↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/97

第5話 目玉とたこ焼き

 一本の奥歯のぐらつきで歯医者に通い始めた。連鎖するように次々と悪い箇所が見つかり、三月で三か月になるが終わりの目処(めど)は立っていない。通い慣れたこともあって帰りは電車を使わず、運動を兼ねて三駅分を歩いて帰るようにしていた。

 午前十時半、家に帰り着いた。途上の坂がそこそこの難所でウインドブレーカーを脱ぐとインナーのシャツは汗でぐっしょりと濡れていた。シャワーで全身の汗を洗い流し、上下のスウェットに着替えた。

 肉体的な疲労もあってすぐに執筆を始める気分になれない。持て余した時間でハムの様子を窺う。

 ケージにはいなかった。段ボール箱の四隅に目をやる。右端の奥の角に丸まった形で眠っていた。今日は三月と思えないくらいに暖かい。その気温の高さもあってハムの全身が見えていた。

 濃淡のあるグレイの背中を丸めて横たわる。腹部の毛の白さが際立つ。大玉の白いたこ焼きにグレイのソースを掛けたような見た目であった。想像すると口の中に唾(つば)が湧いてきた。たこ焼きプレートが家にないことが悔やまれる。

 ただ、その寝姿には違和感があった。持ち帰った頃の姿を思い出す。

 朧(おぼろ)げな記憶の中のハムはうつ伏せで丸まっていた。どのような表現が適切だろう。

 そう、白いバンカーに埋まった状態の薄汚れたゴルフボール。通称、目玉にそっくりだった。

 体形の変化で寝苦しくなり、楽な横向きに変わったのだろうか。

 ぼんやりと思いながら給水器をケージから手早く抜き取る。水の量が半分くらいまで減っていた。中身を浄水器の水と入れ替えて戻るとハムは目覚めていた。

 俺が立てる微かな音を耳が拾ったのか。何やら興奮した様子で見上げ、段ボール箱の壁の一部を前脚で搔き始めた。

 給水器を元のところに戻し、そっとハムに指を近づける。誘うように指先を動かすと飛び付いて噛まれた。甘噛みではなくて割と本気で。

 指先を見ると幸いなことに血は出ていなかった。日々、パソコンのキーを打ち続けているので皮膚に厚みがある。痛覚はしっかりあるので嬉しい行為ではないが。

 気を取り直して再び手を入れる。今度はハムから少し離れたところで徐々に近づける方法に変えた。なるべく恐怖心を与えず、優しい気持ちで接するように心掛ける。

 再び、噛まれた。最初と同じで血は出ていないが痛くないことはない。


 胸中で中指を立てた俺は、その怒りを原動力にして執筆に当たった。意外と捗(はかど)ったので少し機嫌が直ったことは言うまでもない。

 その日の晩酌のビールは、ほんの少し苦かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。