12 接触
主人公の雫は女の子です。
「美味しかったね、あのチーズケーキ。そして紅茶も最高だった!」
僕と幼馴染である煉は、学校帰りに街にある美味しいと有名なカフェに寄ってきたところである。放課後の調理訓練の後のお出かけなので、父親には帰りが遅くなる伝言済みだ。
二つ年上の煉は同じ敷地にある大学の生徒で、割と時間に自由が利くといっていたけど、何時終わるか分からない放課後の特訓が終わるのを何処かで時間を潰して待ってくれていた。それって僕の為に煉の貴重な時間を割いてくれているってことだよね。当初の計画、「煉にあまり迷惑をかけない」はものの見事に粉砕しまっているのを自覚していても、楽しんでしまった。面目ない。
「それは、よかった。今度は映画か遊園地でも行くか?」
背の高い煉を見上げると彼も楽しんでいる風である。それが唯一の救いでもあるが、これ以上、僕に付き合うのは良くないだろう。煉は煉の付き合いもあることだし。
やんわりと断ると、
「カフェでおごったことを気にしているのか?大したことはないし遠慮するな、幼馴染だろう」
バイトをしていない大学生は、もちろん親からのお小遣い制である。だから、金銭面を気にしていると取られたようだ。
「違うよ…って、それもあるけど、僕が気にしているのは他のこと。年下の僕と付き合っていちゃ、疲れるんじゃ…それに、煉には煉の付き合いもあることだし。送り迎えだけで十分だよ。それも、通り魔が捕まったら、やらなくてもいいよ?」
「急にどうしたんだ?俺が雫の気に入らないことをしたのか?」
「ううん、全然反対。良くしてもらい過ぎなんだよ。記憶がないから頼りないのは…しかたないけれど、煉の迷惑になりたくない。煉は僕に構ってていいの?」
「なんだ、そんなこと気にしていたのか。迷惑なんてこれっぽっちも思ったことねぇよ。それに、俺、野心があるからね~」
「野心?」
この話の流れのどこに、野心が隠れる場所があるというのだろうか?
悪戯っぽく笑みを浮かべる煉は「聞きたいか?」と問うて来ているが、是非とも聞いてくれと言っているようだった。
「今はまだ真っ白な雫の中に、黄之本煉の占拠率をあげるという望みがあるんだよ」
「な、なにそれ…そういうのは、好きな女の子に言えばいいのに…」
スタイルもよく見た目もカッコいいのに、どうして僕にそんなことを言うのかな?僕は男の子なのに。
同姓だというのに煉が格好よすぎて、なんだか気恥しくて、どんな顔していいのか煉を見ることができなかった。
「他の子なんて関係ないんだ。俺はお前を守りたいんだから。なぁ、聞いていいかな?今のところ『黄之本煉』の心の占拠率はどれぐらい?」
いつものように、僕で遊んでいるとばかり思っていた煉の声が幾分、真剣味を帯びている気がして顔をあげると、口元は笑っているが瞳が…
「優しい幼馴染の黄之本煉は、雫の片隅にでも居座っているだろうか?」
「……えっ…十分の…一ぐらい…かな」
怖いくらいの真剣な瞳に負けて、つい答えてしまったが、実は照れくささが出てしまって、本来の数値より低めに言ってしまった。
これほどよくしてくれて、あの数値だ、怒っているかもとソロリと上目遣いで盗み見ると、煉は整った顔立ちを崩して満面の笑みを浮かべていた。
「10%も占めているのか。それはよかった!気分がいいぞ。他に行きたいところはあるか?どこでも付き合うぜ」
「……え~と、この近くに占いショップがあるって聞いたんだ。そこに行ってみたいかも」
彼にとって10%は、考えていた以上の数値だったらしく、僕の肩を抱き、嬉しさを全身で表わしていた。
数字で表すなんて考えたことがないから、これが妥当なのかどうか比べようがない。煉が喜んでいるのだから悪い数字じゃないんだろうけど。今はそれでいいとして、彼はそれ以上の占拠率を望んでいるんだと、片隅で小さなベルが鳴る。
そのベルの意味は一体何なのか分からないが、良い方向じゃないのは何となく分かった。
でも、煉の行動や言動は時折、僕をドキリとさせられて、その時だけは煉のことで頭がいっぱいになるのって男同士でおかしいよね。
できれば、あまり心臓に悪いことはしないでほしいんだけど。
それを喜んでいる煉には言えず、僕がセーブするしかないんだ。と気を引き締めた。
どこでもいいから口にした店、占いショップは表通りには見つからず、表通りにないのなら反対側にあるのかもと僕たちは脇道に入る。
「クラスの女の子が僕の記憶のことを気にしてくれてね。なんでも、願いをかなえてくれるグッズがよく効くんだって。近くに寄ったら行ってみてと言っていたけど、どこなんだろう。この近くのはずなんだけど…」
「明日は休みなんだから、急ぐ必要はないさ。こうして歩くだけでも楽しいぜ」
だから、恋する男子みたいに、はにかみながらそんなことは言わないでよ。気を引き締めたいのに出来なくなるじゃない。照れそうになる頬を抑え、脇道に入ったとき、何処からか微かな悲鳴が耳に入ってきた。
「…え?」
「どうした?」
辺りを見渡すけどこの脇道には僕達しかいない、とはいえ、日も落ちているので暗くて先まで見通せないんだけど。悲鳴のように聞こえた音も、小さすぎて本当に悲鳴だったのかどうか自信はない。でも、とても気になる。
「今、何か聞こえなかった?」
「どんな、音だ?」
耳を澄ますと、離れたところで走りかう車の音に、どこかでかけている店の音楽、ありきたりの町の音。確かに不釣り合いな音が聞こえたはずなんだけど、脳裏に刻まれた先ほどの音源を探し始める。
「確か―――こっちから」
「おい!」
さらに脇道に入ると、そこは建物と建物の間の細い空間。電灯は付いているものの、ここまで暗闇が支配していると豆球をつけているのと同じくらいの光源しかない。暗い通りだった。
その先に二つの影が重なり合うように、壁にもたれかかっている。壁側の影は女性で、重なるように覆っている影が男性だ。
「…あ、…」
こ、これは、見てはいけないものだったのでは。
「れ、煉、ごめん。僕の勘違い」
切羽詰った悲鳴のように聞こえたあの音は、まったく違った意味だったようだ。恥ずかしい。
煉の服のすそを引っ張り、咄嗟に引き返そうとしたんだが、
「…違う!雫、あれはそんなんじゃない。通り魔だ!」
僕を見えないように脇に押し込んで、そう言って通り魔へと突進していった。
「え?煉!!」
通り魔って刃物を持っているんだよ。ちょっと!と迷っているうちに煉はどんどん先へと進んでいく。一瞬だけ躊躇したが、僕も後を追う。
通り魔も駆け寄ってくる存在に気づき、襲っていた人を煉に向けて突き飛ばした後、反対へと走り去る。
突き飛ばされよろめいた人を受け止めた煉だったが、
「くそっ!待ちやがれ!」
その人よりも通り魔を追うこと意思表示した途端、襲われていた人にガシッと抱きしめられ、動けなくなった。
「離せっ!あいつを捕まえないと、こんなチャンスは滅多にないんだ」
「嫌、傍にいて!」
襲われていた人はやはり女の人だったらしく、震えながら煉にすがりついた。
余ほど怖かったのだろう。
煉の意識は逃げた通り魔を追っているから、うまく引き離せないようで突き飛ばす形でようやく離れたころ、通り魔の姿は跡形もなく消えうせていた。
いくら通り魔を捕まえるチャンスとはいえ、女性に対して煉は荒っぽすぎるよと、走り去ってしまった錬を睨みながら、僕は座り込む女の人を支えてやる。
「あ、君は…」
通り魔に襲われたその人は僕の知っている人だった。




