた。ついでに青柳も飛ばしたらしい。
「…っ結界が…」
青柳が張っていたのだろう目くらましの結界が壊れ、突風で立つのも困難になり、小さな木々が折れ、葉っぱも散乱している周りの出来事よりも、僕は怒りが頂点に達していた。風を避けようと目の前の腕を上げている青柳を睨み付け、
「僕だって怒る時は怒るんだから、なめるなっ!」
と、その場に青柳を放置してズカズカと小さな憩いの場から立ち去る。
まるで子供の喧嘩の文句に近いなんて気づく余裕すらないぐらい、もうもう、本当に頭にきていた。
僕は僕であって物じゃないし、近寄ったからといって僕が悪いわけじゃない。誰も彼もが僕の意思を無視してくれるんだから!僕は僕の考えで行動するんだ。誰にも邪魔なんかされない!僕の過去が何だよ。記憶がなかったら自由にいられないの!?
それじゃ、今の僕は―――代用品…なの?
『ようやく隣に並ぶことが出来た』と言った煉は、記憶を失っているからこその取れる行動。半分、いや半分以上は過去と今を混ぜた夢を見ているんだ。記憶を失う前の僕と並んで歩くという夢を重ねている。
緑川さんもそう。僕に記憶がないのをいいことに養子の件を進めようとしている。記憶があれば僕は猛反対していただろう。記憶がなければ何処からはじめても良いわけだ。と父に言っているのを先日聞いてしまった。
青柳さん…青柳でいいや!彼は記憶云々よりもっとひどい!僕のために生きているから報酬をくれだって!?ふざけるなよ!仮に僕のために生きているにしたって、自分で決めたことだろう!近寄るなといったり、僕のためだと言ったり、意味わかんないよ!
真君も僕で遊ぶ気満々だし…
ズンズンと歩いているけれど、気分は最悪に沈んでいた。
代用品……ずっと気づかないフリをしていたけれど、一度認識してしまうと抜け出せない底なし沼に足を突っ込んだようにゆっくりと沈んでいく。
「やっぱ代用品…なのかな。僕は…」




