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65.誰もいない綺麗な世界より

 灼熱の刀身が弧を描く。


 デシーカは朧月夜で、かちあげるようにしてそれを弾いた。


 金属の嬌声。カッと火花。


 それでも撃ち込みに押されて後退する。


「お姉ちゃんはさ!」


 こちらを追いかけるようにして、イオが踏み込んできた。


 白無垢鉄火を上段に大きく構え、力の限り振りおろす。


 デシーカは受けるのではなく、迎撃するために踏み込んだ。


 灼熱の刀身と不可視の刀身が激突する。


 一合、二合、そして三合。


 ぶつかる度に火花が散り、朧月夜の黒い靄が削られる。


「あたしのことなにもわかってない!」

「私は、お前だけは、こんな世界にこなくていいように!」


 イオが白無垢鉄火を右手一本にもち替えた。


 脇を絞った刺突がくる。


 見惚れるほどの鋭さ。


 デシーカは朧月夜の腹を白無垢鉄火の切っ先に合わせ、その一撃を受け流した。


 そのまま灼熱の刀身に朧月夜を這わせるようにして、一気に踏み込む。


 上段からの一閃。


 だが、イオの強烈な前蹴りを腹部に喰らい崩される。


「イオ!」

「お姉ちゃん!」


 お互いが刹那で体勢を戻し、再び撃ち合う。


 殴り合うようにして、力任せに魔術刀が振るわれる。


 ぎりぎりの殺し合いなんてものは、所詮はこんなものだ。格好をつけている暇もなければ、気が利いた言葉なんてものを言い合うこともない。


 何度目かわからないけたたましい金属音が響き、ぎりぎりと鍔迫り合いになった。


「あたしだって別に、こんな救いようのない世界にいたいわけじゃない」


 じりじりと押し込まれる。


 イオの息もかなり荒くなっており、余力はあまりなさそうだった。


「だけど!」


 絶叫と同時に、渾身の力で突き飛ばされる。


 デシーカは堪えることができず、荒れた大地に強かに腰を打ちつけた。


 妹を仰ぎ見る。


 逆光になった顔には影が差し、白無垢鉄火が不吉なまでに煌々と輝いていた。


「誰もいない綺麗な世界よりよっぽどマシだよ!」


 灼熱の魔術刀が振りおろされる。


 デシーカは目を閉じなかった。最後まで妹の顔を見ていた。なんと言われようと、イオのことを大切に思っていたことだけは、それだけは信じてもらいたかった。


「もういいでしょう!」


 白無垢鉄火の一閃は、そんな声と同時にデシーカの眼前でとまった。


 正確には、とめられた。


 右膝をつくようにして割って入ったロレッタが、竜鱗のある右手で灼熱の刀身をぎりぎりと握り締めていた。八卦功夫の呼吸で練りあげた紫電の魔氣をまとってなお肉が焦げる。


「この……!」


 イオが魔術刀を握る手に力を込めるが、灼熱の刃は微動だにしなかった。


 押すことも引くこともできなくなり、三人はぴたりと動きをとめた。


「ロレッタ……」


 デシーカは無意識に友人の名を口にした。


 その言葉に応えるように、ロレッタが微苦笑じみた表情を浮かべる。


「本当に、最後まで、世話が焼けるのだから」


 そして、大きく息を吸い込みイオに向かって叫んだ。


「イオちゃん! デシーカの顔を見なさい! あなたの、大好きな、お姉さんの顔を!」

「うるさい!」

「デシーカはあなたのことを、本当に大切にしてた!」

「そんなこと!」

「それがわからないあなたではないでしょう!」

「そんなこと!」


 ロレッタが握り締めた魔術刀の刀身が、じりじりとデシーカの眼前から離れていく。


「イオちゃん!」


 渾身の力を込めて、ロレッタは立ちあがった。


 イオが体重を乗せて押し込んでくる白無垢鉄火の切っ先が、右肩に喰い込む。


 それでも彼女は奥歯をきつく噛み締め、魔術刀の腹に左拳を撃ち込んだ。


 紫の電光と爆発。


 イオの両手が白無垢鉄火の柄から離れる。


 灼熱の魔術刀は回転しながら弧を描き、数十メートル先の大地に突き刺さった。


 ロレッタは焼け爛れた手でイオの髪を掴んだ。


 力任せに引っ張り、その顔をデシーカに向ける。


「見なさい! デシーカはあなたのために全部背負ってきた! あなたのために真っ当な人間にだってなろうとした! そんな彼女の後ろ髪を引いたわたしは、あなたに顔向けできやしないけれど、それでもデシーカがあなたのことを想っていたのはわかるでしょう!」

「そんなこと! ロレッタさんに言われなくてもわかってるよ!」


 デシーカは息がかかりそうな距離で、妹がそう叫ぶのを聞いた。

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