13 待機
「くそっ、逃げられた」
路地を抜け、辺りを見渡してきた煉が息を切らし汗をぬぐいながら、そして毒づきながら帰ってくる。
「あいつさえ捕まえていれば、俺達はもっと気楽に外に出ることが出きるっていうのに。俺はともかく、雫を外に連れ出すには親父さんの許可が必要だからな~」
「……」
え~と…それって…市民一般の被害と恐怖を考えての行動じゃなくて、通り魔を捕まえる目的がお父さんの許可が簡単に下りる為の個人的なこと…?
突き詰めれば、誰しも自分たちの安全の為に通り魔はつかまって欲しいと思っているだろうけど、煉の動機が、僕が基準なのが嬉しいと感じればいいのか、困惑すればいいのか、レベルが高すぎてどう反応したらいいのか困る!
そういうことは好きな人に言ってあげて欲しい!
「雫、一人にしてすまなかった。大丈夫だったか?」
あれを素で言ってしまえる煉ってかなりのタラシなんじゃないの!?そりゃ、クラスの大半の女子が煉に落ちると言うものあろう。
もしかして、恋愛絡みのいざこざに巻き込まれるのが嫌で、以前の僕は煉との関係を秘密にしていたんじゃないだろうかと思ってしまう。
「雫?」
「…僕は全然、何もしてないから、なんともないよ。それよりこの人」
ついうっかりと自分の世界に入ってしまって、心配している煉に返事をするのを忘れていた。そして、通り魔の被害者であるこの人のことも。
「ああ、忘れていた。君大丈夫か?」
「……ひどい」
うなだれていた彼女が呟いた。うん、確かに酷いよね。ごめんなさい。
「先輩ひどい!私を突き飛ばしておいて、スゴく怖かったのに!」
ひどいは僕達にじゃなくて、煉一人に対して掛かる言葉だったようだ。僕はスルーなんですね。はい。
だけど、見たところ大した怪我はないようで、ひとまず安堵する。髪の毛も乱れているものの、切られた様子はないし、未然に防げたようで本当によかった。
「悪かった。通り魔の目撃者がいないからと、焦っていて…って先輩?俺のことを先輩って呼ぶって事は…」
「気づくのが遅いよ。煉。この子は僕と同じクラスの飯田香織さん」
そう、通り魔に襲われていたのは、教室を飛び出した飯田香織さんだった。
「飯田さん、見たところ怪我も髪の毛も無事のようだけど、とこか痛いところとかない?」
「……」
「どうなんだ?」
「…あいつには何もされていないけど、倒れた拍子に足をくじいたみたい」
靴下を履いているから、腫れているかどうか見た目では分からない。が、飯田はそっと左足に手を添えている。
「立てる?」
「……」
支えている肩を振り払うことはないが、僕の質問には答えたくないようだ。完全に嫌われているな~。
「あ~俺が突き飛ばしたからか、すまん」
「先輩、手を貸して」
僕でも立ち上がらせることは出来るけれど、彼女に嫌われているのだから、余計なことはしない方がいいだろうと、煉に任せることにする。
「また、通り魔が来たらどうしよう。この足じゃ逃げられないわ。それに、怪我したのは先輩の所為なんだから、家まで送ってくれる?」
しなだれるように煉の腕にすがりつく彼女は、足をかばっているというよりも、女らしさを前面に出しているかのよう。
飯田さんは去年ミスコンの準優勝を取っただけあって、とても美人な顔立ちをしている。背中まで届く髪の毛は流れるようなカーブを描き、ハーフアップしていてお嬢様といった感じを演出している。体型も出るところは出て、引っ込むべきところは見事に引っ込んでいる、17歳にして見事な体だろう。
そんな女性から、しな垂れ、腕を絡められると、どんな男性もイチコロのはずなのに。
「俺のせいなんだし、仕方ないよな。それに君には聞きたいことがあるし…雫、悪いけど付き合ってくれるか?」
「…え?」
煉は、この後の予定をキャンセルして彼女を送るのに付き合ってほしいと言っているのだろうけど、僕が一緒に行ったら邪魔なんじゃないの!?ほら、飯田さんは煉の腕に頬を寄せながら、こちらを睨んでいるって。
人の恋路をじゃなするほど僕は無粋じゃないつもりだよ。
「僕は…飯田さんには悪いけど疲れたから、このまま帰らせてもらうよ」
「嘘だろう!雫を一人になんてできるわけない。なら…」
「先輩、私を一人にするつもり?ひどいわ」
僕が彼女の希望通りの返事を出したこに、ニンマリと微笑んだのは煉は知らないだろう。一瞬のことだったし。
だけど、彼女の喜びも束の間、煉が僕を選ぶ言葉を発そうとすると、慌てた飯田さんは涙目になる。
そこまで彼女は、煉のことが好きなんだ。
大学と高校と離れていても、教室まで迎えに着てくれる煉に声をかけるチャンスはあるものの、僕がいつも煉にくっついているから煉と接することが出来ずにいる…僕は何時も一緒にいるのだから、こういう時は遠慮するのが筋。何しろ飯田さんは怖い目にあった後なのだから。
「大丈夫だよ。家に連絡して迎えに来てもらうから。多分、緑川さんがまだ家にいるはずだし、煉は彼女を家に送ってやって」
「だがっ――!」
「心配性だな。緑川さんが来るまで表通りから動かないよ。夜とはいえ、あんなに人が多ければ通り魔も襲ってこないだろうし、迎えが来るまで30分程でしょう?大丈夫だよ」
「…本当に大人しく表通りで待っているんだな」
「子供じゃないんだから、変な人には付いていかないって」
表通りまで三人で歩いていったが、足を怪我しているのなら、早く手当てが必要だからと煉の背中を押して二人を見送ると、直ぐに家に連絡を入れ、何の店か分からないが、その壁にもたれかかり僕は大きなため息をついた。
ニンマリと微笑んだ彼女……あの子が煉に相応しいかどうかは僕に判断出来ない。
しかし、煉は本当にカッコいいし、性格も悪くない。それどころか面倒見がよく男気があり、いい方だろう。ちょっと、過保護なところがあるが。周りが放っておかないほど、煉はモテるはず。
それが、僕の存在で煉を孤立させてしまう。僕に記憶がなくて頼りないから、幼馴染と言うだけで煉を縛り付けている。正直こんな僕が嫌だった。僕の面倒ばかり見ていないで、煉は煉らしく自由でいていいのに。という理由から付いていくのを断ったのが大きい。
ぼうっと人が流れるのを見ていると、小学生ぐらいの男の子が僕に声をかけてきた。
「あの、お兄ちゃん?この辺りに赤い帽子落ちていなかった?」
お兄ちゃんの後にクエスチョンは必要ないと思いつつも、男の子の問いかけに答えてやる。
「いいや、見なかったよ。君の帽子?」
「うん、お母さんが買ってくれて、すっごく気に入っていた。でも、遊んでいる時に落としたみたい」
小学生低学年らしい子供は、無くしてしまったらお母さんに怒られると、すっごく困惑している様子だった。この年ぐらいだと、帽子が落ちても気づかないぐらい集中して遊ぶ。気づいた時は帽子がなくなっていて、何処で落としたか分からなくなったのだろう。
「公園で落としたのかな?嫌だな、あそこは行きたくないや」
思いついた場所はもう探したようで、残りは公園だけのようだ。ここにはないというのに、最後の心当たりに行こうとしない子供に、
「公園には行きたくないの?」
と、声をかけてやると、頭を大きく頷いた。
「だって、暗いんだもの。それにこの時間は人がいないし」
「そうだね、僕も付いて行ってあげようか?」
子供が外出していい時間は当に過ぎている。親も心配しているだろうし、早く見つけて返してやらなきゃと、子供の手をとって公園に向かう。
待ち合わせまで十分あるし、遅れるようなら携帯で連絡すればいいか。
「近いんだけど…お兄ちゃん、有難う」
余程嬉しかったのか、僕の手を引いて案内してくれる。男の子が言った通り公園はすぐ近くにあり、帽子も誰かが置いてくれたのだろう、ベンチに置いてあった。良かった直ぐに見つかって、
「これでお母さんに怒られないや」
「よかったね。ところで家はこの近く?」
「そうだよ。公園を抜けて真っ直ぐいったところ」
「暗くなっているから、送って行くよ」
男の子に笑顔が戻った。
公園を抜けた道には街灯がついているとはいえ、人が殆ど通っていない。普段ならこんなに明るい通りは、それ程危険ではないかもしれないが、さっきのこともある。男の子を家の近くまで送ってやることにした。
「あそこが僕の家。本当に有難う」
「どういたしまして」
男の子が家の中に入るのを見届けて、きた道を引き返す。公園に入ったとき二人で話しながら通った時は何も感じなかったのに、人気のなさに不気味さを感じ自然と早足になる。
街の真ん中にある公園の割に広い敷地、その中間ぐらいまで通り抜けた時、生ぬるい風が吹いた。
「見つけたぞ。白石雫」




