第6話 ガリガリと齧る
執筆時に音楽は欠かせない。今日もコードレスのヘッドフォンを装着して周囲の音を完全に遮断する。耳で歌詞を拾えると集中力が途切れるので早口の洋楽を選ぶ。必然というのか。ヘビーメタルやラップが曲の大半を占めた。
以前は邦楽も聴いていた。歌詞が聞き取れるせいで能率が著しく落ちた。
「全然オッケー」のフレーズには耐性ができた。「一人で爆笑」の言い回しにはあまり慣れていない。現在でも意見が分かれていて爆笑は複数の時に使うという説が残っている。
喉が渇いたのでヘッドフォンを外す。汗で濡れた耳をティッシュで拭き取って一階へ下りた。
そのまま冷蔵庫に直行。扉を開けると目立つ位置に缶ビールが置かれていた。思わず、手に取りそうになるが堪え、スポーツドリンクで喉を潤した。
食卓に置かれた時計をちらりと見る。正午まで約一時間。腹が減った感覚が希薄なので二階へ戻ろうとした。
その足を引き留めるような異音が聞こえる。出所を調べるように歩き、一点を見据える。窓際に置かれた段ボール箱にそろそろと近付き、上からそっと覗き込んだ。
段ボール箱の左端の角をハムが齧っていた。ガリガリと音を立てて引っ張るような動きも見せる。細かく千切られた残骸の量は相当で、このまま放置すると穴を開けられるかもしれない。
俺は阻止に乗り出す。敷き詰めた紙の一部を手で掬ってハムに浴びせた。少量では効果がなく無視された。身体が埋まる量を掛けると即座に反応。前脚で掻き分けるようにして撥ね退けた。
俺の姿を見ると動きを止めた。艶やかな黒い瞳は怒りを含んでいるように思えた。その無言の見つめ合いは長く続かない。くるりと向きを変えると再び穴の拡張に精を出す。
「それ、やめろ」
やめるわけがない。俺は気付かれないようにハムに手を伸ばす。ちょんと背中に触れた。
ハムは跳ね飛び、仰向けの姿になった。このポーズにどのような意味が含まれているのだろうか。よくわからないが、つるんとした股間で雌と判明した。
五秒くらいで元に戻り、ハムは齧ることに専念した。
やれやれと思いながら俺は厚紙の切れ端を手にした。ハサミで適当な大きさに切る。できた角の部分は段ボール箱の外側に貼り付けて補強した。紙なので全幅の信頼を寄せることはできないが、一週間くらいは持ち堪えてくれるだろう。
三日後、その判断の甘さを知ることになる。




