第四話:宿経営、始動前夜
ペネロと別れてから数分ほど、むやみやたらに動くわけにも行かず、リョウとシーカの2人は辺りの植物や地面の形跡を調べつつ慎重に山道を進んでいた。
日没までのタイムリミットを急かすかのように、空は昼下がりの青黄色から黒みを帯びた橙色へと変わっている。
慎重に、とは言え流石に悠長にもしていられない状況だ。
「こんな茂った山の中で火なんか使うわけにも行かないしなぁ……」
とはいえ大声で誰かを呼ぶにしても猛獣などを刺激してしまうかもしれないし、魔族でなくても荒くれ者なんかがいたら格好の餌食だ。
何かいいアイデアはないものか、と頭を悩ませていたその時。
「あ、あの……リョウさん……!」
背後から俺を呼び止めると、シーカはおもむろに肩かけポーチの中をゴソゴソとまさぐり、一つの植物を取り出して俺の前に差し出す。
「これ……もしかしたら、使えるかも……です…っ!」
シーカの取り出したそれは双葉に薄く白い蕾のついた、一見するとなんの変哲もないただの植物であり、確かペネロと出会う前にシーカが興奮気味に採取していたものだった。
「えっとたしか、月光草?とか言ってたっけ?」
「は、はいっ………!この草、日中に光を蓄えて、夜間に放出する植物なんです………!月明かりのように薄白く光ることからその名がつけられてまして……かなり珍しい種類の植物なんです……!ほ、ほかにもこの葉を乾燥させて煮出すととても質の良い薬茶にも………」
ペネロの無邪気さとはまたベクトルの違うはしゃぎようで、目を大きく見開き、キラキラと輝かせながら月光草について語るその姿から、彼女の研究への熱意や好意が伝わってくる。
「あ………え、えっと、ごめんなさい、伝えたかったのはそうじゃなくて………」
少し微笑ましく思いながら彼女の話に耳を傾けていると、本来伝えたかったことを思い出したようで、恥ずかしそうに話を戻す。
「コホン…え、えっと……こ、この月光草、特徴の一つとして明かりを出す際に微細な胞子を放出しまして……その胞子が別の月光草に触れると、連鎖的に反応して光を出すんです……」
シーカが言うには、月光草は群生的に生息する特徴があり、もしこの近くに群生地があるのならば、光を辿ることで元いた場所に戻ることができるかも、とのことだ。
「それに……次来た時にまた調査できるように魔法の印をその場所につけておいたので、今はまだ反応がありませんが、近づけばより確実に分かるかと……!」
他に打つ手がない今、自然に灯りを確保でき、かつ帰路への道標となるという、まさにこれ以上ない手段だ。
……それにしても、まだ16だと言うのにしっかりしている。
「俺なんかよりもずっとしっかりしてるなシーカ。頼りなくて申し訳ない限りだが、いっちょよろしく頼む」
正体のわからない者に背を向けて走るわ、山中を闇雲に走ったせいで遭難しかけるわ、ペネロとシーカの2人がいなければどうなっていたことやら、と己の不甲斐なさを実感し、肩を落とすと同時に感心する。
気を使わせてしまったか、ワタワタとする彼女だったが、すぐに手元の月光草へ視線を落とすと、蕾の先端を優しく撫で始めた。
シーカの細い指が、円を書くように伝うと、蕾の中からうっすらと白い光を放ち始めた。
「おおお……」
ぼんやりと、優しくあたりを包むその白い光は、まるで夜に浮かぶ蛍のようで、幻想的な何かを感じさせるものであり、俺はその光景に感嘆の声を漏らす。
「と、とりあえずこれで近くに月光草の群生地がないか探してみましょう……!ちょっと魔法で補助をつけますね……」
そう言うとシーカは薄く光る蕾の先端に、ふーっと小さく息を吹きかけた。
小さく細い彼女の吐息に流され、蕾の中から光の粒子が前方にそよそよと流れはじめる。
粒子が下に落ちずに浮遊したまま流れるのは彼女が魔法で粒子を動かしているかのようだ。
彼女は以前、魔法はあまり得意ではないと口にしていたのを耳にしたことがあったが、俺からしたら便利なものであり、何度目の当たりにしても驚嘆するばかりである。
「リ、リョウさんっ!ここっ………」
そうして歩くこと数分、シーカが突然小さく声を上げ、前方を指差す。
シーカの指し示す先、暗がりの中にぽつり、ぽつりと淡い光の粒が灯りはじめ、それが波紋のように周囲へ伝播し、一瞬にして目の前が淡い白銀の輝きで満たされる。
月光草の群生地だ。
「これは……すごいな……」
連鎖的に光を灯し出す月光草の群生地の光景は、さながら、敷き詰められた光のカーペットであり、俺の言葉を詰まらせる。
「あっ……魔法印の反応、ありました……っ!この近くですっ……!」
まるで道を示すかのように足元に散らばる光を辿り、シーカの示す方向へ進み、茂みを掻き分けると、見覚えのある場所へ着く。
俺たちがペネロと出会った山道だ。
「やった!流石だぞシーカ!!ありがとう、助かった!」
俺は感激と興奮のあまりシーカの小さな手を両手で握り、称賛と感謝の言葉を伝えながらぶんぶんと腕を振る。
「あ、あわわ……っ!い、いえ、そんな………っ!」
腕の振りに合わせて体をガクガクと震わせながら、シーカは謙遜しつつもどこか照れ臭そうに笑った。
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どうにかこうにか日が暮れる前に山道を下られた俺たちは往路にて使っていた馬車を使い帰路についた。
村に着く頃にはすっかり日は暮れ、時間にすると19時くらいだろうか。
村の皆も仕事を終えて戻っているのか、家々には明かりが灯っていた。
俺はシーカを家の前まで送る。
「じゃあ、改めて今日は手伝いのつもりがすまなかったな、シーカがいてくれて本当に助かったよ。ゆっくり休んでくれ」
「は、はい……こちらこそ……えっと、その……」
モゴモゴと照れ臭そうに俯きながら両手を小さく組むシーカの姿に、これ以上気を遣わせてしまうのも申し訳なくなり、「また明日な」と声をかけると、シーカは一瞬だけ驚いたように顔を上げ、「はい……! また、明日!」と小さくも、はっきりとした頷きを返してくれた。
「つっ………かれたぁ………」
俺は荷物を床に置くと小さく息を漏らした。
衣服を着替え、湿らせたタオルで身体の汚れを拭いながら、椅子に深く腰を下ろす。
ふと目を閉じれば、今日1日の出来事が鮮明に蘇ってきた。ペネロとの出会い、誰の手も加えられていない秘湯、新たに気づいた自分のスキルの可能性。
━━━そして見つけた、胸が焼け付くような俺の夢。
村からあの山までは馬車を使って2時間弱ほど。
本格的に宿を経営しようとしたら村から通うよりかはあの山で寝泊まりする形になるかもしれない。
思いつきにも程がある計画だ、考えれば考えるほど不安や懸念点は出てくる。
「……いや、これは俺が初めて見つけたやりたいことなんだ、やってやるさ」
拳をぐっと伸ばし、強く決意する。
「……とはいえ、仲間は欲しいかなぁ」
俺は口から溢れた少しの願望と湧き上がる高揚感を胸に、眠りについた。




