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60.本当にわたしを殺したいなら

 強烈な一撃が、イオの顎を跳ねあげた。


 イオの両足が床から離れて浮きあがる。


 続けざまロレッタは魔術刀から離して強く握った左拳を、イオの腹に突き刺した。


 どごん、という肉と骨を打つ鈍い音。


 さらに蹴りあげる。


 イオの身体が、もう一度宙に浮いた。


 ロレッタはそこから、流れるように三発を撃ち込んだ。


 まるで舞踏のように美しい所作だった。


 見惚れる動きとは裏腹に、生々しい打撃音と紫電の爆発が連続した。


 驚くべきことに、その間、イオの身体は宙に浮いたままだった。


「すうぅぅぅぅぅぅ」


 さらに魔氣を練りあげて、右肩からぶつかるようにして密着する。


「八卦功夫六合合一拳――」


 ゼロ距離から、強く握り混んだ左の拳を叩き込む。


「――〈七連流星〉!」


 一際激しく迸る電光。爆発と衝撃。


 暗闇を焼き切るような紫の光が明滅した。


 一瞬にして教会の内部が明るく照らされる。


 爆風がそこらにあった長椅子や廃材を吹き飛ばす。


 バシバシと爆ぜる放電が、まるで生き物のようにのたうち回った。


「……っっ!」


 声にならない悲鳴を残して、イオが凄まじい勢いで吹っ飛んだ。


 教会の頑強な壁をぶち抜いて、外へと放り出される。


 猛烈な勢いで地面に叩きつけられ、ボールのように弾んでさらに十数メートルを転がり、生い茂った雑草のなかにゴミのように打ち捨てられる。


「ふうぅぅぅぅぅぅ」


 ゆっくりと息を吐き出し、ロレッタはイオがぶち抜いた壁の穴から外に出た。


 制御可能なぎりぎりまで練りあげた自らの魔氣と、何度も受けた魔術刀の灼熱の刃で、彼女の身体はいたるところが焼け焦げて傷だらけだった。


「立ちなさい。魔術刀の妖精の加護があれば、このくらいでくたばらないのはわかっているわ」

「そうだね……でも、むちゃくちゃ痛いんだからさー」


 イオは草のなかから、ふらふらと立ちあがった。


 いくらかダメージはあるようで、美しい金髪も白い肌も、いたるところが焼け焦げていた。


「お互いひどい有様ね」


 ロレッタは冷ややかに笑い、生温い外の空気を吸い込んだ。


「ひとつ教えてあげる。わたしたちのようなまともではない連中の殺し合いはね、徹底的な消耗戦。わたしが魔氣を練りあげている八卦功夫の呼吸をあなたが乱すか、それともあなたのマギが魔術刀の妖精に喰われ尽くすまでわたしが粘るか。そういう削り合いなのよ」

「へー……だからなんだっていうわけ?」

「わからない? 精神力の勝負なのよ」


 ロレッタは焼け爛れた自らの両手を見て、眉根ひとつ動かさなかった。


「あなたの腕は大したものだけれど。こういう泥水をすするみたいな殺し合いはね、結局はどれだけ場数を踏んできたかがものを言う」


 眼鏡をかけ直し、暗い光を瞳の奥に灯す。


「殺し合いの素人が、わたしに勝てるかしら?」

「はっ……言ってなよ」


 イオは座った目で吐き捨てた。


「そういうさー、自分はほかとは違うんですって顔はやめてよね」


 引きずるようにしていた魔術刀をゆっくりと構える。


「お姉ちゃんにだってそう」


 低い声。


「自分が!」


 横凪ぎに振られた白無垢鉄火が、橙色の軌跡を描いた。


「一番わかってるみたいな顔しないでよ!」

「実際そうかもしれないでしょう?」


 ロレッタは挑発するようにして、涼しい流し目をつくった。


「わたしとデシーカの絆はね、鉄よりも硬いし血よりも濃い」

「黙れよ……!」


 イオの顔には隠せない怒りがあった。ぎりぎりと奥歯を噛み締め、なんとか自分を落ち着けるように、浅い呼吸を繰り返している。


 もう一押しだな、とロレッタは思った。


「本当にわたしを殺したいなら、全力できなさい」


 視線が交錯し、ロレッタは見下すようにして笑った。


「出し惜しみすれば死ぬわよ?」

「言われなくてもそうするよっ!」


 目を見開き、イオが叫んだ。


 魔術刀の灼熱の切っ先が、ぴたりとこちらに向けられる。


 炉で熱されたような橙色の輝きがより強くなった。


 刀身からは無数の火花が散って、うねる炎の帯が何本も吹きあがる。


 白無垢鉄火に練り込まれた妖精が、イオのマギを大量に喰っている。


 妖精の力を解放するつもりだ。


「殺してやるから」


 彼女を中心に空間がぐにゃりと歪む。


 そんな感覚に、ロレッタはわずかに口元を歪めた。


「まったく、デシーカとそっくりでいやになるわ……」


 イオのマギが喰い尽くされるまで、耐えられるかどうか。


 そんな算段を見透かしたように、イオは口角を釣りあげて犬歯を剥き出しにして笑った。


「妖精幻想」

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