第9話 身体の上を駆け回る
段ボール箱の聖域の対面は無法地帯なのか。またしてもハムが齧っていた。幸いなことに貫通はしていなかった。
居心地のいい寝床の拡張の意図があったらしい。丸く開けられた凹みに横向きで身体をめり込ませる。その見た目から毛深いカブトムシの幼虫という表現がぴったり合う。
ここで思案する。新たなカマボコ板を投入して穴を塞ぐ手段に出るのか。住環境の改善と捉え、その行動を受け入れるのか。判断に迷うところだ。
ようはこれ以上、齧らなければいい。ネズミの前歯は一生、伸び続けるので削る為に硬い物を齧る。理屈はわかるが段ボール箱に穴を開ける行為は無視できない。
そこで思い付いた。庭に出て柿の木へ急いで向かう。下草に覆われた根元辺りを手で掻き分けるようにして探すと枯れ枝が見つかった。小指くらいの太さで長さは二十センチくらいだろうか。
持ち帰った俺は十センチ程の長さに切った。横たわるハムの身体に触れないように斜めに立て掛けた。
瞬間、目覚めたハムは前脚で弾き飛ばす。齧る素振りも見せない。
その枯れ枝を指で摘まみ、ハムの顔に近いところへ無造作に置いた。今度は敷き詰められた紙と一緒に蹴散らす。
用途がわからないのだろうか。今度は枯れ枝の先端をハムの口に近づけてみる。前脚で叩き落そうとするので横向きにした。その段階になってようやくこちらの意図に気付いて噛み付いた。俺の小指の側面に。
鋭い痛みに思わず、枯れ枝を落としてしまった。血は出ていないが少し赤くなっていた。小さくても侮れない 咬合力である。
このような塩対応をされると、忘れていた記憶が蘇ってくる。どこで目にしたのか。就学前と思われる女の子がハムスターを掌に乗せていた。愛くるしい笑顔なので噛まれてはいないのだろう。
どのような経緯で、そこまで打ち解けるようになるのだろうか。ハムは後脚で立ち、揺れる上体でこちらを見ていた。威嚇しているようにも思える。
軽い溜め息を吐いて枯れ枝を回収しようと手を伸ばす。いきなりハムが走り出した。俺の右手の甲に飛び乗り、ドテラのぶかぶかの袖の中に入り込んだ。そのまま駆け上がるので慌てて上体を逸らす。
飛び出したハムが傾斜した胸の上を走り、再びドテラの中に突っ込んだ。左腕を駆け下りるので左手の甲と右手の掌を重ねて橋を作った。その上を走り、またドテラの袖へ突入した。
三周で飽きたのか。速度が落ちたところを掴み、段ボール箱の中へ戻した。
俺の想像した手乗りの姿とはかなり違う。それでも少しはハムと仲良くなれたような気がした。




