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55.耳長鬼子

 教会の扉をぶち破った衝撃で、オンボロ盗難車はフロントがひしゃげてボンネットがもちあがり、フロントガラスには蜘蛛の巣状のひびが走った。


 かつての聖域は埃が舞う光の筋が屋根の穴から差し込み、整然と並んでいたはずの長椅子は朽ち果て、床に散乱したステンドグラスのかけらが宝石のように儚い輝きを放っている。


 奥の暗がりには信仰する者がいなくなった三女神の彫像が佇んでいて、彼女たちに見下ろされるようにして血塗れのキルシェトルテが祭壇に座っていた。


 ガリガリと錠剤を噛み砕き、へらへらと笑いながらこちらを見つめている。


 デシーカとロレッタは同時に車のドアを開いて飛び出した。


 左右の側廊からいくつもの銃口が覗いている。


 洒落た言葉も、陳腐な脅しもなく、無数の銃火が瞬いた。


 銃声と硝煙が朽ちた教会に満ちる。


 オンボロ盗難車は跳弾の火花に包まれて、あっという間に弾痕だらけの廃車になった。


 身廊と側廊を隔てる何本もの柱は弾丸によって削られ、割れ残っていたステンドグラスは今度こそ完璧に粉砕されてきらきらとした光になる。


 床に転がり出たデシーカは、飛び交う弾丸を無視してすらりと魔術刀を抜いた。


 黒い靄に包まれた不可視の刃を構え、側廊に飛び込む。


 柱の影で短機関銃の弾倉を交換していたハーフエルフの男と、すれ違いざまに胴を抜いた。


 血と内臓をぶち撒けて、ハーフエルフの男はわけもわからないままに死んでいた。


 別のエルフ人の男が短機関銃の銃口をこちら向けて叫んだ。


「〈耳長鬼子(エルヴン・グイズ)〉……!」

「ああ、そうとも。あまり手を煩わせるなよ、バカ野郎どもが」


 引き金が絞られる瞬間、デシーカは踏み込むなり魔術刀を袈裟懸けに振りおろした。


 肉も骨もばっさりいく。


 ぱっと血煙。


 倒れる死体が構えたままの短機関銃が、虚しい銃声を残した。


 重く濁った碧眼で、周囲を睥睨する。


 デシーカの振る舞いは、まるで人を殺す機械のようだった。なんの無駄もないし、なんの感情もない。泣く子も殺す、〈ラウ書店〉の〈耳長鬼子(エルヴン・グイズ)〉。


 柱から柱の間を駆け、続けざまに三人を斬り捨てた。


 身体のどこかを斬り飛ばされて、血溜まりに沈む死体が彼女の背後にできていく。


 デシーカは正面に捉えた男に、見えない刃を突き立てた。


 腹から背に刃が貫けて、男が目を見開く。


 デシーカは気の利いた言葉ひとつ言わず、乾いた表情で淡々と魔術刀を引き抜いた。


「キルシェトルテ」


 側廊を一掃し、柱の影から身廊へと戻る。


 魔術刀の見えない切っ先をだらりとおろし、祭壇に座るキルシェトルテに近づいていく。


 反対側の側廊も、同じようにロレッタによって制圧されていた。


 ぴくりとも動かない黒服の男を引きずりながら、ロレッタが顔を出す。


 二人でキルシェトルテを挟み込むようなかたちになった。


「イオはどこだ?」


 冷え冷えとした声が、硝煙と血のにおいに満ちた教会に響いた。


「うひっ……怖い怖い。さすがはデシーカちゃん」


 キルシェトルテは転がる死体をへらへら笑いながら眺め、おざなりな拍手をした。


「〈ティテス・レコード〉の戦争屋〈シターン・レーベル〉も、これでおしまいっすねー。ひひっ……ホントに皆殺しで、くっくっ……ひっどいなー」


 死人のような顔色で、手からこぼれるほどの錠剤をガリガリと噛み砕く。


 デシーカはそんなヤク中女を、それでも慎重に眺めていた。


 彼女が飛び込んだ側廊には賞金首はいなかった。てっきりロレッタがやり合うことになったのかと思ったが、ロレッタの様子を見るとそういうわけでもなさそうだ。


「撃剣魔術士の殺し屋を雇っているなら、そろそろ顔を拝ませてくれるかしら?」


 ロレッタが単刀直入に言った。


「だからー、あーしは本当に知らないんすよ、ロレッタちゃん」

「あらそう? だったら、あなたを殺して、他の当てを探すだけだわ」

「ひひ……勘弁してほしいっす」


 キルシェトルテの表情から、へらへらした笑いが消える。


 地下聖堂に続く階段からサングラスをかけたエルフ人の女が姿を現す。


 だが、賞金首ではないことは気配だけでわかった。これで手駒がすべてなら、本当にキルシェトルテは無関係だったということになる。


 ちらりと視線をやり、デシーカは思わず声をあげた。


「イオ!」

「……っ! お姉ちゃん!」


 キルシェトルテの部下はイオを盾にするようにして、祭壇に近づいてくる。


 背後から首に回した左腕でイオを拘束し、こめかみに自動拳銃を押しつけていた。


 見たところイオに怪我はないようだったが、顔色は蒼白で小さく震えている。


 美しい碧眼は恐怖で揺れて、それでも彼女は唇を小さく噛んで叫んだ。


「お姉ちゃん! あたし……!」


 それがこちらを心配させないように気丈に振る舞っているように見えて、デシーカは奥歯をきつく噛み締めた。

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