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第八話:川辺の菜園

「リョウー、おかわり〜!おかわりは〜!?」


 出来立ての料理を驚異的なスピードで胃袋へと収めたペネロが、空になった木のお皿を両手で掲げながら、はち切れんばかりに尻尾を振って催促をする。


 鍋の中身はすでに一滴残らず空っぽだ。

 流石の大食いぶりに俺もシーカも感服するほかない。


 「悪いなペネロ、昼ごはんはこれでおしまい、これ以上食べたら、夜ご飯がなくなっちゃうぞ?」


 「むぅ……ざんねん……夜ご飯も楽しみだし、我慢するよぅ」


 耳をへにょりと寝かせて分かりやすくしょんぼりするペネロの姿に苦笑しつつ、俺は食後のお茶をずずっと啜る。


 隣でシーカもお茶の入ったコップを両手に持ちながら、ふぅっと満足そうに息を吐いていた。


 「本当に美味しかったです、リョウさん……ペネロさんの言う通り、リョウさんのお料理なら毎日でも飽きずに食べられちゃいそうです……っ」


 「そう言ってもらえると作り手としては嬉しいよ。けど、実際問題これからが大変なんだよなぁ」


 俺は床に両手をつきながら後ろに体重をかけると、天井を見上げてふうと息をつく。


 「今回は村からある程度の食材を仕入れて来たけど、これからここで本格的に生活して、さらに宿を運営していくともなると、毎回あの山道を往復して買い出しに行くのは現実的じゃない。それに温泉宿といえば、お風呂上がりの美味しい食事や軽食も外せない大事な要因になってくるからな……まあつまるところ、食料の自給自足体制を整えるのが、次の課題でもあるんだ」


 温泉で汗を流した後の食事の美味さたるや、以前日本で実際に温泉旅行にて体験している身としては、是非ともその素晴らしさをこの世界に伝えたい。


 すると俺の言葉を聞いたペネロが、待ってましたとばかりに耳をピンと立て、胸を拳でポンと叩いた。


 「だったらボク、毎日お肉狩ってくるよ! この山、すっごく大きくて美味しいイノシシとかシカとか、たくさんいるもん! 任せて!」


 「はは、それはめちゃくちゃ心強いな、けど、肉ばかりってのもそれはそれで良くない、栄養面や保存性……ももちろんあるがやっぱりバリエーションが問題だな、肉が好きじゃない人もいるし、疲れた後は優しい味のものが食べたかったりする人もいる。なによりペネロも毎日同じものを食べ続けるのは飽きちゃうだろ?」


「リョウのご飯は美味しいから飽きないと思うけどなぁ」なんて嬉しいことを言ってくれる彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。だがやはり宿で出す料理はいくつかのバリエーションを揃えたい。


 でもそうなると、どうしても定期的に村へ買い出しに行くしかないか……そう俺が諦めかけた、その時だった。


 「あ、あの……リョウさん……それなら、野菜畑を作るのはどうでしょうか……わたしっ、もしかしたら役に立てるかも……です」


 シーカが少し緊張した面持ちで、おずおずと小さな手を挙げた。


 「野菜畑か……確かに欲しいが、シーカ、役に立てるっていうのはいったい?」


 「は、はい……っ、わたしの得意である薬の調合なんですけど、その際によく使う魔法が『植物魔法』なんです。

 もちろん未知の成分を含んだ植物の生成だとか、大範囲の繁殖みたいな常識を超えた規格外のことは出来ないですけど……水と光、あとは成長の基盤となる土があれば植物を急速に成長させることや品種の調整をしたりすることができるんです……っ」


 シーカからの提案に俺は、そういえば、と昨日行っていた道の整備のことを思い返していた。


 「確かにカモフラージュや自然の手すりを植物で作ってくれてたな、あれはこの場にない植物や野菜でも生み出すことはできるのか?」


 「は、はい……っ!作りたい植物の情報と知識があればある程度のものなら種から作れます……っ!麦やお米、後はいくつかの野菜程度なら今日中にでも作れます……!」


 シーカは得意げにグッと両拳を胸の前で握る。


 「そ、それ……十分すごくないか……?」


 その能力のあまりの便利さに俺は呆気に取られた表情となるが、当のシーカは自分が役に立てそうだということが嬉しいのか、いつもよりやや興奮気味で前のめりになりながら俺を見つめてくる。


 成長速度の調整に品種改良もできるとなれば、保存の問題もバリエーション不足の問題も一気に解決できる。

 食料確保を自給自足体制にしたい俺たちに取って、まさにうってつけの、いや、これ以上ない程の能力だ。


 「よし、決まりだな!ありがとうシーカ、その能力で、ぜひ宿の菜園づくりに手を貸してくれ。そうと決まればさっそく畑が作れそうな場所を探しに行こう!」


 「おーっ!」

「は、はいっ……!喜んで……っ!」


 俺が腰を叩いて立ち上がると、合わせてペネロがぴょんと飛び上がり、シーカは嬉しそうに前髪の隙間から瞳を生き生きと輝かせながら力強く返事を返してくれた。


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 畑を作るとなれば、まず必要不可欠なのが水源だ。


 俺たちはとりあえず午前中に魚を獲った川のほとりに向かって歩いていた。


 「ふんふふーん!かわかわ〜!すっきりした山の匂いが気持ちいいねえ〜〜っ!」


 ペネロは楽しそうに、茂みをひょいひょいと飛び越えながら進んでいく。



 川は温泉地を取り囲む岩壁の後方側に位置しており、入り口側の茂みから回り込むように15分ほど進むと、徐々に涼しげな水の音が大きくなってきた。





 「………わぁ……綺麗な川……っ」


 茂みを抜け、少し開けた場所に流れるその川は、幅にしておよそ7〜8メートルほど、長さまでは分からないが魔族領側から温泉地のある方向に向かって緩やかに流れており、落ち葉と共に緩やかに泳ぐ魚がはっきりと見えるほどの透明度を誇っている。


 目の前に広がる太陽の光を反射してキラキラと輝く透き通った見事な渓流に、シーカは歓声を上げた。


 温泉地と比べると広さはないが、適度に木々がばらけているおかげで、大きめのテント5〜6個程は並べられる程度のスペースはある。


 「温泉と言い川と言い、この山は水源が結構豊富なのかもな」


 俺は改めて川の近くに荷物を下ろしてその綺麗な水面を見つめると、2人の方へ振り返る。


 「シーカ、この場所は畑として利用できそうか?」


 「は、はい………っ!少し地面の状態について調べてみましたが、含有水分量や栄養素はバッチリです……!日光についても問題ありません……っ!」


 俺が尋ねるよりも前に、シーカはすでに地面に膝をつき地面の状態を調べていた。


 「よし!じゃあ早速実験してみよう、とりあえず主食になるものを抑えたいから、麦や米でお願いできるか?」


 俺は荷物の中からいくつかの植物の種を取り出し、まずはとシーカに麦の種を渡す。

 彼女はその場に種を蒔くと、地面に向かって両手を構えた。


 「い、いきますっ………!」


 シーカはグッと表情を引き締める。


 『大地の恵みよ、我が魔力を糧に緑の息吹を呼び覚ませ━━━』


 魔法の詠唱を唱えると同時、地面に緑色の魔法陣が浮かび上がり、柔らかく優しい光が種を植えた地面を包み込む。


 すると、どうだろう。


 ぐぐぐっ、と微かに土が盛り上がったかと思うと、地面から小さな芽がニョキニョキと顔を出した。


 芽は驚異的なスピードで茎を伸ばし、葉を広げ、みるみるうちに俺の腰の高さまで成長していく。


 風と光が落ち着くまでのほんの数十秒の間に、目の前には黄金色の立派な麦の穂が、ざわざわと風に揺れて実っていた。


 「本当に一瞬だ……信じられないな……」


 「ふぅ……土地の栄養が良いので、想像よりも少ない魔力で綺麗に実ってくれました……!」


 風に揺られながら目の前に佇むその立派な穂先に感心を覚える俺の隣で、シーカは額の汗を小さく拭いながら、はにかむように微笑んだ。


 この能力を使えば、食料の自給自足は一瞬でクリアできる。

 確信した俺は、湧き上がる興奮をそのままに声を上げた。


「ああ……っ!すごいぞシーカ!理想の能力だよ!ぜひこの魔法で畑つくりに協力してほしい!」


 俺は興奮冷めやまぬままシーカの手を握る。


「は、はいっ……!お任せください………っ!!」


 と、シーカも俺の想いに応えてくれるかのように、パッと表情を輝かせながら、力強く返事を返してくる。


 さて、本格的な畑つくりの第一歩だ。


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 そうして俺たちはまず、地面を耕す作業に入ったのだが、ここで意外な才能を発揮したのがペネロだった。


「地面を柔らかくするの?まかせて!ボク、穴掘り得意だよー!」


 人狼の変身能力の一種か、ペネロはググッと両手を狼の手に変えると、その鋭い爪と持ち前の怪力を活かし、「掘るぞ掘るぞー!」と鼻息を荒くしながら、猛烈な勢いで地面をザクザクと掘り返していく。


 ペネロが通った後は見る見るうちに固かった土がひっくり返り、空気を含んでふかふかに柔らかくなっていく。


 「おおぉ、こりゃすごいな……まるで重機だ」


 そのスピードに驚きつつも、俺も負けていられない。


 俺は『材料加工』のスキルを使い、近くの木を切り出して即席の『木製の鋤』を作成。


 ペネロが掘り返した土の塊を、彼女に負けじと平らにならしていく。


 シーカも「細かい根っこや石は私が……!」と、小さな手で一生懸命に手伝ってくれた。


 そうして三人の息の合った連携により、わずか一時間ほどで、見事な土床が完成した。


 ただ、その広さはとりあえず二、三種類の野菜の苗を数本植えられる程度のプチサイズだ。


「よし、今日のところはこれくらいにしておこう」


 俺は鋤を置きながら、オレンジ色に染まり始めた空を見上げ、2人に声をかける


「あれー?リョウ、もう終わり?ボク、もっとたくさん掘れるよ?」


 俺の呼びかけに手を止めて汗を拭いながら首を傾げるペネロに、俺は首を振る。


「いや、もうすぐ日も沈むし、なにより畑を広げるのはいいけど、夜の間に雨やら野生の魔獣や動物やらに荒らされる可能性もあるだろ?本格的に防護フェンスや資材小屋も作っていきたいし、今日は様子見ってことでこれくらいにしておこう」 


「なるほど……囲いがないと、せっかくのお野菜が食べられちゃうかもですしね」


 シーカも納得したように深く頷いた。


「そう!だからシーカ、今日は試しにこの小さな畑に、『トマト』と『きゅうり』を作ってみてくれないか?」


 「と、とまと……?きゅうり……ですか?」


 聞き慣れない単語にシーカはきょとんと首を傾げる。


 実はこの異世界に来てから、主に食料品としての野菜は根菜類と、ハーブなどの香草がメインで、俺にとって馴染みのある野菜はほとんど見かけることがなかった。


 トマトもきゅうりも俺が好きな野菜ってのもあるが、温泉に最適な食べ物だ。


 温泉上がりに食べる冷やしトマトやきゅうりの浅漬けの旨さは格別である。


 畑ができるならこの二つは是非抑えておきたいという想いから、俺は二つの植物の特徴をシーカに伝える。


 「なるほど……2つともウリ科の植物で、水分量が多め、『とまと』は赤い丸型で、甘みと酸味のある野菜、『きゅうり』は深緑色で細長く、表面に微細なトゲ、味は無味に近く、カリカリとした食感……と」


 俺から説明を受けたシーカはノートに特徴をまとめると、自身の荷物から白く小さな種を取り出し、俺に見せてくる。


 「これは、私が薬草開発の傍ら生み出した『無垢の種』です。このまま植えては何も育ちませんが詳しく遺伝子情報を付与することでその特徴を持った植物を生やすことができます。もちろん、複雑な特徴や味なんかを付与する事はできませんが……その二つの野菜程度のものなら作れると思います……!」


 植物の品種改良や、その場にない野菜の生成も可能と言っていたのはこのことか、なんとも便利な能力である。


 「で、ではやってみます……っ!」


 そこからシーカは種を握り、先ほどの情報をもとに種へと情報を付与しいった。 


 作業としては単調なもので、一つ一つと、シーカが野菜の特徴を呟くと、その都度握った指の隙間から青白い光が漏れる。



「こ、これで二つとも完成です……早速育ててみましょう……っ!」

  

 時間にして2〜3分ほどで、シーカは出来立ての種を畑の土に植えると、再び地面に向かって魔法の詠唱を開始する。


 先ほどと同じように魔法陣と風を纏い、土の中から細いツルが勢いよく伸びると、青々とした葉の隙間から次々と実り出した。


 それは太陽の残光を浴びて宝石のように輝く真っ赤な球体と、ボツボツとしたトゲに表面を覆われながらも、ずっしりと水分を多量に含んだかのような鮮やかな深緑色をした細長い実。


━━━━まぎれもない、『トマト』と『きゅうり』だった。


「で、できました……っ!リョウさん、これが、あなたの言っていたお野菜ですか……?」


「ああ……っ!バッチリ、いやそれ以上だ!」


 こちらを振り向き尋ねるシーカに、俺は目の前に現れた二つの野菜に感激を覚えながらトマトときゅうり、その二つを手に取る。


 手のひらに伝わる重さと張りは、俺の記憶に慣れ親しんだものそのものだ。


 「よし、じゃあ試食してみよう!」


 俺はキンキンに冷えた渓流の水で二つの野菜の表面を軽く濯ぐと、まずはきゅうりのヘタを取り2人に手渡す。


 スンスンと匂いを嗅ぐペネロに、不思議そうにきゅうりを両手に持ち眺めるシーカ。


 俺たちは恐る恐るきゅうりの先端を口に運び、一口かじると、カリッと、心地いい音と共に口の中に瑞々しく、新鮮な風味が広がる。



「〜〜〜っ!!ぱりぱりしてて、冷たくて美味しいー!この茎、臭くもないし苦くもないよ!!それどころかむしろほんのり甘くて、噛むほどたくさんお水出てくる!」


 尻尾を振り回して目を輝かせながらきゅうりをカリカリと豪快に食べるペネロ。


 その感想通り、新鮮さを強調するかのように張りのある表面と、しゃくしゃくとした食感に伴い鮮やかな青の風味と甘みは、味付けなしでも十分過ぎるほどであり、まさに最高級品にも劣らない一品だ。


 その食感と瑞々しさに驚きながら、次に俺たちはトマトをそっと齧る。


「……っ!?ん、んん……っ!」


 瞬間、シーカが瞳を大きく開き、驚愕の表情で目を丸くした。


「お、美味しい……っ!濃厚な甘みと酸味が、体にじわーって染み渡るみたいで……っリ、リョウさん、さっきのきゅうりもそうでしたが、凄い美味しいです……っ!」


 トマトも負けず劣らず、その大ぶりの姿の中には濃厚な果汁がたっぷりと内包しており、口に広がる果実を思わせるほどの甘みと鮮やかな酸味は、疲れた身体がまるでその成分を欲していたかのように驚くほど自然に喉を通過していく。



━━━「ああ、うまい!最高だ!」



 お米、麦、そしてこの新鮮な野菜。

 これだけの食材がこの場で手に入るのなら、温泉宿のメニューも幅が広がる。


 俺はその高揚感に笑みが溢れる。


 夕暮れ前の穏やかな空気の中、渓流のせせらぎに優しく包まれながら、俺たちは獲れたての野菜を味わいながら、しばらくの間、賑やかで温かい時間を過ごした。

ご覧いただきありがとうございました。

大変励みになりますので、もしよければ評価やブックマーク、感想のほどよろしくお願いします。



加藤カト

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