09 探し物
見つめられていたのは一瞬だったのか、数十秒だったのか、張りつめた空気を破ったのは、あどけない純粋な声だった。
「先輩!先輩も衣装探しだったんですか?奇遇ですね。って、もしかしてお話の邪魔をしましたか?」
強張った首をゆっくりと向けると、そこにいたのは病院に見舞いに来てくれた一人、一番年下だった少年だ。
「あ、君は……」
「黒崎真です」
改めて自己紹介をしてくれた黒崎君は、僕とそれ程変わらない身長であり、一つ下の後輩で、栗色のくせ毛が特徴の可愛らしい印象の少年。今は幼さが残っているが、数年たてば美形になるだろうと予測させる甘いマスクをしている。
「この間はお見舞いありがとう。黒崎君もこの学校だったんだね」
病室で会った他のメンバーとは、お礼をキチンといえていたんだけど、黒崎君とはあれから出会うことがなくて、言えずじまいだったのだが、同じ学校で一つ下だとは吃驚だ。先輩と呼ばれていたことを考えると当たり前だったのに、考えが至らなかったなんて恥ずかしいことだ。
会いにいくこともせず、申し訳なく思っていると、黒崎君がクスリと微笑んだ。
「真でいいですよ。以前もそう呼んでくれていたので、どうぞ、名前で」
「そ、そう?」
天使の微笑ってこういうことを言うんだろうなぁと見惚れつつ、先ほどの緊張は彼の登場によって破られ、流れは真に譲られた。緊張の元である雅也はどうなったのだろう?と恐る恐る振り返ったが、雅也は興味がなくなったように衣装に目を配らせていた。
圧迫されるような刺のなくなった雅也の様子に、ホッと緊張しきった肩を下ろす。
雅也を蔑ろにするつもりはないが、あの危うげな雰囲気に当てられるのは、ちょっと…ということで、真君で口直しさせてもらうことにした。
「真君も衣装探し?」
「そうです。僕のクラスは演劇をしますから、その衣装探しに来ました。ちなみに演目はオリジナルのホームズです」
「へぇ、面白そうだね」
「ぜひ、見に来てください!」
時間に都合がつけば見に行く約束をして、雑談をしながら一緒に衣装を探して回った。
「へぇ、先輩のところは仮装喫茶店なんですね。それも楽しそうですね」
真君は僕より年下なのだが、横に並ぶと僕のほうが若干小さい。年上としては情けないけれど、彼はクルクル表情が変わるから、劣等感はあまり気にならなかった。
僕より少し大きいのに、かまってあげたくなるような愛嬌がある。色白で瞳が少し大きく、愛らしい唇に柔らかな髪。くるくる変わる表情も含めて、こういう子が美少年というのだろう。多分、女の子に人気があるのではないだろか?
「真君も劇に出るの?」
「はい、重要な役です。だけど、配役はいいませんよ。楽しみが減りますから」
悪戯っぽく笑みを浮かべる様は、本当に愛らしい。
この子と話をしていると、ほわ~として癒される感がある。
先ほどの雅也とは正反対だと比べてしまうのは、やっぱりあの時の親友が別人に思えて怖かったのかもしれない。
「お~い、しぃ、いいのを見つけたぞ」
つかず離れずに衣装を探していた雅也が声をあげたのを聞いて、微かに肩を揺らしたのは仕方ないことだろう。だけど、そんな態度をとってしまった自分が親友を裏切った感を拭えず、気持ちを無理やり切り替えて雅也の元へと向かう。
あんなことがあった後だから、真面目に衣装を探していたことに少なからず吃驚したけれど、僕のために探してくれていたのだから呼ばれたら行くしかないだろう。
ちょっと、まだ怖い気がするけど、真君もいるから大丈夫。多分…
だけど、僕の心配は無用の物だった。
「……って、いいものってコレ?」
雅也が持っていたものは白い着物のようなもの。袴までも白。
「あの…それはちょっと地味すぎないかな?というか、死に装束?」
「違いますよ。先輩、一見そう見えますが、巫女さんの衣装に似ています」
真君が言うように、よく見ると着物の丈が短く、そのまま着れば腰より少し下ぐらいだろう。普通は着物を袴の中に入れてしまうのだが、これは外に出すみたいだ。
「創作で作ったものなんじゃないか。よく分らないけど、しぃに似合いそうだろう?」
「そ、そう?」
「このままじゃ、飾り気がないから、そうだな…袖のところにぐるりと下まで、青…いや、赤の紐を通して、余ったひもに何かくくりつければ少しは派手になるんじゃないのか?」
綺麗なことに無頓着の雅也から、具体的な案がでることにまた驚かされる。
でも感情がなく飄々としているのは本当にいつもの雅也だ。正確にはいつもの…とは言い難いほど饒舌なんだけど。
「くくりつけるのは錫なんてどう?歩くたびに揺れて鳴るのは人目を引いていいかもしれない」
「―――――鈴よりも花のほうがいいですよ。その方が華やかです」
花がいいと言った真君の声がなんだか固いのは気のせいかな?もしかして衣装の保管の為に所々に置いてある薬品に酔ったのかな?
「真君、気分でも悪い?」
「え?いえ、別に」
だったらいいんだけど、雅也の持っている衣装を凝視している真君の表情も硬いけど、本当に大丈夫かな?後で保健室に行ったほうがいいよと忠告している横で、雅也はそんなことはお構いなしでマイペースに進めている。
「ふむ、花もいいな。帯の色も紐と同じがいいだろう。後は……衣装が決まっても、その頭じゃなぁ、面白くない。鬘をつけよう」
「ま、雅也、い、いったいどうしたの。急にやる気になって」
何時ものやる気のなさは何処にいったのやら、今日は色んな雅也が見られる日だなぁ。
鬘ばかりが並んでいる棚に一直線に向かう雅也は、迷いというものを感じられない。それは衣装もしかり。沢山ある中から、あれを選んで具体的な案を出してくるなんて、もしかして何かをモデルにしているのかな?例えばアニメのキャラクターだとか、雑誌に載っていた衣装に近かったとか?
「僕はどんな衣装でもかまわないけど、これを選んだ理由ってある?」
これがもし、アニメのキャラクターだとすると、コスプレになってしまうんだけど、僕がそんな恰好をして、イメージを崩されたと批判を受けるのは嫌だなぁ。って、言う考えで聞いたんだけど、雅也は自分でも不思議そうに首をかしげる。
「さぁ、なんとなくだけど、なんだろう?強いて言うならば、探しているものに近いような…?」
言っていて本人も漠然としてよく分かっていないみたい。雅也の探しているものって『綺麗なもの』だったよね?それって着物だったのかな?
さっきまでの恐れもなんのその、親友の探しているものの手掛かりが見つかって素直に嬉しくて、笑顔と一緒に雅也の肩を叩くと、形の良い眉をほんの少し寄せた。
「………しぃはやっぱり、変な奴だ」
「こらーっ!なんだその言い草は!一緒に喜ぶところだろう!」
「喜ぶのはまだ早い。…じゃなくて、他の人ならすでに僕のそばに来なくなっているのに―――」
感情のあまり出ない表情で、ふいと目をそらして淡々とつぶやく。それが返って寂しそうに見えた。
ああ、先ほどのことを雅也も気にしていたんだ。
雅也の豹変ぶりに一度でも怖いと思った僕は、慰める言葉も励ます言葉も思い浮かぶものはなく、思いっきりもう一度、雅也の背中をたたくことしかできなかった。
「ほら、行こう。服を選んだのは雅也なんだから、鬘も…そうだ!装飾品も雅也が選んでよ!」
「……」
珍しく目を丸くしている雅也を抜いて目的地へと着く。といってもそれほどの距離じゃないんだけど。
すでに真は鬘の棚の前にきて、物色していた。彼も自分の用事でここにきているはずなのに、僕の衣装を探す手伝いをしてくれている。
これはもしかしなくても、僕は二人に遊ばれている?
楽しいから、ま、いっけどね。
それにしても、鬘ばかり並んでいるのは、気持ちいいとは言い難かった。いや、正直…さらし首もどきに見えて怖い。
「全部偽物だよね?それでもなんだか本物の髪の毛みたいで気持ち悪い」
色とりどりの鬘は金髪から銀髪、黒髪、長さがまちまちのがずらりと、一面を占めているのだ。それを見ているとブルリと嫌な悪寒がする。
「偽物ですよ。本物があったら問題でしょう」
生きている人の頭部に生えている髪には悪感情は湧かないのに、理容店に落ちている大量の髪を見ても気持ち悪い。
どうして頭部から離れた物は気持ち悪く感じるのだろう?
昔の人は鬘を作る為に髪を集め、鬘を作っていたらしいけど、僕は例え自分のためとはいえ自分から集めようなんて思わない。
そこで、ふと、通り魔のことが頭によぎった。
「通り魔って髪の毛を集めてどうするんだろう・・・」
ずっと、引っかかって気になっていた事柄だけに、知らず知らず考えていたことを口に出していた。
「多分、それは食べるためでしょう」




