54.二人の友情に
こんな話をしていると、私がカタギになっても友人のままでいられるような気がするよ。給料は安いがまともな仕事に就いて、家に帰ればイオがいて、たまにロレッタが遊びにくるような――そんな夢物語があったのかも知れないと思えてくる。
「デシーカ――いつか誓ったでしょう。わたしとあなたの絆は鉄よりも硬いし血よりも濃い。それはあなたがどうなっても変わりはしないわ」
小さな店、汚れたグラス、安い酒。
二人で交わした言葉を、デシーカは一度だって忘れたことはなかった。
「でも、イオちゃんは本当の姉妹でしょう。わたしとなんかより、よっぽど強い絆がある」
ロレッタがこちらを見つめてくる。
眼鏡の奥で揺れる黒い瞳には、鋼鉄の意志が宿る強い光がある。
はじめて出会ったときから、デシーカはずっとその光に憧れていたのかも知れない。
あるいは、控えめに言って焦がれていた。
「だから、この仕事を本当に最後にしていい」
そう言ったロレッタはそれでもほんの少しだけ寂しそうで――デシーカは抱き締めたい気持ちになった。こんなときだけ、ロレッタ・イェンは自分の本当の気持ちを口にしない。
「どうするかは、私が決めるさ」
「やっぱりバカね……」
それを聞いたロレッタは目を伏せて、微苦笑を浮かべた。
「わたし、友情を利用している、ずるい女かも知れないわね」
「そうかもな。ずるい女に騙されたバカなりにやってみるさ」
妹と友人を失わない結末なんてものがあるなら、女神――だかなんだか――に祈ってもいい。
「いいわ、デシーカ。あなたの好きにするといい。そのときはわたしが、あなたを助ける」
煙草の灰を落として、ロレッタは言った。
「もう一度誓いましょう」
それが意味するところを察して、デシーカは応じた。
「なんに誓う?」
「二人の友情に」
まるで芝居がかった言葉に、二人はどちらともなく笑った。
ひとしきり笑ってから、ロレッタが不意に口を開く。
「上に天あり、下に地あり」
それはずっと昔に誓った、鉄よりも硬く、血よりも濃い、二人の間にある鉄血の絆。
「我ら二人、心同じくして助け合い、喜びも苦しみもわけ合う」
そう言って真っ直ぐに見つめてくる彼女の黒い瞳を、デシーカは瞬きせずに見つめ返した。澱むことなく、続く言葉を口にする。
「生まれた日もときも違えども、死する日は同じことをここに願うなり」
デシーカは弄んでいた煙草を咥えた。
そこにロレッタが顔を近づけてくる。
彼女が咥えていた煙草の先が、そっとデシーカの煙草に触れた。
静かに火が灯る。
自分のものとは違う彼女の煙草の味が広がって、デシーカはゆっくりと紫煙を吐いた。
どんな結末がまっていようとも、大劇場で上演されていたガウロンオペラのように決まった筋書きがあるわけではない。
どうするかは、私が決める。
デシーカは胸中で、その言葉を繰り返した。
奇妙に心地いい沈黙のなか、煙草が短くなっていく。
「いくか」
「そうね」
それだけを言って、二人は同時に煙草を投げ捨てた。
屋根から飛び降り、運転席と助手席に乗り込む。
盗難車のエンジンを軽快に回したロレッタは、クラッチを蹴飛ばしてギアを一速に入れるなりアクセルを踏み込んだ。
オンボロ盗難車が教会に向かって猛烈に加速する。
舌を噛みそうになりながら、デシーカは双眼鏡で見た教会の様子を思い出した。
「見張りはいなかった」
「あらそう。それならこのままいくとするわ」
建てつけが悪くなっている両開きの扉が迫っても、ロレッタはアクセルを緩めなかった。
教会の正面へ続く小さな階段に乗りあげて、オンボロ盗難車が宙に舞う。
「おおい!」
デシーカが声をもらし、ロレッタはハンドルを握ったまま凶悪な笑みを浮かべていた。
「ロックンロール!」
ド派手な音を立てて扉をぶち破り、二人を乗せた車は教会へのなかへと飛び込んだ。




