18 選分
ためらいがちの伸ばした手は、頼もしく感じる背中の持ち主、青柳の服を掴んでいた。
「!……」
掴まれた感触で彼はピクンと背を揺らし、自分を選んだことに驚いているようだった。
「え、…あ…ごめんなさい」
迷惑だったのかな?と咄嗟に謝るけれど掴んだ服は離さない。
いつもそばにいてくれる幼馴染、身近にいる天然の親友、大人で包容力がある親戚、親しみを持てる知識豊富な後輩、彼らを選ばず、たった数度あっただけの彼を選んだのか、一番分からないのは自分自身だったりする。
当惑させたのはつかの間で、青柳は微かに口元を緩め、敵へと向き直る。たったそれだけなのに、お荷物である僕の居場所を与えてくれた。
彼は口数が少ないけれど全てを受け止めてくれる、そんな安心感がある。彼を選んだ理由はそれなんだろう。
離れたくないと、服を強く掴む。そんな光景を目の当たりにした煉が、
「――っ!……くそっ!」
悲しげなやるせなさを口にした後、
「おい、青柳!お前はやっぱり許せねぇ!こいつのカタが付き次第、覚えてろよ!!」
通り魔に向ける敵意よりも激しい視線で青柳に向ける。それを、通り魔が楽しそうに見ていた。
「へぇ、仲間割れ?俺は大歓迎だよ。俺に遠慮なく戦ってくれよ」
「何をぬかしている!先にやっつけるべき相手はお前だ!」
「優先順位的にあなたが一番厄介ですからね。さて、静粛の時間ですよ」
大人の余裕を見せる緑川は、懐からなにやら紙のようなものを二、三枚出してくる。それに対して通り魔がピクンと眉を寄せた。
「なんだよ。隠し玉があるから余裕なのかよ。もしかしたら他にもジョーカーが出てくるかもしれない?これはやばいね~。俺としては復讐したい相手がいるから、ここでやられるわけにいかないんだ。今日のところは退散するとしよう」
戦うことよりも逃げることを選んだ通り魔は、いっせいに髪の針を皆に浴びせ、防御している間にビルの屋上へと髪を伸ばし、攻撃範囲から離脱。
「復讐するにはまだまだ力量不足だということが分かっただけでも良しとするか。白石雫!君は俺の物だよ。君を手に入れることも復讐の一環だからね、近いうちに迎えに行くから待っていて、ふふふっ」
攻撃が届かないところに飛びながら、ビルの谷間に奴の捨て台詞が木霊した。
執拗に僕を追い掛け回した粘着質の割りに、皆に恐れなして、あっけない逃走という幕切れだった。
皆も深追いするつもりはないようで、青柳は枝を脇に捨て、緑川も出したものを懐にしまう。
「あ~あ、逃げちゃいましたね」
残念そうな台詞を言う後輩君だが、感情が伴っていない声に簡潔に答えたのは緑川で、
「そうですね」
たった、それだけの返事。他の皆も何やら考え事をしているようで、通り魔を退けたのに喜んでさえいなかった。
これだけの人数で取り囲んでいながら、逃げられたのだ。悔しさがそれぞれあるのかと思ったが、どこか安堵している様子がある。特に緑川さんが……
むちゃくちゃな通り魔なのだから、もし戦っていたのなら、どうなっていたか分からない。安堵するのは当たり前かもしれない。
あんな能力、普通の人間ではありえないのだから。よく助かったものだ。
緊張から解き放たれて、ふぅと体中の力が一気に抜け落ちる。崩れ落ちる体を支えてくれたのは、青柳だった。
「よく、頑張ったな」
抱きとめられ、いつになく優しい瞳で見つめられたら、怖い思いや痛い思いをしたことも報われる気がした。
他の人たちも僕の元へと駆けつけ、心配顔で覗き込み、緑川さんが怪我をした腕を止血してくれる。
「私が来るのが遅かったために申し訳ありません」
「そんな、緑川さんの所為じゃないです。僕も待ち合わせの場所から離れたのが悪いのですから」
皆が来てくれたからいいものの、あのままだったら僕は……考えるのも恐ろしい。
「……一番悪いのは俺だ。…あいつの策略に乗ってしまった俺が浅はかだったんだ。すまん、雫」
一番ひどい傷を目の当たりにした煉が、思いつめた口調で謝ってきた。煉が悪いって思っていないけれど、彼の言葉の中に引っかかることがあった。
「策略って?」
煉は通り魔に襲われた飯田さんを送っていっただけ…それの何処に策略があるのか?
「それは…」と説明しようと口を開いた煉を遮ったのは緑川さんだった。
「それよりも、ここから移動しましょう。雫さんの手当てもあることだし、場所を変えて説明してください。それに皆さんには聞きたいことがあります」
いいですよね?と、選択を持ちかけているのもかかわらず、有無を言わさない迫力があり、誰も否とは言えなかった。
緑川さんの有無を言わせぬ迫力に僕たちは全員、緑川さんのお宅に車で運ばれ、お邪魔することになる。
僕を迎えに来た車は、たった一人を迎えに来るにしては豪華すぎるリムジンだった。目立ちすぎて乗り込むのに抵抗があるというのに、他の皆は平気で乗り込んでいき、車内では到着するまで始終無言という、居た堪れない空間を満喫する羽目になった。
リムジン然り、立ち振る舞いから上流家庭の上品さを持ち合わせていた彼のお宅は、信じられないほど大きなお屋敷だった。
そう、お屋敷なのである。
迎えてくれた方々は執事やメイドさん達で、それだけでも驚くのに、中に入るともっと驚く立派な造りに一様に皆ポカンと開いた口がふさがらなかった。
何もかも煌びやかなお屋敷のお風呂を借り(ふらついているのでメイドさんがお手伝いしましょうと言われたのを断って)さっぱりした後に、いつの間に来たのかお医者様が僕の手当てをしてくれた。
腕の傷は少々深かったらしく、麻酔を打たれ縫合するまでの大怪我だったみたい。そりゃ、痛いはずだよ。
僕はそのまま麻酔の効力で客室のベッドにウトウトとまどろんでいた中、応接室に集まった彼らは気まずい雰囲気に包まれたいた。
緑川side ―――
「うは~贅沢なつくりだぜ。シャンデリアに、壁には有名絵画に、お金持ちの象徴の壷!嘘だろう。こんなお屋敷が個人の持ち物なんて詐欺だ」
誰一人として言葉を発しない状態に痺れを切らした黄之本は大して興味のない感想を口にする。興味がないと感じるのは感情のこもっていない声から察っすることが出来る。
雫と同級生の宮園と後輩である黒崎は大人しく椅子に座っているが、青柳は黄之本と同じくただ立っているだけ。黄之本の独り言に誰も乗ってこない。
その様子を見ていた私は皆に聞こえないように小さくため息を吐き出した。
暫くするとメイドが人数分の紅茶を持ってきたのを切欠に、彼らを椅子に招く。
「さて、紅茶も来たことですし、皆さんには事情を説明していただきたいのだが」
依存があるだろうか?と言葉は丁寧だ。しかし、かなり上から目線の態度は隠そうともしない。取り繕うことが必要のないメンバーだということもあるが、私がこの中では一応年長だ。
「単刀直入に聞きます。あの場にいた理由を知りたいのです。が、皆さんに聞く前に私の理由を言いますね。雫さんから迎えに来て欲しいと言われたからですが、待ち合わせの場所にいなかったので、探しあの場に到着しました」
『さて、貴方達はどういった理由なのでしょうね』と続きそうな台詞は、視線にこめてこの場に集まった彼らに向ける。
他のメンバーから口を割らすためには、まずは自分から言うのが妥当だろと、口にしたのは嘘偽りのない本当のこと…しかし、彼らの一部は、どういう反応で返してくるのでしょうね。
「………どうしてそんなことが知りたい?」
反感の色が見える青柳はただ単に飲み物が届いたから席に着いたようで、私の指示に従って大人しく席に着いたのではないようだ。
この調子だと、他の人達も同じだろう。
「雫さんのことを知っている人物が、あの場に五人もそろったんですよ。偶然にしてはおかしいと思いませんか?」
「……………」
確かに、というように眼を伏せる青柳に対し、黄之本は、
「おかしいことなど一つもない。俺も雫を探してあの場に行ったんだから」
見た目通りふてぶてしい態度だ。
「それもおかしいのですよ?気づいていましたか?電話で聞く限り貴方は女性を家に送って行ったはずです。ああも早く到着するでしょうか?まさかと思いますが、通り魔に加担するつもりだったんではないでしょうね?」
「な!!そんなことあるはずもない!馬鹿にするな!!俺が雫に危害を加えるなんてっ!」
「では、お話してくださいますね。私は雫さんの後見人と同じなのです。雫さんの不利になる状況は許しがたい。回避するために貴方たちの状況を知っておきたいのです」
「後見人…?」
「そのことは、後々…黄之本さん、話してくださいますね」
素直に従うことにはまだ反感を持っているようだが、雫のためと言われると弱いみたいだ。
「送っていった女は、俺の後輩で、雫の同級生だ…」
通り魔に襲われ送っていくことになった過程を簡単に説明し、雫と離れたことを後悔していることを伝えた後、本題に入ったのだが、その内容は常識の人として理解しがたいものだった。
「あの女、とんでもないことに通り魔と手を組んでいたんだ。雫を通り魔に襲わせるために俺を引き離したと白状した」
思い出しただけで忌々しいとばかりにドンと机を叩く。
「それは…どうしてそんなことになったのですか?」
他の人達も興味を持ったようで、皆、黄之本に視線を向けている。
「偶然が重なったのだろうな。あの女の服に雫の血がついてしまっていて、通り魔がそれに気づいたんだと。血の持ち主を呼んで来い。でないとお前を切り裂くと脅かされていたところに、俺たちが駆けつけて…条件が変わったらしい。俺を雫から遠ざけろ…と」
雫は手に絆創膏をはっていたから、匂いか何かで制服についた血と、近づいてくる人物と合致したんだろう。と、眉間に力を込める黄之本に対し
「まんまと罠に引っかかったんだ」
容赦なく切りつける青柳。そして、その言葉に対して、鋭い視線を投げかける黄之本。どうやらこの二人は知り合いで仲が悪いようだ。
「よく彼女から聞きだせましたね」
このままにらみ合いを続けられると、話が進まないので、水を差してやる。
「態度がおかしかったからな。無理やり聞き出した」
「なるほど、それで彼女はその後どうなりました?」
あれほど早く到着したのだ。家まで送ることはせずに、途中で置いてきたのだろうと聞くまでもないことだが、あえて聞いた。
雫とは関係ないことだからもちろん返事は返ってこなかった。
「いいでしょう。では君は?」
黄之本は後輩の彼女とやらにどのような形で無理に聞き出したのやら。私としても雫さんと関係ないので、その辺りはどうでも良いのですけど、その女…後に雫さんに危害を加えるようなことがなければ良し、もし危害を加えそうならば…
緑川の基本の構造はいたって簡単。白石雫とその他だ。雫が無事なら他はどうでもいいのだ。彼女の安全の為ならどんなことでも厭わないし、手段を選ばないだろう。表面上は笑顔が張り付いて温和を演出しているが、彼女の為にならないこの人たちに対して、内では色々なものが渦巻いている。上手く立ち回っているために気づいた人は皆無に近いだろうが、かなりの腹黒である。
しかしながら、ここにいる人達は一筋縄にいかず、普通の人間に接するようにはいかない。気を引き締めて更なる仮面を貼り付けた後、後輩君を見つめ答えを促した。
「僕?…僕は塾の帰り、です」
「そうですか、では君は?」
何もかもが金銭的に高価なものばかりであるこの応接室に萎縮しているのか、自分が一番年下だからと緊張しているのか、彼の答えはいたって単純で簡潔なものだった。
長々と話してしまえば、嘘もばれやすくなるというものですからね、とてもよい選択でしょう。
あの辺りに塾はないことを知っていても彼を問い詰めることなく、無関心に人形と化している雫の同級生に向ける。突っ込んで聞いたとしても、遠回りをした。とでも言うに違いない。
「しぃは?」
人の話を聞いていなかったのか、マイペースな雫さんの親友らしい彼。
「麻酔が効いているので近くの客室で寝ていることでしょう」
「そうか…」
私の言葉に返事を返したところを見るとまったく聞いていないということはないようだ。
「貴方はなぜあの場所に来たのですか、宮園君?」
「ああ、おじいちゃんにカレーを持っていった帰りだったんだ」
淡々とした口調の裏に何が含まれているのか、表情が動くことがないから真実なのか嘘なのか分かりかねた。
「ま、いいでしょう」
「おい、たかがあの場にいただけで俺たちは呼ばれたのか?もっと違う理由があるんじゃないのか!?」
「それだけですよ?逆に聞きますが、何故、付いて来たんです?一度顔を合わせただけの私についてくる理由はなんなんだったんでしょう?貴方たちにも何か訳ありだからじゃないのですか?」
「……っ」
言葉に詰まるということは、ここに集まった誰しも腹に一物を抱え、ここに乗り込んできたという証拠。
「貴方が付いて来いというからですよ。それに、先輩のことが気になりましたし、それが理由です」
「とても優秀な模範解答ですね」
「―――それがいけないと?」
「いいえ」
私と腹の探り合いをしたいのでしたら、受身では勝てませんよ。なんせ狐と呼ばれたこともあるのですから、と、挑発的な笑みを微かに乗せてやる。
もう少し後輩君を突付いて本性を暴こうかとしたところに、
「緑川…いったい何を目的としているんだ?」
単調直入に本題をぶつけて来たのは青柳だ。流石はといったところでしょうか。こちらの意図をある程度読んでいるようだ。
青柳と黄之本は別に来なくても良かったのだ。宮園と黒崎、この二人が雫さんとの立ち位置を把握しておきたくて連れて来たのが第一の目的ですが、青柳達が着いてきたからにはもちろん、彼らにも用事がある。
四人集まったのは幸い。青柳の問いかけを利用させてもらい、牽制を入れておきましょうか。
「選別です」
「選別!?何を?」
青柳はやっぱりといった感じで俯くのに対し、黄之本はピンとこないようだ。雫さんの近くにいた所為で平和ボケしているのかもしれないな。幸福なことだ。
「皆様に言っておくことがあります。雫さんは緑川の養子となります。私の兄弟として、そして緑川グループの総帥として私の主になるのです。その為に私は敵味方を選別する義務があるのですよ」
これで要らない虫をふるい落とせれば楽なものですが、無理でしょうね。でも、火種となって互いを潰しあってくれると僥倖と言ったぐらいの牽制ですね。
「なんだって!雫からそんなこと一言も……」
「―――――」
「へぇ、そうなんだ。総帥か、凄いな」
「!―――」
焦り、感嘆、沈黙、反応はそれぞれだ。いつまでも猫かぶりをしていたら貴方達には手の届かない場所に行ってしまうのですよ。さぁ、本性を表しなさい。叩き潰してあげますから。
この中に必ず、敵となる人物がいる。状況しだいでは伏兵も…出てくるかもしれない。
誰にも彼女を渡さない。この………の名にかけて――――
緑川side ――― 終




