56.ロレッタちゃんと殺し合いなよ
どんな顔をして話せばいいのかわからないと思っていたのに、いざ妹を目の前にすると、そんなことはどうでもよくなってしまった。
イオにどう思われていようと、無事に助けることができるならそれでいい。
「デシーカちゃん、慌てない慌てない」
祭壇に放り出していた自動拳銃を手にしたキルシェトルテが、イオにその銃口を向ける。
銃声。
イオの足元で弾丸が爆ぜた。
「っ……!」
掠れた悲鳴が、妹の口からもれる。
「デシーカちゃんの態度によっては、あーし、ヤク中だから、手元が狂っちゃうっすよー」
デシーカは自分の頬が引き攣るのがわかった。
「うひっ……いい顔」
イオを嬲るようにして銃口を揺らし、キルシェトルテがへらへらと笑う。
「あの〈耳長鬼子〉が、ひひ、まったく、ホントに、情けない!」
デシーカは魔術刀の柄をきつく握り締めた。
無感情に人を殺すことができる〈ラウ書店〉の殺し屋が、妹の前ではまったく別人のようだった。彼女自身が驚くほどに。シリング・ラウはそのことをよくわかっていたのかも知れない。だから、組織はイオを守ってくれた。彼女が忠実な暴力装置でいる限りは。
「なにが望みだ?」
「望み? ひひっ……どうせあーしに先はないっす。こんなザマだし、組織からは見捨てられて、部下も全滅。あー、ひっどい」
キルシェトルテはげらげらと笑い、そのくせ虚な視線をこちらに向けてくる。
「まあそれでも? あーしが生き残る可能性があるとしたらこれしかないんすよ」
「なに?」
「デシーカちゃん、ロレッタちゃんと殺し合いなよ」
ぴたりと哄笑をとめて、キルシェトルテが言った。
生者を地獄に引きずり込もうと足首を掴む亡者がいるのなら、きっとこんな声をしているに違いない。そう思わせるような、しゃがれた声だった。
「できれば二人して死んでほしいっすけどー。ロレッタちゃんを殺して、そのあとはあーしに殺されてほしいかなー。そうしたら、妹ちゃんを解放してやるっすよ。ひひ……親友を殺して、自分は死んで、妹ちゃんを助ければ!」
「お前……!」
「ほらほら、さっさとしないと手元が狂っちゃう。ひひ、うひ」
向けられた銃口がふらふらと揺れる度に、イオが目を見開き小さな悲鳴をもらす。
こめかみに押しつけられている部下の銃口も、彼女の白い肌にきつく喰い込んでいる。
「お姉ちゃん……あたし……」
イオがか細い声をあげた。
「もう一回……」
震える声で、だがしっかりとこちらを見つめてくる。
「お姉ちゃんがつくるご飯食べたいよ……」
デシーカは妹から視線を逸せなかった。
「それは――本気で言っているのか、イオ」
「本気だよ」
イオは泣き笑いのような表情を浮かべ、それでも涙は流さなかった。
妹のために友人を殺せるのか、とデシーカは問われている。
なにも返せないでいると、
「はあ、まったく……イオちゃん、あなたは正しいわ」
ロレッタが大きな嘆息とともにそう言った。
「こんなときまで、自分にウソを吐く必要なんてないものね。あなたにとって、デシーカはわたしとこんなことをしているべきではないことはわかってる」
息を肺に吸い込み、吐き出す独特の呼吸。
「そうでしょう、デシーカ?」
「私とやり合うつもりか、ロレッタ」
「ええ、もちろん」
ロレッタを中心に、紫の電光が迸る。
「イオちゃんを助ける道がそれしかないというのなら、殺し合いましょう」
いまや彼女は身体に紫電をまとっていた。
放電が空気を焦がし、そこいらで小さな爆発が起きる。
「言ったでしょう。わたしが、あなたを助ける」
眼鏡の奥の黒い瞳には、有無を言わせない意志があった。
「ああ……そうだな……」
デシーカはゆっくりと魔術刀を構えた。
やや癖のある正眼で、右脇を絞るようなかたち。
「すうぅぅぅぅぅぅ」
練りあげられた魔氣がかたちを変えて迸る紫電は、だがデシーカには届かない。
紫電が彼女の身体に触れようとする度に、なにかに邪魔されたように霧散する。
朧月夜に練り込まれた妖精はデシーカのマギを食べて、その加護を存分に与えていた。
「八卦功夫六合合一拳!」
ロレッタが両手の拳を派手にぶつけた。
凄まじい紫電が巻き起こり、見る者の目を鋭い光で焼く。
デシーカは機会を探るように、魔術刀をわずかに揺らした。
黒い靄に包まれた不可視の刃。
刹那の間だけ睨み合い、二人は同時に仕掛けた。
「しっ……!」
短く息を吐き、デシーカは鋭く踏み込んだ。
弧を描き、虚空を疾駆する見えない刃。
ロレッタが横振りした左拳を、その腹にぶち当てた。
紫電が爆ぜる。
閃光と衝撃。
デシーカが握る魔術刀が大きく左側にぶれた。
そのまま右手を柄から離す。
左手一本になっても勢いを殺しきれず、魔術刀が水平になった。
不可視の切っ先が、祭壇に座るキルシェトルテへと向く。
瞬間、ロレッタは強烈な左回し蹴りを放った。
水平になった魔術刀の柄頭に。
デシーカは握っていた左手を離した。
まるで撃ち込まれた矢のように、魔術刀が猛烈な勢いで吹っ飛んだ。
瞬きする間もなく、不可視の刃がキルシェトルテの胸をぶち抜く。
キルシェトルテは身体をくの字に曲げて、派手に空中に舞った。
鮮血をぶち撒けながら、祭壇の奥にまで飛ばされる。
彼女の背中を貫いている魔術刀の不可視の刃が、そのまま三女神の彫像に突き刺さった。
磔にされたようになったキルシェトルテは、あんぐりと口を開けて間の抜けた顔をしていた。自分の身になにが起きたのかを理解して、へらへらと笑う。
「ひひ……」
彼女は胸に刺さっている魔術刀を抜こうとして手を伸ばした。
「……殺し合いは……生き残るから楽しいんすよ……」
三女神の彫像を伝って流れた血が、足元に血溜まりをつくる。
「あー……死にたくない」
だらりと両腕がさがる。
キルシェトルテはそれでも、幸福そうで虚な笑顔を浮かべたままだった。




