第三話:人狼という魔族
足湯を存分に堪能してもらったのは大変喜ばしいことだが、ここから先に進むにあたって考えなければならないことは山積みだ。
とりあえず、結構な急ピッチで足湯作成まで進んでしまったためしっかりと確認できていなかった今いるこの空間、言うなればこれからの温泉宿建設の予定地となる場所の立地について、改めてぐるりと周囲を見回してみる。
とはいえ、今の状況のみで分かるのは、温泉の湧き出る岩壁に囲まれている少し広めの草原帯だと言うことだけだ。
この開けた場所を円形の空間として見た場合、俺たちがこの場所に飛び込んだ時に通った茂みを円の最下点としたら、7〜8割ほどを岩壁が囲んでいるような形になるだろうか。
崖の上に源泉があるのか、はたまた地中からの源泉が壁の表面に吹き出しているのかは定かではないが、岩肌を伝うように温泉が流れ出ており、壁の麓にはまばらにお湯だまりができている。
ちなみに先ほど俺が作った足湯は、茂みから入ってすぐの、向かって左側に位置している。
「空間の敷地の広さはだいたい小学校の体育館より少し大きいくらい……ってところか」
入り口から最奥の岩壁までの距離は目視できるほどの距離であり、あまり大きい宿は作れないが、宿部分と温泉部分、それと露天風呂を作るとしても、まあ広さ的には充分だろう。
「………ウさん………っ」
ここに宿を作るとしたら、まず道を整備して、入り口を作って、壁付近の整備も…………
「……リ、リョウさん………っ!」
弱々しくも懸命に俺の名を呼ぶ声に気づき振り向くと、背後で俺の裾をくいくいと引っ張るシーカの姿があった。
「あ、あぁシーカ、ごめんごめん、どうした?」
「あっ……い、いえ、私こそ大きい声を……じゃ、じゃなくて……っ……え、えと……」
どこか歯切れの悪そうな様子に首を傾げていると、シーカの背後からぴょこんとペネロが姿を現す。
「ねえねえっ!あのオンセン?アシユ?ってやつ!すごいねー!ボクの足すっごい調子いい!追いかけっこして遊んだらまたやりたいなぁ〜〜!」
嬉しそうにその場でパタパタと足踏みをしながら無邪気にはしゃぐ姿を見ると、つい先刻は彼女から必死で逃げていたのにな、とつい顔が綻ぶ。
まあそのおかげでこの場所を見つけられたのだが、思えば訳も分からずただひたすら山の中を掻き分けてよく見つけたものだ━━━━
突如、冷や水を浴びせられたかのような、悪寒が走ると同時、嫌に冷静になった俺の脳裏に考えがよぎる。
そうだ……俺たちは今、どうやってここに来た?
思考を巡らせるや否や、ばっ、とシーカの方へ振り返る。
「もしかして俺たち、か、帰り道、分からなくなってる……?」
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「すまん、本当にすまん」
頭を地面につける勢いで深々とシーカに頭を下げると、彼女はあわあわと手を動かしている。
まだかろうじて明るい時間帯とはいえ、ここは馴染みのない山の中だ。
陽が落ちるのは時間の問題だし、辺りが暗くなってしまえば遭難は確実だろう。
先ほどのシーカの何か言いたげな不安そうな態度も納得がいく。
とにかく早く、せめて元いた場所へ戻らなくては。
「なあペネロ、俺たちと最初に会った場所への戻り方とか分かったりしないか?」
無邪気で危険に見えないとは言え彼女は魔族だ、全てを任せきりにするのはどうかと思うところもあるが、今頼れるのは彼女だけだ。
俺の問いにペネロはうーんと首を傾げながら答える。
「匂いを辿ればある程度は分かると思うよー?」
「そうか………!いや、わるいペネロ、実は俺たちそろそろ帰らないといけないんだが、帰り道な分からなくてな……分かる範囲でいい、案内をしてくれないか?」
俺はリュックに手を入れ、お礼と言ってはなんだが、と余っていた干し肉を全てペネロに手渡す。
「え!いいのーー!?ありがとう!!任せて任せて!!」
「遊んでくれて、面白いものも作れて、美味しいものもくれるなんて、君たちといると楽しいや!!えー……っと……」
干し肉を受け取ったペネロは無邪気な笑顔のまま俺たちを交互に見る。
そういえば名乗っていなかったな。
「ああ、俺はリョウ。喜んでもらえたなら何よりだよ。ほんと急で申し訳ない、案内の方よろしく頼む」
「あ……えと……シーカです……すいません、よろしくお願いします……!」
俺の言葉に続けて恥ずかしそうに隣でシーカもぺこりとお辞儀をする。
「んっ!まはふぇへー!」
もうすでに干し肉を頬張りながら、ぶんぶんと元気よく尻尾を振るペネロを先頭に、俺たちは来た道を引き返し始めた。
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「そういえば、ペネロはなんでこんなとこに?仲間とか、家はあるのか?」
「うん!ここからはちょっと遠いとこだけどね!でもみんな自由にのんびりしてるよ!ボクもなんとなく?楽しいことあるかなって。リョウたちに会えたから来て正解だったなー!」
「人狼は群れを作ると聞いたことがありますが、ペネロさんは今日は1人でこちらに……?」
「遊ぶのもご飯食べるのもみんなと一緒のことが多いよ!でもみんな山の近くは危ないって行きたがらないんだよねー、だから今日は1人!」
山道を進みながら雑談を交わしていく中で、どうやら魔族(人狼だけかもしれないが)も村や街のようなコミュニティを作り、その中で暮らしていることが分かった。
魔族側でもこちらを危険な存在だと思っているようだが、少なくともペネロ達人狼は話に聞くような危険な種族ということはなさそうに思える。
「な、なんだか私たち人間とあまり変わらないように見えますね……」
シーカがこそりと俺に呟く。
まあ、彼女が無邪気すぎるだけなのかもしれないが、確かに無駄に嫌悪したり忌避する必要はないのかもしれない。
「うーん、ごめん、ここらで匂いが薄くなっちゃった、あとは分かんないやー」
茂みを分けながら山道を数十分歩いたところで、ペネロはスンスンと鼻を鳴らすと足を止め、頭を掻きながら申し訳なさそうに俺たちの方へ振り向く。
相変わらず山の地形は変わり映えなく、人間領側の麓へと続く方向も分からずじまいではあるが、朧げながら見覚えのある地形へ出てきていた。
あとは斜面を気をつけながら降りられればなんとかなりそうだ。
おそらく俺たち2人だけではここに辿り着くことはできなかっただろう。
陽の沈む前にここまで来れたことはむしろ大助かりである。
「いやいや、大丈夫だありがとう、助かった。ここからは俺たちでなんとかするよ」
俺が礼を伝えると、ペネロはパッと明るい表情になり、耳をぺたんと後ろに寝かせると、何かを期待するかのような上目遣いでじっと俺を見上げてきた。
一瞬頭に?を浮かべるも、その光景に俺は、ああ、と理解したように自然とペネロの頭を撫でた。
ふふん、と満足そうに鼻を鳴らしながら心地良さそうに頭を撫でられているペネロの姿は、撫でられ待ちをする犬のようで、その毒気のなさに俺の頭の中にあった彼女への魔族としての偏見は、すっかり無くなっていた。
「改めてありがとう、ペネロも気をつけてな」
「ペネロさん……ありがとうございました……!」
「うん!また遊ぼうねー!!!」
俺たちはペネロと別れの挨拶を交わすと、ニコニコと尻尾を振りながら元気よく手を振る彼女に見送られ、麓を目指して歩きだした。
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加藤カト




