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25 前進



あ……、ここは…夢の中だ…

夢だと認識できたのはここ最近よく見る夢だったから。

大好きな緑に囲まれた平原を僕はただあてもなく歩くという夢。でも周りの緑と優しい風に誘われるまま歩くだけだというのに、心は満ち足りていた。


気持ちいいけど、ここは何処なのだろう?現実世界では訪れたことが無いと思うんだけど懐かしい感じがする。まず地平線まで望める景色なんて町中にはない。これは僕が望んだ景色と言うことだろうか?


 いつもなら意識した場所からそれほど遠くに歩くことはなく、咲いている花や揺れる草を見つめながらゆったりとした時間を楽しんでいたんだけど、このまま真っ直ぐに進むと何かあるのか?行ってみたい衝動に駆られた。意思をもって進めようとした途端に、背後にある大樹、この大樹は草原のど真ん中に主のようにたたずまい、空まで真っ直ぐと伸びている、その樹に呼ばれた…ような気がして振り返ったのだけど…。

樹が話なんて出来るはずもないから気のせいかな。

でも、改めて見上げた大樹がとても気になり始めて、見過ごすことが出来なくて近くまで寄ってみることにした。

近くに寄るのは夢に見始めて初めてのことで、その樹はとても大きく、大の大人が二人がかりで手を回しても余るほどの幹。ぐるりと回ってみるけれど、声はしない。そのかわり自然の中ではありえないものを見つけた。

丁度いいところの高さにドアノブがあるのだ。


樹の幹に?ドアノブ?何のためにあるのだろう?

恐る恐るドアノブに触れてみると、再び、声が聞こえてきた。

それは優しい声音―――


『今は駄目よ。開けられないわ。本当に必要なときに来なさい。そんなに遠くない未来だと思うけど、一度だけ開ける手伝いをしてあげる』


樹に呼ばれたと思ったのは勘違いではなかったようだ。聞いたことのある優しい声音の持ち主は女性で、そしてその声はドアノブの向こうから聞こえてきた―――



◇◆◇



「へぇ、真っ先に雅也が僕を見つけてくれたんだ。有難う、雅也。流石は親友だけあるね」


視聴覚教室で気絶した僕は、雅也に運ばれ保健室であれから延々眠り続けていたようで、目を覚ましたのは翌朝だったのだ。

保健室からは迎えに来てくれた緑川さんが家まで運んでくれたらしいのだが、その辺りは僕が寝ていたので予測でしかない。でも目が覚めたときに緑川邸だったから予測は間違いないと思う。

意識のない人間は重いと聞いているから、雅也と緑川さんには悪いことしちゃったなぁ。今度何かお礼をしなきゃ。


そして今は学校である。緑川さんは気絶したまま帰ってきた僕を心配してくれていようなんだけど、学校に遅れるからと昨日の出来事を話す時間が無く、今に至る。


緑川さんが何か言いたげだったんだけど、何だったんだろう?本当に起きた時間がやばかったから『おはよう』と『いってきます』しか話できなかった。始終じーっと見つめられて落ち着かなかったけど、帰ったら聞いてみようっと。


「しぃ、その口ぶりだと、親友だと言っているのに信用していなかったように聞こえるよ」


 朝の挨拶も出来ないぐらいにぎりぎりの到着だったから、雅也に運んで貰ったと聞いたのは1限目と2限目の休憩時間の、今さっき教えて貰ったところだ。


 信用…信用ね…


「あははは、そんなことないけど…いや、そうかも」

「おい」

「だって、雅也はどこか色々と面倒くさそうな態度をかもし出すから、僕のことなんて心配していないのかと思ったんだ。ごめん」


親戚との面会だと言って出かけたから、そのまま教室に戻らずに帰ってしまうだろうと、僕の帰りが遅いからといって探してくれるなんて思わなかったんだ。

そうじゃなかったことに素直に謝ったのに、


「………しぃが変わった…」


雅也には珍しく吃驚眼で僕をじろじろ見ている。


記憶をなくしてからの僕は全てにおいて受身だったから、それをなくそうとしただけの少しの差だというのに、雅也は鋭く見破ったようだ。

昨日までの僕ならば『信用していない』と言われたら『そうかも』なんて答えなかっただろう。まして傷つけてしまう言葉なんて選ばなかった。『面倒くさそう』だとか『心配なんてしていなかった』とか。ただほんのちょっと素直になっただけ。そして自分の思ったことを後回しにしないで、その場で言うか訊ねるかしてみようと決めただけで、大したことではない。


「昨日何かあった?僕が行ったときは外から鍵が閉められ、中に入ったらしぃしかいなかったけど、視聴覚教室がめちゃくちゃだった」

「………」


どう答えたらいいのだろう?真実を話して信じてもらえるのかな?もしかしたら頭がおかしくなったとか言われないかな?


「え~と…誰かに閉じ込められたんだ。それで…」


雅也は心配して僕を探してくれたのだから正直に話そうと思い、でも正気なんだと分かって欲しくて言葉を選んでいたら。


「ああなるほど。それでお前が暴れたのか。それにしても誰が閉じ込めたんだ。顔を見たか?」


教室内が荒れていた理由はそれじゃないんだど、だけど、僕がやったことには変わりはないし…またもや、言葉に詰まっていると。


「庇っているんのか?それとも本当に見なかったのか?」


雅也には珍しくどんどん話を進めてくる。


「顔は見なかった。親戚が面会に来ているからと中に入ったら、扉が閉まって、すぐに開けようとしたら…閉じ込められていた」

「本当か?」


嘘は言っていない。だけど、誰がやったのかはなんとなくだけど見当は付いていた。多分、あの子だ……庇うつもりはないけれど、表ざたにもしたくない。その内、こんなことに飽きてくるはずだから放っておこうと思う。

それに、教室に閉じ込めるなんて悪戯はあんなことと比べると大したことはない。そう、あんな怖い目にあった後ならば……


「そんなことより、雅也。今日のはどうかな?」


あまり思い出したくない出来事だから話題を変えることにする。いつか、雅也にも不思議な出来事を話すときが来るだろう。でも、今はまだ自分の心の整理が出来ていないから…受身から脱出すると決めた矢先にこれだから、僕はヘタレかも。だけど、この力はむやみやたらと口にしていいことじゃないと思うんだ。ごめんね、雅也。

心の中で謝りながらカバンから雅也に見せるために持ってきたものを取り出す。ここ数日の日課。朝のHRが始まるまでに、僕が持ってきたものを雅也が感想を言うのだ。

登校の途中で見つけたソレ。車を止めてもらってさっき僕が取ってきたもの。机に小さな可愛らしい花の束を乗せる。


「……駄目。違う」


雅也は手にとることもせず、一瞥しただけで興味を失ってしまう。いや、始めから興味なんてないのだ。

毎日必ず一つは何かしら雅也の為に持ってきている、きらめいている海や森の瑞々しさを写した写真、可愛い動物の写真や綺麗な石。それら全て、雅也が探し求めている「綺麗なもの」探しのために僕が綺麗だと感じるものを持ってきているのだが、今のところ全てはずれ。

初めのころは興味津々で取り出すまで見つめていた雅也だったが、この頃は諦めているようだ。


「そっか…そろそろカバンに入るものは尽きてきたな。今度は一緒に出かけてみようよ。実物を見たほうが写真より何倍も素敵だから」

「絶対にないと思う。でもしぃが出かけたいというのなら付き合う」


『ない』って決め付けて、雅也は本当に『綺麗と感じるもの』を探したいのだろうか?自然を綺麗と思わない時点で、そもそもこの世にあるのかな?と嘆息する。


「おお、お前たちいつも仲がいいな」


高校生とは思えない体格の持ち主が、隣の席にカバンを置きながら僕たちの話しの中に入ろうとしているのは、転校生の天野である。


「白石に、え~と、宮園、おはよ」

「おはよう。天野君。もうすぐ2限目だけど今登校したの?」

「色々あって遅れたんだ」

「……また来たか」

「ん?何か言ったか?」

「仲間に入れてくれる人はいるのに、どうしてこっちにくるんだ。うざい」

「雅也!」


 他の人に対しては完全無視を決める雅也は天野に対してはかなりの毒舌だ。聞いているこっちのほうがハラハラしてしまう。


「そりゃ~白石が気に入ったからに決まってるだろう」


分かりきったことを聞くな。と言わんばかりの堂々とした態度に、僕が驚くならまだしも、聞き耳を立てていたらしいまわりがどよめいた。


「違う意味で宮園も対象だぜ」

「ああ、そりゃ迷惑なことで。つーかお前の性格はマゾか?」


 違う意味ってどんな意味?天野が転校してきてから、こうして雅也が天野を邪険にする光景はいつものこと。それなのに天野は懲りないのだから、僕もいじられるのが好きなのかな?とたびたび思ったことだ。


「いいや、どちらかというとSかな。それも『ド』が付く。困った顔や混乱している表情なんて見ていて面白いだろ?」


そう言いながら清清しいほどの笑みの背後に、背筋すら凍らせる波紋を感じて、椅子をずらして遠のいていた僕。サラリと堂々と言い放つ衝撃的な言葉は絶対に嘘ではないと読み取って、出来れば僕は関わりたくない。と感じたための拒否反応だ。


そんな変な顔をしている僕に、ニッコリと笑みを送った天野は。


「大丈夫、白石には優しくするよ」


と、とんでもない爆弾を落として、さらに周りを煩くしてくれた。もしかしてそれもワザと?ワザと言って周りの反応を楽しんでいるのか!?


「ところで、何の話をしていたんだ?」

「お前には関係ない」


ばっさりと切り捨てている雅也だったが、話題転換には丁度いいから僕はそれに乗っかることにする。あのまま進むと周りが煩くて仕方ないもん。


「今度二人で出かけようって話なんだ」

「あ、俺も一緒に行く」


何処に行くとも日にちも決まっていないのに、天野は即座にそして強引に決定事項にしてしまう。


「……」


性格に難ありな天野だけど、僕は別に一緒でも構わない。しかし、ちらりと伺ったら、やっぱりというか、雅也は眉間にしわを寄せて無視を決めていた。


「ええ~と、一緒に来てくれてもいいんだけど、条件がある。これを飲んでくれなければ、連れて行けない」

「しぃ、まさか僕と仲良くしろとか言うんじゃないだろうな」

「そんなこと言わないよ。それだったら天野だけじゃなくて二人に…と言うよ」

「確かに。だったら…」


僕のほうの事情で雅也には悪いけど、ちょっとばっかり利用させてもらおう。鮮やかに微笑むと雅也に聞こえないように天野にその条件を言う。


「白石って大人しいイメージがあったのだが、ずいぶんと違うな」

「そう?だけどね、大人しくしているのにも限度ってものがあると思うよ。それを超えてしまう事柄が多すぎたからね」

「その方がいいんじゃねぇ。俺としては好きだね。だけど…う~ん」


だけど…と続くのは多分、あの人には困ることなんだろう。天野は悩んだ末、僕の条件を飲んでくれた。


「しぃ、条件って何?」


仲間はずれになったのが気に食わないようだ。


「ごめんね、内緒」


本当に雅也には悪いと思うけど、言うわけにはいかない。天野の隠していることに関わることだから。


「でも、その内、雅也に教えてあげるから」

「なら、いい」


不満はまだある顔だけど、雅也は納得してくれたようだ。




その日の昼休み、煉に会いに行こうと大学棟に足を向けたのだが、生憎と煉は休んでいるみたいだった。

もしかしたら、あれからずっと大学を休んでいるとか?早く話をしたほうがいいのは分かっていたんだけど、中々抜け出す機会がなかったし…やっと雅也と天野から解放されたチャンスだったのに~~~っ


雅也は日直で次の授業の用意を任され、天野は何処で何をしているのか…知らない……ってことにしておこう。うん、深く考えるのはちょっと怖い。兎に角天野は天野なりの用事があって今はいない。

次のチャンスはいつになるだろう?はぁ……


記憶を失ってはじめての大学棟、僕と二つ以上ぐらいしか離れていないのに、すれ違う人達は皆大人びている。なんだか場違いなところに来てしまった感じだ。

大学棟を抜ける廊下に差し掛かったとき、高等部と大学棟を隔てるように作られた中庭に目が留まる。

目を奪われそうな緑と穏やかな計算された空間に、世間のざわめきから開放してくれそうな垣根に、僕の足は自然とその中へと足を踏み入れていた。

上から見ているだけでも綺麗な花々は、中に入ると僕を包んでくれる暖かさがある。背の低い優しげな花もあれば、背丈を隠してくれるほどの威厳のある草木もある。

その中を歩くだけでも清浄な空気に包まれ、色々ありすぎた僕の心を癒してくれた。


 煉とは会えなかったし、直ぐに教室に戻ったところで二人はいないし、特にすることもないのだから、ちょっと探索してみようかな?こういう息抜きも必要だよね?


「奥にいけば何があるのだろう?」


校舎の近くには椅子が並んで中庭を見ながら休める場所があったから人がたむろしているが、奥に行けば行くほど木々が高くなり、人の姿も見えなくなる。

さわさわと風に揺れる葉を小人の舞を見るかのような優しい目を向けて、何かに誘われるように奥へと足を向ける。

そして、たどり着いた先には垣根に囲まれた空間。校舎から死角になるそこには、可愛らしい椅子が二つ並んでいた。誰かが作ったのだろう手作りっぽい椅子に腰をかけると、長年座っていた椅子のようにしっくりとくる。


「雨風にさらされて壊れそうなのに、しっかりしている。それになんだかここは恋人たちの空間みたいなところって感じがする。その恋人たちが作ったのかな?二人だけで出会える場所を作るために」


そうとは限らないのに恋人たちの空間と決め付けているが、でも入り組んだ先のぽっかりと空いた空間の、足下には小さくて白い花が咲き、可愛らしい椅子が2脚あれば、まるで整えられた秘密の空間と呼んでもふさわしい場所。恋人たちが愛を囁き合うにはうってつけだろう。

それを考えれば、椅子の一つに僕だけが座っているのは、なんだか変だね。

こそばゆい感じが、残り香のように浸透してきそうな感じ。

もし本当にカップルがきたらばつが悪いけど、ここまで奥まったところまではあまり来ないだろう。何度か来て誰とも出会わなかったら僕のお気に入りの場所にしようかな~。


僕は時間までもがゆったりとしたこの空間がいたく気に入って、何をするでもなくのんびりと草木と風を楽しんでいた。そこに僕が入ってきた所と反対側の木々が揺れた。

ああ、残念。僕だけの秘密基地にはならないようだ。他に知っている人がいるんだと、無意識に振り向くと、そこに入ってきたのはトレードマークとなってしまった帽子を被った、目を見開き驚きの表情を浮かべている青柳だった。


「……雫…お前、記憶が戻ったのか?」


彼がこの場所に来たことだけでも驚くというのに、え…?『雫』って…僕の名前をどうして親しく呼ぶの?


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