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23 定番



 先生が教室から去り、次の授業が始まるまでの僅かな自由時間、待ってましたとばかりに、ずっと好機の眼で見ていた生徒たちはワラワラと転校生の天野の元にやってきたが、それより早く僕に校内を案内して欲しいと、転校生の天野が僕の手を引いて席を立ってしまった。

 他の生徒の好奇心に満ちた視線をビシビシと感じていても、まるっきり無視するなんて、なんというか、外国暮らしが長いから大らかというか図太いと言うのか…大物だ。それでなくても 天野は顔立ち体型共にバランスがよく人間離れして恰好いい。女性からの熱い視線に慣れているのだろうな。

人から生まれたとは思えない神々しいまでの姿に、少し身長を分けて欲しいと眺めている僕の視線を感じた天野は。


「群がられるのは苦手なんだ。引っ張り出してすまなかったな」


照れくさそうに頭をかいて、許可を取らずに連れ出された僕に謝ってくれた。


「いいよ、僕も集団は苦手だから。でもね、校内の案内には僕は不適格だよ?天野君は知らないだろうけど僕はつい最近記憶喪失になって校内の場所を把握できていないから。それに休憩時間は5分ほどしかないよ」

「あぁ……んじゃ、一緒に覚えていこうぜ」


記憶喪失なんて特殊な事柄に驚くこともなく、一度視線を上にあげてから二カッと笑みを向けてきた。

天野のその行動はなんとなく再確認したというような素振り…に感じたんだけど、何処かで噂として聞いていたのかもしれないと、おかしな素振りに触れることなく、「一緒に覚えよう」という返事に「そうだね」と答える。


短い間の休憩時間に校内の主要な案内は出来ず、一番必須であるトイレだけを教えてあげた。


そして、お昼休みになって僕と雅也は、天気がいいからと外で食べることにした。そこに転校生、天野もついてくる。とても気持ちのいい木陰を見つけて、そこで僕は弁当を広げ雅也は学食で買ってきたパンを食べ始めた。


「おお、バランスのいい弁当だな。それに比べ、ええと、宮園は成長期なのにパンだけで大丈夫なのか?」


僕たちのお昼ご飯を覗き込んで感想を述べる天野はというと、手にどこどこの天然水と書かれたペットボトルのみ。


「天野君こそ、それだけ?」

「う~ん、腹の調子が悪くて食べたくないんだ。だけど、白石の弁当は旨そうだ。一つくれ」


と、煮物を一つ持っていかれた。僕一人では食べきれない量が詰められているから、もっと食べてくれてもいいのに、天野はその一つだけで満足したようだ。


「プロが作ってくれているから美味しいでしょ?お腹に優しい物もあるからもっと食べていいよ」


二段が重ねの大きさの弁当は、緑川さんの家にいる資格を持つシェフが作ってくれていたのだ。高級レストランで働けるほどの腕前なのだから文句なしに美味しいと思う。


「贅沢だな」

「……しぃ」


天野君の言葉に苦笑するしかない僕に、眉を寄せた雅也が声をかけてきた。


「どうしたの?」

「何でこいつは付いて来るんだ?」


え?今更?ずっと僕たちと一緒に木陰まで来たのに?

そのことを改めて僕に聞かれても、どう答えていいものやら…。

転校生が珍しい他の生徒たちからもお昼のお誘いを受けたはずなのだが、全て断って付いてきているのだ。


「え~と、本人に聞いたら?」

「嫌だ。こいつのこと嫌いだし」


ここに到着するまで雅也が口を開くこともなく眉間にしわを寄せていたから、もしかしたら?とは思ったけど。しら~と本人を目の前にして…言っちゃったよ。

空気が悪くなると僕は冷や汗を流した。が。


「おいおい、まだ会って数時間で決めるなよ。仲良くしようぜ、な?」


雅也の『嫌い』が聞こえていたはずの当の本人は気にしている様子はない。あっけらかんとしている。


「どうしてお前と仲良くしなきゃならないのだ?理由がない」


それに対して雅也がピシャンとはねつける。表立って雅也が誰かを嫌うことはなかったのに、悪口を言われようが、あからさまに接触を避けられようが、淡々としていたのに、天野に対しては白黒がハッキリしている。それほど相性が良くないのだろうか?


「雅也。天野は転校生なんだから、学校に馴染めるように努めようよ」

「………」


仲介しようとしたが、失敗したみたいだ。僕の返事に対し反論せずに無言ということは、この状況に我慢してくれるのかな?なら失敗でもないか。


「……しぃにあまりベタベタ引っ付くなよ」


そっぽを向きながら小さな声で妥協を口にしたみたいだけど、何それ?天野が僕にくっ付いてくるから、嫌いなのか?本当に何それ?学校の中ではほぼ雅也と一緒に行動するけれど、僕に対してもクールというのか無関心というのか、結構素っ気ない返事ばかりで、本当に親友かな?と思っていたけど、良かった、それなりに好意は持ってくれていたんだ。

雅也から感情を引き出すのは難しく、他にもあらわにしてくれるのかな?と凝視したが、彼はパンを口に入れ答えてくれなかった。

天野は何もなかったように木にもたれかかり水を口にする。






さて、その二日後、僕は一人で視聴覚教室に佇んでいた、


「あ~あ、やられちゃった。さてどうしたものかな」


防音設備がばっちりの場所である視聴覚室にお客様が来ていると伝言を貰ったから、一人でのこのこやってきたら、なんというかイジメの定番?閉じ込められてしまったのだ。

僕には記憶がないから「親戚の人が来たよ」と言われたら、疑うことすらしない。というか疑う要因が見つからない。それもぜんぜん知らない生徒から言われたら、本当に伝言を頼まれたんだなと、なおさらだ。

付いていこうかと言ってくれた雅也には一応視聴覚教室に人と会うからと声をかけてきたけど、いつ戻るとは言わなかった。まさか閉じ込められているなんて考えないだろう。このまま姿を見せなくとも、親戚の人と帰ってしまったのだろうとしか捉えかねない。だって雅也だし…探してくれるなんて…期待はしないほうがいいだろう。


午後の授業が始まったから辺りはシンとしていて誰も通る気配はない。防音設備がばっちりなこの空間で叫んでも聞こえないだろうから、兎に角座るか。ガタンと椅子を出しど真ん中の席に座ると、手を組んで頭を乗せた。

こうして邪魔されることなく一人で考える時間を取れるのは、丁度良かったかもしれない。

それというのも、この二日、転校生の天野がびっちりとくっ付いてきて、ゆっくりと考え事をする暇が作れなかったのだ。

閉じ込められるのは嫌だし、早く出たいと思うけれど暴れても扉は開かないし、叫んでも喉がやられるだけだし、誰かが近くに通るまで、頭の中を整理することにした。

イジメから閉じ込められたというのに、暢気なものだ。と自分でも思うけど、何故かな?このぐらいのことならどうってことないような気がする。だっていつかは出られるし。

心配しなければいけないことは、トイレだよな。あと、食べ物。

まぁ、放課後になれば、緑川さんの運転手がおかしいと気づいて、探しに来てくれるかもしれないし、それ程、長い時間じゃないだろう。通り魔に軟禁されることを思えば大したことはない。

もし通り魔との攻防の経験をせず、そして記憶があったとしたら、僕はこの状況で大声を出して叫び続けたのだろうか?どうなんだろう?と考えてみたけど、やっぱり記憶というベースがないから分からない。


無くしてしまった記憶はいったいいつ戻るのか。生活に支障はないから、それ程記憶を取り戻したいとか、喪失感を持つのも少ないんだよね。記憶を取り戻して欲しいと願う他の人達には申し訳ないとは思うけど。僕にとっては天野と一緒で、転校してきたと思えば、あまり変わらない。だからそれ程焦っていないのだけど、困ることが数点ある。


「まずは雅也だよね。そして煉」


雅也との約束『美しいと感じるもの』を探すこと。記憶をなくす前の僕は何処まで掴んでいたのか、それともまったく想像もついていないのか。雅也との約束は交換条件みたいなんだけど、僕が探す代わりに雅也に何を約束したのかが分からない。


「分からないけど、なんだか早く見つけなきゃいけない気がするんだよねぇ」


多分、こうまで心の片隅に居座っている約束とやらは、以前の僕が優先していた事項だろう。でなきゃ、記憶が無い今の僕がここまで心の隅で引っかかるように気にかけることはないはずである。

そんでもって、平行に、


「緑川さんに見つからないように、煉とは話し合いをしなきゃ。不安定な煉も危ういし……」


どうして僕なんだろう?煉なら選り取りみどりなのに、手近な僕に依存するなんて…何かがある違いない。と直感で感じる。僕の記憶がなくなる以前に、僕と煉と何かがあったと思われる。

今の僕が知らない何か―――

それを言うのなら、かなり沢山のことが、そこにある気がするのだ。本当にもやもやする。追求することで霧が晴れるどころかもっと深まっていく感じだ。


「本当に以前の僕なら、全てを知っていたのかな?」


記憶がなくて不便を感じないが、それだけは知りたい。知る術は―――


「真君だね」


彼は何かを知っている。知っていて隠している。それをどうして隠すのか。


「彼も謎だ」


こうして落ち着いて整理すると面白いものだね。色々と不可解なこと、謎な事が出てくる。他にも青柳さん、彼の行動も変だよ。僕を助けてくれるときは全身全霊って感じがするのに、とても心配してくれるのに、頑なに僕を避ける。そして時折見せる切ない瞳。


「僕が気づいていないと思っているのかな?」


今度、出会ったときに聞いてみたいけど、答えてくれないだろうな。「近寄るな」と宣言したぐらいなのだから。まして不思議な力をもっているの?と聞いたって教えてくれなさそう。

緑川さんもそうだけど、青柳さんも不思議な力を持っていそうだ。ただの枝が触れてもいないのに通り魔を傷つけたんだから。


「――――」


整理するために考えれば考えるほど、迷宮に入り込みそうだ。いったい何処から、手をつけたらいいのやら。

だけど、一つだけ分かったことは、彼らの持つ謎の先は僕にある―――自意識過剰だと始めは思ったけど、そんなことで解決できない。

僕を取り巻いて何かが動き出した。それとも記憶をなくしたことで僕が動き出した?


「記憶を取り戻せばある程度解決しそうなんだけど、駄目なんだよね」


と口に出してから、おかしなことに気が付く。


「はて?何が駄目なんだろう?」


あれ?

首をかしげている間に、疑問を持ったことすら忘れてしまう。頭に異常があるからだとか、そんなことじゃなく、目の前の異常な出来事で考えるゆとりがなくなってしまった。と言っていいだろう。

僕の思考、僕の視線はそれに釘付けされた。


「なっ!なんだ、あれはっ!?」


電気は付けていないが外から差し込む光が部屋を照らしている。それなのに、異常なまでの黒い部分があるのだ。視聴覚室の隅に黒い靄が蠢いて…そう、蠢いている。それを視野に入れた途端に、考え事をする余裕が無くなったのだ。



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