第六話:再会
計画は決まった、早速行動に移そう。
俺たちは人間領側の麓へと続くルートの選定と、道中の障害物となる岩や倒木の撤去作業に取りかかっていた。
「……ふぅ、よし、これで三箇所目、だな」
山道の途中、大人の腰ほどまである巨大な岩の前に立ち、俺は深く息を吐く。
手のひらを岩肌に当て、脳内でなだらかな階段をイメージしながら、スキル『材料加工』の『切り取り』を発動させる。
スパッと、まるで果物の皮でも剥くかのように頑丈なはずの岩石が切り取られ、歩きやすい緩やかな石段へと姿を変えた。
切り出された不要な岩の塊は、スキルの効果で断面がツルツルに『研磨』され、道の脇へと転がっていく。
「な、何度見てもすごいスキルです……本来なら大工さんたちが総出で、何日もノミと金槌を振るって行う作業なのに……」
後ろから付いてきていたシーカが、目を丸くしながら手元のノートに位置を記録していく。
そして彼女はその石段の周囲の地面に杖を向け、小さく呪文を唱えた。
すると、数秒前までただの土だった場所から、青々としたツタやシダ植物が急速に這い伸び、俺が作った石段を覆い隠しながら、自然な形でツタが手すりとなっていく。
「うん、バッチリだシーカ。これなら上から見たらただの斜面に見えるけど、足を踏み出せばしっかりとした階段になってる。カモフラージュは完璧だな」
「あ、ありがとうございます……っ! わたしの植物魔法も、リョウさんの石積みのベースがあってこそ活きます。これなら一般の人でも安全に登ってこられますね」
お互いのスキルと魔法が噛み合う万能感に、俺たちの作業スピードはどんどん加速していった。
これなら今日中にルートの半分以上は形にできるかもしれない、そう思ったその時だった。
スンスン……スンスンスン……
生い茂る茂みの奥から、何かが激しく鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
俺とシーカは一瞬で身を硬くする。
ここは未開の山奥、カモフラージュを進めているとはいえ、野生の魔獣が出ない保証はない。
不安そうに緊張した面持ちで杖を構えるシーカを背後に、俺もいつでもスキルを使えるように身構えた。
ガササッ!!と激しく草木が割れる。
「あーーーっ!! やっぱり!リョウとシーカだーーーっ!!」
飛び出してきたのは、鋭い牙でも恐ろしい爪でもなかった。
ピンと立った大きな耳と、くるりと丸まった大きな尻尾。
そこにいたのは、昨日別れたばかりの、人狼の少女・ペネロだった。
「ペ、ペネロ!? なんでここに……っ?」
驚いて声を上げる俺の周りを、ペネロは「わーい! わーい!」とはしゃぎながら、凄まじいスピードでぐるぐると走り回る。
「あのね! 昨日のアシユがすっごく気持ちよくて、ボク、今日もあのお湯のところが気になってまた来ちゃったの! そしたら、なんか近くの方から大好きな干し肉……じゃなくて、リョウたちの匂いがしたから、追いかけてきたんだよ!」
どうやら彼女も、あの足湯のことが相当気に入っていたらしく気になって戻ってきたらしい。
俺たちの匂いを嗅ぎつけるや否や嬉しそうに飛びついてくるその姿は、まるで飼い主を見つけた犬のような無邪気さで、俺たちの緊張感は一気に弛緩し、笑みがこぼれた。
「ペ、ペネロさん、お久しぶりです……って、昨日ぶり、ですね。ふふ、また会えて嬉しいです……っ!」
「うん! ボクもすっごく嬉しい!あっ!ねぇねぇ、今日はここで何してるの? もしかして、また面白いもの作るのー!?」
ペネロは興味津々といった様子で、俺が切り出した岩の断面や、シーカのノートを覗き込んでくる。
「ああ、ここに誰もが来られるような安全な『道』を作って、その先に最高の温泉宿を建てようと思ってるんだ。今はそのための土台作りだな」
「オンセンヤド? ……よくわかんないけど、昨日のあったかくて気持ちいいもの!? すごい! ボクも手伝う! ボクもそれやりたい!」
ぴこぴこと耳を震わせながらぴょんぴょんとアピールするペネロに、俺は少し困り顔で頭を掻いた。
「気持ちは嬉しいんだけど、これは俺のスキルで岩を削ったり、シーカの魔法で草を植えたりする作業だから、ペネロにはちょっと退屈かもしれないぞ?」
「えー! そんなことないよぉ!!ボク、力持ちだし、走るの早いし、役に立てるよっ!」
フンフンと鼻息を鳴らしながら自慢そうにこちらを見つめるペネロ。
その時、俺の視界に、先ほど切り出したばかりの直径一メートルはある巨大な岩の塊が目に入った。
重さは優に数百キロはある代物で、道の脇へ転がすだけでも俺がスキルを駆使してようやく移動させたものだ。
「うーん、じゃあ、例えばあの邪魔な岩を、あっちの森の奥まで片付けることってできるか?」
大人でも十人がかりで動かせるかどうかの巨岩だ。俺は半分冗談のつもりで指差した。
だが、ペネロは「まかせてー!」と無邪気に笑うと、その巨岩へと近づいていく。
そして、信じられない光景が俺たちの目の前で繰り広げられた。
「せーのっ!よいしょ……っと!!」
ペネロは細い両腕でその巨岩をガシッと掴むと、まるでクッションを持ち上げるかのように、ひょい、と頭の上まで掲げてみせたのだ。
「え……えぇっ!?」
「な、ななな……っ!?」
俺とシーカの口から、同時に情けない声が出た。
シーカにいたっては、持っていた杖を地面に落とすほど驚愕している。
ペネロはそんな俺たちのフリーズぶりを気にも留めず、フンフンと軽い足取りで歩き出すと、そのまま森の奥へと巨岩を放り投げた。
ズドォォン!! と地響きが鳴り響き、何本かの細い木がへし折れる音が聞こえる。
「ね? ボク、力持ちでしょ!」
何事もなかったかのように戻ってきたペネロは、服についた土をパッパと払いながら、ふふん、と胸を張った。
「に、人間離れしてる……いや、人間じゃないんだけども、まさか、あんな大きな岩を素手で……」
「じ、人狼の身体能力が、これほどまでとは……文献で読んだことはありましたが、一般的な成人の数十倍の筋力、というのは本当だったんですね……」
2人して唖然とした表情でペネロを見つめる。
だが、驚愕のあとに俺の頭に押し寄せてきたのは、一つのアイデアだった。
(待てよ……俺の『材料加工』で山から木や石を切り出し、それをペネロが規格外のパワーで運び、シーカの魔法で防衛線を張る。この三人なら、資材の運搬コストも、重機の用意も必要ない。どんな建物だって建てられるんじゃないか!?)
最高のピースが、向こうから飛び込んできたかのような、そんな感覚だった。
「ペネロ、ぜひお願いしたい。もしよかったら、俺たちと一緒にこの温泉宿を作る仲間になってくれないか?」
「仲間……!やったあ!そのオンセンヤド?の作り方とかはよくわかんないけど、リョウたちと一緒にいて、美味しいもの食べて、あの気持ちいいお湯を作れるんだよね!ボクやる! やりたい!」
ペネロは満面の笑みで飛びついてくると、その勢いで俺の胸に頭をグリグリと押し付けてくる。
胸への衝撃に「うぐっ」と声を漏らしながらも、俺は昨日のようにキラキラした目でこちらを見上げる彼女のその柔らかい髪を撫で回した。
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それからの作業の進捗は、まさに「爆速」の一言だった。
俺がスキルで切り出した建築用の太い丸太を、ペネロが軽々と三本同時に肩に担いで温泉地へと運び、シーカが道中のカモフラージュを完璧にこなす。三人での作業は、驚くほど噛み合っていた。
そうして気がつけば陽は落ち始め、辺りは夕暮れに染まり始めていた。
「……よし、今日の作業はここまでにしよう、 みんな、本当にお疲れ様」
俺の声に、ペネロが「はーい!」と元気よく応え、その場にどさりと座り込んだ。
さすがの彼女も動き回って少し疲れたのか、尻尾の動きが少しのんびりしている。
「リョウさん、馬車の御者さんには、もう村に帰ってもらうよう伝言の魔法を送っておきました」
広場の中央に組まれた薪を囲むように座る俺たちにシーカが声をかける。
作業があまりにも順調だったこと、そしてこれからは毎日ここへ通うよりも、ベースキャンプを作って泊まり込みで作業した方が効率が良いという判断から、俺は今日、ここで初めての野宿をすることを決めたのだ。
初めはシーカだけでも村に帰そうかと提案したが、彼女も俺たちと残りたいという気持ちが強かったらしく、シーカに完全に陽が落ちる前に御者への言伝を頼んでいる間に、俺は3人で夜を明かすべく寝床と焚き火の準備をしていた。
「ああ、ありがとう。村長にはしばらく留守にすると伝えてあるし、何よりシーカの作ってくれた獣よけと、頼もしい仲間もいることだ、俺も安心して野宿ができるよ」
俺は2人に視線を向けながらシーカの報告に答えると、ペネロはぱあっと目を輝かせ「ふふん!まかせてー! ボクがみんな守ってあげるからね!」と嬉しそうに胸を叩いた。
シーカも照れ臭そうな顔で俺の向いに座ると、杖の先から小さな火を放ち、薪に火を灯す。
パチパチと爆ぜる炎が、俺たち三人の顔を赤く照らし出した。
「よし!じゃあ簡単にだけど飯にするか!」
俺はリュックから多めの干し肉と、いくつかの携帯食料を取り出し、水筒に入れてきた月光草の葉を乾燥させて作った特製の薬茶をコップに移して2人に配る。
「ふーっ……ふーっ……お茶があったかくて、すごく良い香り……疲れが抜けていくよう……です」
「お肉おいしいねーっ!いくらでも食べられちゃうよー!」
焚き火の明かりの中、お茶を美味しそうに啜るシーカと、干し肉を頬張るペネロ。
人間領と魔族領の狭間、誰も来ない未開の秘湯で、ただの一般男性と人間の魔法使い、そして人狼の少女が、一つの炎を囲んでいる。
数日前には想像すらしていなかった奇妙な共同生活だが、不思議と不安はなかった。
パチパチと燃える炎を囲み、俺はこれから建てる温泉宿の姿を思い描き、確かな高揚感と共に頼もしい2人の仲間を見つめ微笑んだ。
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加藤カト




