第58話 ハムより先に
このエッセイは夜明け前の午前三時半に書いている。一度は横になったが眠れない。
ハムは段ボールハウスの中で走り回っている。とても元気だ。拾ってきた母親は昨晩、風呂場で亡くなった。気付いた時には手遅れで心臓マッサージも人工呼吸も意味をなさなかった。
急いで救急車を呼んだが、車中でも母親の意識が戻ることはなかった。着いた病院で三十分くらい待った。その長さが一縷の望みとなった。
間もなくして担当医から母親が亡くなったことを告げられた。関係者と共に黙祷を捧げ、午後九時台に家へ帰ってきた。
地元の警察が来て経緯を訊かれた。正直に話した。ハムがリンゴの枝を齧る音がする。妙に心がふわふわして悲しさは麻痺していた。
その後、刑事が家に訪れ、再び説明を求められた。生前の母親の習慣や持病の有無をわかる範囲で話した。事件性の有無を調べているようで、それも仕方がないと麻痺した心で思った。
刑事が協力を感謝して帰ると静かな家に独りとなった。ハムが走っている。音のない灰色の世界に少しの色を添えた。今日は比較的、暖かいのでカイロは必要ないだろう。
段ボールハウスを上から眺める。昨日までは母親が隣にいて、ハムちゃーん、と呼び掛けていた。それが今日はない。誰も寝ていない布団を横目で見ると少し鼻の奥が痛くなった。
今日も朝からやることがある。葬儀屋と一緒に母親の遺体を持ち帰り、会館に安置する。緊急搬送された病院の支払いや葬儀の費用、あと相続の諸々の手続きが控えている。考えると憂鬱な気分になる。
昨日まで元気にしていた母親を頭に浮かべると、今日の自分はハイエナのように思えた。そうではないと弱々しく否定しても、自分自身を責める声が勝手に湧き出す。
そのような経緯でハムの続きを書いている。なんとなく落ち着く。文字に起こすことで自身の感情と向き合えているような気がした。
これからはハムと共に生きていく。そのハムも命は短いが、先を考えないで接していこうと思う。




