66.どっちでもよかったんだよ
お互いの碧眼に、姉妹の顔が映り込んでいる。
「イオ、お前がいま、どんな顔をしているかわかるか?」
デシーカは消え入りそうな声で、いつか自分が言われた言葉をもらした。
「お姉ちゃんこそ、自分がどんな顔してるかわかってる?」
「ああ……」
まるで鏡を見ているように、きっと自分はイオと同じ顔をしているに違いない。
ぎらぎらと目を輝かせ、凶悪な犬のように鼻の頭に皺を寄せた、獲物をいまにも殺しそうな獣の顔。結局のところ――私たちは世界でたった二人しかいない本当の姉妹で、身体には同じ血が流れている。その本質は隠せやしない。だが、それでも――
デシーカは震える手で、イオの頬にそっと触れた。
「私は、本当は、そんな顔ではなくて、お前には笑っていてほしかった。ずっと」
「わかってるよ……お姉ちゃんがあたしを大切にしてくれてることは……」
イオが頬に触れたデシーカの手に自分の手を重ねる。
「ロレッタさんが言ったことだって、わかってる。お姉ちゃんが辛いこと全部背負って、あたしを明るい世界にいさせてくれようとしてるんだって、わかってる」
「イオ、私は――」
「聞いて!」
デシーカの言葉を遮って、イオは早口に捲し立てた。
「だけど、あたしはずっと薄暗がりの境界線を歩いてる気分だった。どっちの世界にも馴染めない。あたしの世界には、お姉ちゃんしかいない」
イオが重ねた手をそっと動かして、ほっそりとした指を絡めてくる。
妹と手をつなぐなんていつ以来だろう、とデシーカは思った。
「だからさ――お姉ちゃんが〈ラウ書店〉を抜けてこっちの世界にきてくれるなら、それでいいと思ったんだ。五年間、まってればよかった。でも、お姉ちゃんがいなくなってさ、あたしは気づいた。あたしには誰もいない」
イオの声が少しずつ小さくなる。
「なのにお姉ちゃんはさ、せっかく早く出所できたのに、ロレッタさんを助けることを選んだから――お姉ちゃんは、もう、あたしのところには、こないんだって――」
数秒の間、イオは押し黙った。
「そんなこと」
大きな碧眼の目尻に涙を溜めて、掠れた声で叫ぶ。
「耐えられない!」
浅い呼吸を繰り返し、やがてそれは嗚咽に変わった。
「うっ……ひぐっ……あたしを、独りに、しないでよ!」
眉尻をさげて、碧眼から涙を溢れさせるイオの顔を、デシーカはただ見ていた。
妹の手をぎゅっと握り返す。
「あたしは、お姉ちゃんといられるなら、どっちでもよかったんだよ」
「ああ……イオ」
デシーカは妹の名前を呼ぶことしかできなかった。
初めて彼女の気持ちを聞いた気がした。
どうしてこんな簡単なことがわからなかったのだろう。
彼女がイオにいてほしいと望んだ世界だろうと。
彼女が頭のてっぺんまで浸かってしまっている泥沼のような世界だろうと。
どちらにいたって、独りでは耐えられない。
デシーカには、イオがいて、ロレッタがいた。
どちらの世界にだって、誰かがいた。
だが、イオにとってデシーカは、半分は違う世界にいた。
それでもずっと姉の期待に応えるために、普通の世界にいようとしてくれた。
姉がいつかは自分のところにきてくれると信じて。
その約束を破ってしまったら、イオには誰もいなくなってしまう。
「私はバカ野郎だな」
周りの世界が明るいだけでは、人は生きてはいけない。
どんな世界でだって、誰かがいれば生きていける。
「そうだよ……お姉ちゃんはバカ野郎だよ……」
イオが力なく笑った。
「でも……あたしもバカ野郎だね」
そのまま倒れ込むようにして胸に顔を埋めてくる。
「いい子のふりしてないで、もっと我がまま言えばよかった」
「イオ、お前の我がままなら、なんだって聞いたよ」
「ウソばっか……」
肩を震わせる妹を抱き締めたくなって、デシーカは躊躇した。
本当にそうしていいのか、もう自分にはわからなかった。
すると力尽きた様子で座り込んでいたロレッタが、半眼になってため息をついた。
「遠慮するところではないと思うけれど、お姉ちゃん?」
デシーカは友人に微苦笑をもらした。
そっと妹を抱き締めてやる。
その何倍もの力で抱き締め返された。
イオの体温、血のにおい、アヴァロン島の生温い空気――それらすべてを鮮明に感じながら、デシーカは自分も泣いていることに気づいた。
姉妹で二人して、さめざめと泣く。
こんなことを、もっと昔にしておくべきだった。
世界でたった二人。
だが、それだけでどんな世界でだって生きていける。
どのくらいの時間、そうしていたのだろう。
やがて――
「はあ、もう、まったく――車は壊れてしまったし、どうやって帰る?」
ロレッタがぽつりともらした一言に、デシーカは間の抜けた顔になった。
込みあげてきた笑いを我慢できず、声をあげる。
こんなに笑ったことは、いままでなかった。
自分でも驚くくらい、底抜けに明るい声だった。




