第7話 いないんだけど
今日の朝食は俵型のおにぎりが五つ。具はチリメンジャコと鰹節、それと定番の梅干しは母親の手による自家製であった。
最後に飲み物がカップに注がれる。普通の家ならば緑茶になるのだろう。我が家では何を食べても締めは紅茶になる。母親はアールグレイとダージリンを好み、適当な配分で混ぜ合わせた。
「一杯で二度、美味しいわ~」
キャッチコピーのようなセリフを聞きながら俺は黙って飲み干した。混ぜ合わせた効果はさほど感じない。
朝食が終わると二階で執筆が始まる。雑音を遮断する目的でヘッドフォンを装着。商業PBWのリアクションの続きを書いていく。
開始から一時間を過ぎた頃、母親が部屋に飛び込んできた。驚いたような目で忙しない手振りを見せる。ヘッドフォンから聴こえるヘビーメタルの激しい曲に乗って阿波踊りに興じているようだった。
少し笑いそうになりながらヘッドフォンを外す。
「どうした?」
「ハムちゃんがいないの! どこにもいないの! お兄ちゃん、どうしよう」
「少し待て。あとで俺が確かめる」
老眼の母親に代わって俺が段ボール箱を漁ることになった。
一目でわかる。右端の奥の角が怪しい。紙がこんもりと盛られていた。頻繁に寝床に使っているので早々に手で崩した。そこにはいなかった。下の部分が少し削られていた。
他の箇所も入念に手で探る。母親がいうようにどこにもいない。
損傷の激しい左の角は一枚目を貫通しているようだった。外側から補強した厚紙は無事で穴のような物は見つからなかった。
その過程で別のところに目がいった。雑な合わせ方に問題があり、目測で二センチ程、浮いたような状態になっていた。この僅かな隙間から這い出すことは可能なのだろうか。
思いながらも座卓の下を見た。ハムの姿はなかった。襖の手前に折り畳まれた布団を持ち上げても発見には至らない。
近くで見守る母親が、どう? と不安そうな顔で訊いてきた。俺は首を横に振ると、静かに、と口にした。
通勤ラッシュを過ぎているので外からの排気音は皆無だ。珍しく鳥の囀りも聞こえて来ない。静けさの中に佇んでいると枯葉を踏むような乾いた音がした。
目は即座に仏壇へ向かう。壁の間にできた隙間に注目。辛抱強く見ているとハムが怖々と顔を出した。頭の上には綿埃が付いていた。
俺はひまわりの種を摘まみ、ハムに見せつけた。近づくと少し離す。隙間から全身が出たところで種を与えた。食べている最中にすかさず両手で掬い上げ、段ボール箱の中へ移した。
脱出経路となった隙間はガムテープで手早く塞いだ。ハムは素知らぬ顔で小刻みに口を動かし、餌の入った容器から種のおかわりをした。
側では母親が目を細めて、いい子だね~、と猫撫で声で言った。
愛らしい容姿で脱走するハムは油断がならない。変化に乏しい俺の日常にほんの少し、彩を添えた。




