10 動向
自分が口に出していたことも無意識だったために、返事が返ってくること自体にも驚きだったが、内容にさらに驚かされる。
「はいっ!?」
髪の毛を食べるだって!?真君、一体君は何を言い出すの?
「髪の毛には霊力がたまるということを聞いたことはありませんか?」
聞き返した声が大きかったのか、それとも余りに驚いたから持っていた衣装を落とし、これでもかというぐらいに目を開いているのを見たためか、真はこの場にそぐわないことを口にした失言に苦笑いだ。それでも音として出してしまった以上、説明をしてくれた。
「髪の毛が長ければ長いほど霊力が高まる…というのは信じられませんが、人の霊力は、その人のどこにでも宿っていると思いますよ。爪先にも血液にも。通り魔は霊力欲しさに切りやすい髪を選んだと僕は思います」
「――だけど、人の霊力?…が欲しいからと言って、髪の毛で集まるものなのかな?」
「切り取られた直後は、暫く宿っていると思われます。だから昔の人は髪を依代に、人形に入れて呪詛していたのでしょう。霊力も指紋と同じで千差万別、まして髪にはDNAまで組み込まれているんですから、特定の人を狙うにはうってつけ。それを避けるために、霊力の高い僧侶は坊主になったのだと考えられますね。そして、高貴な人も同じく取られまいとして固く結っていた。あ、これは、あくまで僕の考えです。そこで先輩の質問の答えですが、僕は可だと思います」
へぇ、真君って博識なんだな。其処から導き出した彼の推理にも驚かされ、まるで、それが本当のことのように受け止められる。
表情がコロコロ変わって可愛らしい真が、長年生きた仙人のように理知的で、まるで別人に見えた。
少し離れた場所で雅也も素知らぬふりして聞き耳をたてているのが、動きが遅くなっていることから分る。
真の話は現実からかけ離れ、オカルトチックで…でも、僕たちを引き付ける何かを持っているかのようだ。
「通り魔がただの変質者で、髪を集めて満足している輩、もしくは人形を…本来の人形と言う意味で、それを作ろうとして髪を集めているのかもしれませんが、可能性としては低いでしょう。それだけならば、理容店などのごみ箱をあさればいいだけですから。性的なら、好みの人を狙うはずですが、この通り魔は年齢、性別を問わずに襲っています。無差別を装っているかのように見えますが、ちゃんと目的があると考えた方がいいでしょう。でなければ、危険を冒して髪を取ろうとはしないはずですよ。やはりオカルトに狂った輩で呪術に用いると考えられます」
「ま、真君?」
「その内、髪で満足しなくなり怪我人も増えるかもしれません」
僕を見て話しているようで、遠くを…というより、自分の考えをまとめているように語る真に、危機感を感じて呼びかける。
「真君、まさか自らの手で通り魔を捕まえようとしている?」
僕も通り魔が髪の毛に固執している理由が気になって仕方がなかったけれど、真みたいに分析したりしなかった。
ここまで淀みなくすらすらと言葉が出てくるってことは、それだけ通り魔のことを気にかけているってことで、もしかして「自分で捕まえようとしている?」という結論に達したのだ。
だけど、真は、
「まさか、そんな危険なことはしませんよ」
にっこりとほほ笑んであっさり否定してくれて、僕はほっとする。
「よかった。だけどオカルト系に詳しいんだね」
「そうですか?普通じゃないでしょうか?安倍晴明とか人気あるから、僕よりも女子の方がもっと詳しいと思いますよ。ただ通り魔と結びつかないだけでしょう」
僕は一歩引いて客観的に考えただけで想像にすぎません。と、微笑みを絶やさない真君だが、それが返って謎めいた微笑みに見えた。
う~ん、真君って未知数で不思議な子。明るく笑みを絶やさないけれど、変わったものに知識が深く、それを語っているときは、深い湖の底のような瞳で全てを見通しているかのよう。
「先輩」
まじまじと観察していた対象者から呼ばれて、ドキンと心臓が跳ねる。
「はい?」
「先輩も通り魔には気を付けてくださいね」
「…だけど僕は幽霊なんて見えないよ」
「あははは、あれは僕の想像の一環ですってば。それに霊力は幽霊がどうこうだけじゃないんですから」
「え?」
最後の方が声が小さくて聞き取れなかった。
「僕の考えはただの予想であって、通り魔はただの変質者かもしれないんですから、気を付けてください」
「うん、分っているよ。有難う」
真君に注意されて、もしかしたら僕は狙われるんじゃないのかと思ってしまった。
彼の瞳には未来が見えているのかも――なんて、あるわけないのに。
雅也がゆっくりと手招きをするから、そっちに行くと、僕の衣装がそろったようで、真に別れを言い、委員長の元へと行く。
そんな僕の背中を真が見つめ、『あなたは僕の大切な唯一の人なのですから…たかが通り魔なんかに譲れません』と呟いていたのを僕は知らない。
雅也が選んだ衣装は委員長から一発オッケーをもらい、喫茶店で着る衣装も見つかり、大喜びで戻ったその放課後は、喫茶店のメニューの調理実習が残っていた。
僕達のクラスは家庭科室を借り、やる気満々なクラスメイトは全員残って奮闘していた。
女の子はある程度なれているみたいだけれど、男は包丁に慣れているとは言えないので、悪戦苦闘中である。
「うお~~っ!あぶねぇ!手を切るところだったぜ!」
「こっちに包丁を向けるなよ、バカ」
調理台の上に各々持ち寄った野菜を並べ、片っぱしから切っていく男たち。
「本当にばかね、人参やジャガイモは包丁を使わなくてもピーラーで皮をむけばいいのよ」
一つ一つに馬鹿騒ぎしている男子に、女子はあきれ顔だ。たかが皮むきだけでお祭り騒ぎ、したがって、調理台はもとより床にまで皮が散乱している始末。こんなことで、今日一日でカレーが完成するのだろうか?と僕は心の中で苦笑する。
「あら、白石君は上手ね」
馬鹿騒ぎしている男子の後片付けをしていた一人の女子が、僕の手元を見て褒めた。
「多分、父一人子一人だったから、自然と身に付いたんじゃないかな?」
記憶がないから僕が料理をしていたのかは定かではないが、体が覚えているということは多少なりともしていたのだろう。
「一人でもまともに料理できる人がいるのは助かるわ~」
と、男子が散らかした物を片付けながら、彼らの手元を見ていた女子がしみじみ言う。そんなに酷いのかな?落ち着いてやれば大丈夫だと思うんだけど、と思った矢先、近くで、
「見よ!この包丁さばき!」
と、言って一人の男子がまな板に玉ねぎを乗せ、手を添えずに片手で乱雑に切っていく。
「あたたたたたたっ!」
「あはははは、お前やっぱり馬鹿だぁ!」
何をしたかったのか、玉ねぎは無残に切り刻まれ、形はバラバラでみじん切りにすらなっていない。
「「「……」」」
女子は心底あきれ顔で、「ね?」と僕振るけれど、僕は何も答えられなかった。
うん、確かに酷い。あれじゃ、食べ物がかわいそうだ。捨ててしまうのはもったいないから、後でみじん切りに切りなおそう。
そんなちょっとしたことに気を取られてしまって、後ろから人が来たことに気付かず、
「あ、ごめんなさい」
背後からの軽い衝突を浴びる。それは注意力が散漫していた為に起こった小さな出来事なのだが、後に大きな事件へと発展することになる切っ掛けだった。
「痛っ!!」
衝突事態は軽く接触した程度で大したことはないのだが、衝撃が行った場所が悪く、持っていた包丁で左手を突いてしまったのだ。
咄嗟に落してしまった包丁とジャガイモの音で周りがざわめいた。
「どうしたの?切った?」
委員長が駆け寄ってきて、押さえていた左手の傷を見ようと僕の手を引いた…はずが、僕の手は勝手に方向転換する。
「はへ?」
「え…?」
僕も委員長も、そこに手があったのに…と間抜けな声を上げ、その傍らで、
「結構、切れてる」
いつの間に来たのか、雅也が僕の手を取って傷を覗き込んでいた。
「―――っ!?」
と、思いきや、人差指の付け根の傷に雅也が唇を近付けたのだ。雅也がとった行動の先を瞬時に理解して慌てて手を引く。
「うわ~~っ!何するんだよっ」
「何って消毒…?」
「そこでなぜ疑問形?」
「だって、怪我をすると舐めて消毒するんだよな?」
「……」
ええと、…天然?これはキチンと説明しなきゃいけないのかな?と思案していると、真後ろで僕と違う悲鳴をあげる者がいた。
「きゃっ!!」
何だろうと後ろを振り返ると、女の子が服を掴んで声を上げている。
「どうしたの?」
近くにいた別の女の子が、その子に聞くと、
「血が、飛んできた血が服に付いたわ!」
「あ…」
僕は直ぐに理解した。雅也に舐められようとしたとき、手を大きく振り上げたから、その時、血が飛び散ったのだろう。
「…あ、ごめん」
本当にすまないという気持ちで謝ったけれど、女の子は許してくれず、きつい顔で睨み返してきた。
「どうしてくれるのよ。血なんて気持ち悪いわっ!」
「ごめん。早く洗って」
すぐに洗い落せばシミにならないだろう、と彼女の服に手を伸ばそうとしたら、パシンとはたかれた。
「女の子の体に触れようなんて、なんて人なの!それに、この場で服なんて脱げるわけないでしょう!非常識ね!」
かなり怒った様子で友達と教室を出て行き、賑やかだった教室はシンと静まり返り、僕は申し訳なさから小さくなる。
「しぃ、傷の手当」
そんな中、雅也だけはいたってマイペースで、今度は口に入れることなく水道の水で傷口を洗ってくれた。
「あの女、凄いな。しぃにぶつかって怪我させておいて、服が汚れたぐらいで騒ぐって、あれが女ってやつか?」
「いや、それは違うと思うけど…」
「白石君、ごめんなさい。彼女、飯田さんはちょっと最近機嫌が悪くてイライラしているのよ」
雅也の行動で一番先に彼女の毒々しい呪縛から溶けた委員長は、絆創膏を僕に渡す。
「どうして委員長が謝るの?」
「彼女の機嫌が悪いのは、私たちの所為だから」
「……?」
何のことか分からない僕に、ため息をひとつついた後、委員長は説明してくれる。
「彼女、去年のミスコンの準優勝者だから、今年もクラス代表に選らばれると思ったのに、今年は白石君をクラス全員で選んだでしょ。だからよ」
「だから、しぃをわざと狙った?」
「そ、それは流石に違うでしょう。いくら彼女でも怪我までさせるはずはないわよ」
雅也の機嫌の悪い視線を受け、委員長はタジタジしながらも受け答えするのは責任感からだろう。
他のクラスメイトは僕の怪我を心配そうな顔色を浮かべていても、やはり雅也が近くにいるために、誰ひとりとよって来る者はいなかった。




