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61.私は私のことばっかりだな

 目の前の光景は、まるで現実感がない映画のように思えた。


 音声のないモノクロの画面で、妹と友人が殺し合っている。


 だというのに、それがどこか遠い出来事のようだった。


 二人がなにを話しているのか、なにも聞こえない。


 ぶつかり合うイオの魔術刀とロレッタの拳。


 モノクロの画面のなかで、派手な電光と火花が瞬く。


 デシーカは目を逸らした。教会の床にぶち撒けた自分の吐瀉物を見つめながら、いまになって金魚屋の老店主の言葉を思い出す。


 あの老人は白無垢鉄火を渡したというエルフ人をこう評した。


 あなた様と似た空気をまとった方。


 それはデシーカと同じ〈課堂〉で学んだということではなく、もっと本質的なことだった。


 姉妹。


 だが、姉である自分は見えていなかった。


 盲目の老人のほうが、イオの本質が見えていた。


 デシーカは考えたこともなかった。


 彼女にあった人殺しの才能は、イオにもあったのかも知れない。すっかり馴染んでしまった血と暴力のにおいは、イオにも似合うものだったのかも知れない。


 二人の人生は、逆になっていたのかも知れない。


 妹が姉のために、殺し屋になる世界線だってあったのかも知れない。


「私は……」


 救いようのないバカ野郎だな。


 デシーカは乾いた自分の声が、まるで他人のもののように思えた。


 誰かが、自分を嘲笑っている。そうあってくれたほうが、余程よかった。


「イオ……」


 どこでボタンをかけ違ったのか、デシーカにはわからなかった。


 ろくでもない両親に売り飛ばされて変態どもの商品カタログに掲載され、シリング・ラウの気まぐれで助かったときから。自分が世界で二番目に不幸な程度にはラッキーなのだと、ロレッタ・イェンに教えられたときから。


 イオには、そうなってほしくないと思っていた。世界で二番目な不幸なんかではなくて、どこにでもある普通の幸福を手に入れてもらいたかった。学校に通い、友達がいて、できれば好きなことを見つけて仕事にしてほしかった。恋人ができて、家庭をもって、母親になって。


 慌ただしくも笑顔が絶えない。


 そんな、どこにでもある、ごく普通の毎日を手に入れてほしかった。


 だが、現実はどうだ。


 モノクロの画面のなかで、凄まじい電光が瞬いた。


 衝撃と爆風に巻き込まれ、デシーカは床に転がった。


 教会の壁をぶち抜いて、イオが外へと放り出される。


「私は……」


 朽ちて穴が空いた教会の天井。そこから差し込む何本もの光に照らされて、デシーカは自分が泣いていることに気づいた。


 鼻の奥がツンと痛くて、目尻から流れる涙の熱さに戸惑う。


 こんなものは、とっくの昔に流し尽くしたと思っていた。


 ずっと昔に。それこそロレッタに出会うずっと前に。


 イオを守る、強い姉でいるために。


 だから、世界で二番目に不幸なことはすべて自分が背負うことに決めた。


 たまたま助かったラッキーの代償があるのなら、すべて自分が払うことに決めた。


 命を売るか、身体を売るか。


 そう問われたときに、デシーカは命を売ることを選んだ。


 黒社会の殺し屋になって、命が続く限りは人を殺す。


 その代わりに、イオは、彼女だけは、こちら側の世界にこないように――


 それがイオの幸せだと思っていた。


「私は……」


 だが、イオの言葉を聞いたことはなかった気がする。


 妹がそうなることを望んでいたのはデシーカにとっての幸せであって、妹の本当の幸福がそこにあったのか、彼女にはわからなかった。黒社会から足を洗い、カタギになってイオと一緒に暮らすことですら、デシーカが勝手に望んだことでしかなかったのかも知れない。


「くっくっ……心底、バカ野郎だよ」


 デシーカはぐしぐしと目元を拭った。


「イオ……」


 自分の身体とは思えないほどに全身が重たかったが、無理やりに起きあがる。


「私は私のことばっかりだな」


 デシーカは頼りない足取りで三女神の彫像に近づいた。


 キルシェトルテの死体を磔にしている、魔術刀の柄を握る。


 一気に引き抜くと、ずるずると滑り落ちた死体が血溜まりに沈んだ。


 慣れ親しんだ鉄のにおいが鼻を突く。


 デシーカは血塗れになった三女神の彫像を仰ぎ見た。


 もう何十年も放置されていただろうに、彼女たちの長い耳と美しい顔立ちは多くの信仰を集めていたころと変わらないように思えた。


 願わくば。もし許されるなら。


「私にもう一度だけ機会をくれ」


 そのためなら、女神にだって祈ってやる。

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