68.歓迎いたしますわ
「お前がそもそもイオを使わなければ、こんなことにはならなかった」
デシーカは自動拳銃を手にした。
ゆっくりと構え、ルールーに銃口を向ける。
「玄人が素人を焚きつけるなよ、バカ野郎が」
「……なにがお望みですの?」
ルールーは顔色ひとつ変えなかった。
「殺し屋に懸けている賞金を取り消せ。それから、〈ラウ書店〉の閉店の話はなしにしてもらう。要はいままでどおりさ」
「ええ、わかりましたわ。それで手打ちといたしましょう」
そんな程度の条件なら、彼女にしてみれば安い買い物だ。得た利益からすれば、掃いて捨てるほどお釣りがくる。
「手打ち?」
デシーカは冷たく吐き捨てた。
「勘違いするなよ。私は落とし前をつけてもらうと言ったはずだ」
どこかから聞こえたカモメの鳴き声に合わせて、強い海風が吹いた。
ルールーの麦わら帽子が舞いあがる。
自動拳銃の引き金を、デシーカは躊躇なく絞った。
連続する小気味いい銃声は、どこか玩具のようだった。
金色の空薬莢が足元に落下して、美しい海へと転がっていく。
スライドが開き切るまで、デシーカは撃ち続けた。
ルールーはそれでも、微動だにしなかった。
穴が空いた麦わら帽子が、ゆっくりと海に落ちていく。
「私が、射撃が下手でよかったな、ルールー」
「デシーカさんこそ、釣竿をもってきて正解ですの。もし魔術刀をもってきていたのなら、わたくしの八卦功夫であなたを消し炭にするところでしたわ」
「お前が? 私を? 面白くもないし笑えない冗談だ」
「ふふ……それはやってみなければわかりませんの」
ルールーを殺せば〈ティンパ商会〉は大混乱に陥るだろう。有力な後継者はおらず、すぐに跡目争いが始まる。デシーカにとってはどうでもいいことだったが、少なくともロレッタはそれを望んでいないことはよくわかっていた。
彼女は、あの気のいい連中がいる下街で、自分の帰るべき場所を守っていたいだけだ。
そのためには、ルールー・ウォンには総経理代行でいてもらわなければならない。
「いいか、ルールー。よく肝に銘じておけ」
デシーカは自動拳銃を海に投げ捨て、足元に置いたままだった釣竿を手にした。
まるでいままでのことがなかったかのように、仕掛けを確認してクーラーボックスから取り出した餌を釣り針につける。
「私は自分の命はゴミクズ以下の価値しかないと知っている。だから、お前が条件を守っている間は〈ラウ書店〉の殺し屋として働いてやるさ。だがな――」
クーラーボックスのフタを閉めると、デシーカはどかりとその上に座った。
「いつでも、一人でだって、〈ティンパ商会〉と戦争してやる。そうなったなら、私の命ひとつでお前の組織がどれくらい損をするのか」
そのまま釣り糸を垂れる。
「よく考えることだ」
「わたくしを正面から脅すなんて、大した度胸ですわね」
「脅してなんかいない。昔馴染みからのアドバイスだ」
「はっ……とんだアドバイスですの」
言葉は海風にのって消えて、二人はしばらく沈黙していた。
規則正しい波の音、カモメの声、遠くから聞こえる漁船のエンジン音だけがそこにある。
やがて、ルールーはふっと息を吐くと、ぼそりと言った。
「ちょっと、あまり近くにもってこないでくださいな。仕掛けが絡まりますわ」
「いや、潮にのっているだけだ。私の意思じゃない」
「だったら一度、竿をあげればよいですの」
「お前があげればいいだろう」
「はー?」
ルールーが露骨にいやな顔をしているのがおかしくて、デシーカはくつくつと笑った。
「これはわたくしに対するいやがらせです? ぶん殴りますわよ?」
「そうやってすぐ暴力に訴えるのは関心しないな」
「どの口がいいますの!」
ルールーは頭を振ってことさら大きなため息をもらした。
「デシーカさん、わたくしはもう、あなたが知っているルールー・ウォンではありません」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。私がカタギになれなかったように、人の本質は変わりやしない」
「殺し屋風情が、知ったようなことをいいますの。まったく――」
ルールーは自嘲して、本当に仕方なさそうにこちらの顔を見てくる。
「おかえりなさい――〈ティンパ商会〉直系組織〈ラウ書店〉の殺し屋、〈耳長鬼子〉のデシーカ・デグランチーヌ」
彼女のその言葉が〈ティンパ商会〉の総経理代行としてのものなのか。
「歓迎いたしますわ」
ルールー・ウォンとしてのものなのか。
「ああ、なら〈ラウ書店〉宛に祝花でも送ってくれるか?」
結局、そう言って皮肉げに笑った、デシーカにもわからなかった。




