第33話 記憶リセット法
ハムはそれが仕事と言わんばかりに、とにかく齧る。ケージを丸ごと入れた段ボール箱の四隅は穴が開きそうなくらい激しい損傷を受けていた。あまりに酷い箇所はカマボコ板を内面に貼り付けて抵抗した。
多少は学習するのか。強固な角は避けて今度は側面を齧り始めた。対応は後手に回り、一向に解決しない。
そこで妙案はないかと考え、ふと過去の出来事が頭を過った。
日中のハムは、大抵、寝ている。夜行性なので仕方がないと言えるが、こちらは元気に走り回っている姿が見たいという想いがある。
その願望を叶える為、寝ているハムに息を吹き掛けてみた。すぐに異変を感じ取り、ハムは目を覚ました。キョロキョロと見回し、再び眠りに就いた。
今日もハムは右奥の角を仰向けの状態で齧っている。俺は持ち出した扇子を開き、僅かな風を送った。もがくように動いていた後ろ脚がぴたりと止まり、四つん這いの姿勢を取った。何かを探すような仕草を見せる。
俺は姿を見られないように段ボール箱から離れた。
数秒を経てガサガサと何かを漁るような音が聞こえてきた。そっと覗くと敷き詰められた木屑を右奥の角に集めていた。その様子を眺めていると思い出したかのように再び角を齧り始めた。
すかさず扇子で風を送る。なかなかやめないので強く扇いだ。効果覿面で齧る行動をやめて警戒を強めた。
隠れるようにして眺めているとハムは急に走り出した。ケージを回って開いた扉から中へ駆け込み、排泄用の砂の入った容器の側で腹這いになった。黒い円らな瞳は徐々に細くなる。完全に寝る体勢に入った。
実験は一応の成功を収めた。名前を付ければ『記憶リセット法』となるだろう。
原理としては単純で、ハムスター以外には通用しないように思える。
まずはハムに風を送る。行動を中断させて周囲への警戒に当たらせる。その時間が長いほど、前の行動を忘れてしまう。偶然が重なって齧り始めれば別の行動に変わるまで風を送り続ければいい。
二十四時間体制でハムを監視しているわけではないので、あとはハムが手心を加えて齧ってくれればいいのだが。




