57.ウソじゃないよ
「ふうぅぅぅぅぅぅ」
静かに息を吐いたロレッタが、肩をすくめて小さく笑う。
「わたしの考えをすぐにわかってくれて嬉しいわ」
「なんとなくさ」
ロレッタ・イェンはやると言ったらやる女だ。
〈ラウ書店〉のために生き残ること、イオを助けると言ったこと、口にしたからにはそうする女だ。だから、言われるままに殺し合うなんてことはしないと思っていた。
デシーカにしてみれば、ただそれだけのことだった。
彼女と対峙し、視線を交わせば、すぐにわかった。
「ロレッタなら、なんとかすると思った」
「あらあら、お褒めにあずかり光栄だわ」
少しばかり茶目っ気のある口調になり、ロレッタが軽く肩でぶつかってくる。
「イオ、もう大丈夫だ」
唖然としているイオと、彼女を拘束しているキルシェトルテの部下に視線をやる。
「妹を放せ。見逃してやる」
無言で何度もうなずいて、エルフ人の女はイオのこめかみに突きつけていた自動拳銃を投げ捨てた。イオを解放して、じりじりと離れていく。
首を絞めていた女の腕から解放されて、イオはその場にへたりこんだ。
「イオ!」
デシーカはうつむいている妹に駆け寄り、そっと手を差し出した。
イオは小さく肩を振るわせて、聞き取れないほど小さな声でなにかをつぶやく。
「――でよ」
「イオ?」
「なんでよ」
顔を伏せたまま、イオは確かにそう言った。
意味がわからずに、デシーカは眉をひそめた。
「お姉ちゃん……」
その声がよく知っている妹のものではない気がして、デシーカはぎょっとした。
イオがゆっくりと顔をあげる。
そこにいるのは確かに妹だというのに、まるで別人のようだった。
大きな碧眼の美しい光も、愛嬌がある表情も、なにもない。
「あたしのために――」
イオは天を仰ぎ、それからゆっくりとこちらを見て笑った。
それはデシーカの記憶にある、愛おしい笑顔ではなくて。
口角を吊りあげた、まるで三日月のような、ぞっとする笑みだった。
「ロレッタさんを殺してくれると思ったのに」
「なにを言っているんだ……?」
「あたしのことが本当に大切なら、最後はあたしを選んでくれると思ったのに」
イオはこと切れたキルシェトルテを一瞥して吐き捨てた。
「だから、エルフどもにわざと捕まったのに」
デシーカは一歩、後退った。
「前にあたし言ったよね、お姉ちゃん? ロレッタさんといるほうが、楽しそうにしてるよって。さっきもそんな顔してたよ」
イオがのろのろと立ちあがった。
「やめてよ。あたしの前でそんな顔するの」
デシーカは息を呑んだ。
なにが起きているのか、まったくわからなかった。
イオがなにを言っているのか、頭が追いつかない。
別人のような妹の、それでも美しい碧眼にある光は、明確な殺意だった。
「やっぱり――殺すしかないね」
「イオ……!」
デシーカはハンマーで頭をぶん殴られたような気がした。
膝が震えて、足元が崩れるような感覚に襲われる。
立っていられずに、そのまま尻餅をついた。
イオを仰ぎ見るような格好になる。
こちらを見下ろす妹は、鏡に映った自分自身のようだった。
瞳の奥は重く濁っており、笑顔は酷薄で、声音は乾き切っている。
血と暴力のにおいを、彼女は全身にまとっている。
デシーカがロレッタを助けるためにこちら側の世界に戻ろうとする度に、イオが独りごちた言葉を、はっきりと聞き取れなかった言葉を、彼女はなぜだか思い出した。
二人で暮らすあの家で、妹との距離が離れていく度に。
やっぱり――殺すしかないね。
イオはそう言っていたのではなかったか。
「イオ……お前は……」
デシーカは自分の声が、信じられないほど震えていることに気づいた。
「お姉ちゃんが、あたしのことを大切にしてくれてるのはわかってる。あたしも、大好きだよ。でも、あたしのところに戻ってきてくれないんだもん。いやになるよ」
「イオ・デグランチーヌ!」
姿を消したと思ったキルシェトルテの部下が、戻ってくるなりなにかをイオに投げた。
それはデシーカがよく見知ったものだった。
アヴァロン黒社会で知らぬ者はいない〈耳長鬼子〉の代名詞。
灼熱の刀身をもつ魔術刀。
空中を舞うそれを、イオは当たり前のように手にした。
女エルフはうんざりしたように言った。
「お前の我がままには、我々もこれ以上はつき合いきれんぞ。ロレッタ・イェンも、デシーカ・デグランチーヌも、本来の殺しのリストには入っちゃいない」
「うるさいな」
まるで手慣れた様子で、イオは魔術刀をすらりと抜いた。
橙色に燃える刃が顕になり、薄暗い教会のなかに熱気が渦巻く。
「ただの伝書鳩が、偉そうに言わないでよ」
振り向きざまに、イオは白無垢鉄火を一閃した。
鮮やかに、舞うように。
灼熱の刃が女エルフの胴を薙ぎ払う。
腹を横一文字にばっさりいかれ、肉も血も焼け焦げて、傷口は一瞬で炭化した。
いやなにおいが鼻を突く。
女エルフはその場に膝をつくようにして倒れ、そのまま死んだ。
イオは死体を一顧だにしなかった。
「もう十分殺してあげたし、あたしの知ったことじゃないよ」
「……ウソだろう、イオ」
デシーカは目の前の光景が、現実だとは思えなかった。
「ウソじゃないよ、お姉ちゃん」
皮肉なことに、そう言ったイオの笑顔は彼女がよく知っているものだった。
人を斬り捨てた妹が、デシーカの愛したイオだということを、いやでも教えてくれる。
込みあげてきた吐き気に抗えず、
「うえっ……げっ……」
デシーカは床に両手をついて胃のなかのものをぶち撒けた。




