第70話 手乗りへの道
今日の早朝、ハムの餌を補充した。やや盛った状態なので足りなくなることはないだろう。
その考えを正午には易々と覆す。見ると餌がかなり無くなっていた。中央が陥没している。その周囲には嫌いな餌がバラバラと零れていた。
好き嫌いの多いヤツだ。
そうは思うが入れても出される運命なので零した餌は無視して、容器にミックスを継ぎ足すことにした。近くでハムが寝ていることもあって音を立てないで済ませようとした。ことは上手く運ばず、途中で目を覚ました。
おい、餌がないぞ。噛んでやろうか。
円らな瞳で見上げて威嚇する。ケージの壁を前脚で引っ掻き、半狂乱を演じる。俺は宥めるように、ちょっと待て、と声を掛けた。半ば愚痴である。
それでも態度を改めない。ケージを飛び出し、段ボールハウス内を駆け回る。八つ当たりをするかのように角を齧り始めた。
餌の補充は簡単には終わらない。おが屑を押し込んでいるのでそれを指で取り除く。ヒマワリの殻も出し、すっきりしたところで餌を継ぎ足す。
その事情を知らないハムなので興奮が収まらない。仕方がないのでヒマワリの種を一つ摘まみ、差し出そうとしてやめた。掌の上に置いて手乗りを試みる。一種の冒険である。噛まれた指先から滲む血の玉を想像して少し躊躇いつつ、ハムに手を差し出した。
勢いは急激に落ち、ハムは掌に前脚を掛けた。中央に置かれたヒマワリの種を見つめて近づく。素早く口に咥えると距離を取って食べ始めた。
できた時間を利用して不要なゴミを容器から取り除いた。綺麗になったところでミックスを継ぎ足す。
終わる前にハムが再び暴れ出す。また掌にヒマワリの種を置き、そっと差し出した。先程と同じように用心しながらも種を咥え、離れたところで食べる。
ようやく餌の補充が終わった。ケージの中に戻す前に『餌なし』でハムに掌を試してみた。今度も上手くいくと思いきや、指先を噛まれた。
調子に乗るな。
艶やかな黒目がそう語っているようだった。
噛まれた中指から血は出ていない。甘噛みと信じて遅い昼食を摂ることにした。




