49.二対一なんて卑怯じゃないっすかー
「二対一なんて卑怯じゃないっすかー」
へらへらと笑うキルシェトルテは、ショットガンを投げ捨てた。
トレンチコートを翻すと、腰の後ろから大振りの刃物を二本引き抜く。
右手、そして左手。銃剣だった。本来はショットガンに装着するためのものだ。
だらりと両腕をさげて、ほとんど素人のような佇まい。
デシーカはそんなヤク中女を警戒しながら、ちらりとロレッタに目配せした。
三人がじりじりと間合いを取る。
デシーカは不可視の魔術刀をそっと構え、吐き捨てた。
「機関銃と対戦車ロケットで店ごと吹き飛ばそうとしたお前が言えた義理か」
「いやー、ごめんなさいっす」
世間話をするようなトーンのままで、
「あれは弱者の兵法っていうかー」
キルシェトルテがなんの前触れもなく左手の銃剣を投擲した。
ぞっする速度で銃剣の切っ先が眼前に迫り、デシーカは魔術刀でなんなくそれを弾いた。
金属がぶつかり合う派手な音。
火花が一瞬だけ散る。
瞬間、デシーカはアスファルトを蹴った。
ずだん、という音を残して一気に間合いを詰める。
「しっ!」
デシーカは短く息を吐き、左足の踏み込みに合わせて不可視の魔術刀を斬りあげる。
必殺の間合いは、キルシェトルテには一・八秒ほど遅延して見えているはずだった。
なんなく回避できるだろうが、見えない刃が振り抜かれる方向ではないはずだ。
選択肢は後方か、デシーカから見て右手側か。
「キルシェトルテ!」
デシーカは柄を握る両手の手首を返し、左手を離すなり右手一本で魔術刀をぐるりと時計回りに一閃した。
鈍い金属音。カッと火花。
ぶつかりあった銃剣と魔術刀が、その勢いのまま弾かれる。
「ひひ……デシーカちゃん、こっわー」
横っ飛びして間合いを取ったキルシェトルテは、だがなにかにぶつかってぎょっとした。
ロレッタだった。
彼女の動きに合わせて、ロレッタが左肩からぶつかってきていた。
目に捉えた光景の時間感覚がずれて見えるということは、キルシェトルテの視界に入っていなければ関係ないことだった。
ロレッタは後方に押し出すようにしてキルシェトルテの身体に圧力をかけ、右拳を抉り込むように脇腹に打ち込んだ。
「いっひ!」
奇妙な悲鳴がキルシェトルテの喉からもれた。
彼女の濁った碧眼が、しっかりとロレッタを見ていた。
ここから回避するには、さらに後方に距離を取るしかない。
一・八秒――ロレッタは自分の動きが相手からそれだけの時間遅く見えていることを自覚して、打ち込む感覚をずらした。
空振りするはずが――空振りしない!
ずらした打点が噛み合って、ロレッタの拳がキルシェトルテを捉えた。
爆発。明滅する紫の電光。
キルシェトルテが軽々と吹き飛び、アスファルトをごろごろと転がる。
だが、浅い。時間感覚のずれに完璧に合わせることはできなかった。
「ちっ」
拳に残った感触に、ロレッタは舌打ちした。
案の定、キルシェトルテは転がった勢いのまま飛び起きた。
「くっそ痛いっす! あーしがヤク中じゃなかったら、ビリビリで死んでる――」
最後まで言葉を言わせずに、デシーカが続け様に斬りかかる。
力任せに何度か打ち込んで、その度に銃剣と魔術刀がぶつかり合って火花が瞬く。
「ちょっとお! デシーカちゃん、容赦なさすぎ!」
朧月夜の見えない刃は、ぶつかる度にキルシェトルテの銃剣を削っていた。
四度目の激突。
甲高い悲鳴とともに、銃剣がへし折れる。
デシーカはそのまま腰を落とし、魔術刀を袈裟懸けに振りおろした。
「うひ!」
キルシェトルテが目を見開く。
彼女の鎖骨から入った見えない刃が肺と肋骨を音もなく断ち切る――ことはなかった。
幻視しているずれた時間感覚は、間一髪で必殺の間合いから逃れる機会を与えた。
他者がそこに完璧に合わせることなど不可能に近い。
キルシェトルテは黒い靄がかった魔術刀の間合いを測り、軽くアスファルトを蹴った。
一・八秒後の魔術刀の到達地点から、自分自身をずらす感覚。
「!?」
だが、完璧に回避したつもりがそうはならなかった。
目算した間合いと、魔術刀の尺が合わない。
それは鞘の長さよりも長い。
抜剣すると不可視になるだけでなく長さも変わる、そういう代物らしい。
不可視の刃の切っ先が、キルシェトルテの左胸から右脇腹にかけてを一閃した。




