第18話 ハムの幸せ
正午まであと一時間。一階に下りた俺は窓辺でそこそこの緊張感に包まれた。
手前の段ボール箱の中から硬い音が連続で聞こえる。胡坐の状態で背筋を伸ばすとハムの姿が見えた。ケージに取り付けた給水器のノズルを小刻みに齧っている。先端にある球体が奥へ押し込まれ、少量の水が出る仕掛けになっていた。
動かない今の状態ならば簡単に両手で掬い上げることができる。
事前の用意は済ませている。敷きっ放しの布団を片付けた。枕元に置かれた細々とした物は全て別の部屋に移動させた。角に置かれた文机は厚みがあるので放置。
狭い和室は見違えるように広くなった。ハムが安全に走り回れる理想の空間と言える。漫画の一場面では飼い主が見守る中、ハムスターが伸び伸びと部屋を駆け回る様子が描かれていた。
畳とフローリングの違いはあるが、事実を元にしている漫画なので心強い。庭に出すよりは難易度が低く、気軽に行える点が最大のメリットになる。
俺はハムに気付かれないように両手を入れた。左右から挟み込むようにして持ち上げ、噛まれる前に畳へ下した。
何の縛りもない自由な空間にハムはキョロキョロした。期待した通り、走り出す。そして角の文机の脚に隠れるように身を潜めた。
想像していた反応とかなり違う。這いずって文机の下を覗き込む。顔の部分を少し出した姿で固まっていた。我慢強く見ているとようやく動き出す。そろそろと壁際を歩いて別の脚の裏へ回り込んだ。
そこから動こうとしない。警戒心がマックスのようなので俺は少し離れた。
それでも出て来ない。段ボール箱での行動力はどこに消えてしまったのか。
少し慣れてきたようで動きがあった。ようやく文机から離れた。壁際をきっちり守り、走っては止まる。たまに俺の方をじっと見て、ここはどこ? と問い掛けてきた。そう思うだけかもしれないが。
結局、ハムは消極的なままだった。畳の中央を一度として突っ切ることなく段ボール箱へ戻された。
すると急に勢い付き、紙を蹴散らして元気に走り回った。まあ、幸せそうなので良しとしよう。




