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48.おしっこちびっちゃう

 ド派手な銃声。


 ロレッタはその数瞬前に、身体を投げ出して射線を外した。


 ロレッタがいた場所を散弾が薙ぎ払い、近くにあった消火栓を吹き飛ばす。


 噴水のようにして水が噴きあがった。


 転がった勢いのまま身体を起こし、ロレッタは猛然とキルシェトルテとの距離を詰めた。


「まったく、ならあなたの身体に聞くわ」

「できるものならー」


 キルシェトルテがポンプアクションを繰り返し、続けざまに発砲する。


 空になったショットシェルがリズムよく吐き出され、次々と宙を舞った。


 無数の散弾が眼前にぶち撒けられて、紫電をまとうロレッタの身体を蹂躙する。


 練りあげた魔氣はぞっとするほどの至近距離からでも、散弾をとおさなかった。


 それでも紫電と散弾がぶつかり合うバシバシという無数の音と衝撃は、ロレッタでも頭がくらくらした。


「しいぃぃぃぃぃぃ」


 低い姿勢のまま右足を滑らせるようにして踏み込み、キルシェトルテの両足の間に差し込んで外側に払ってやる。


 体勢を崩したところに、右肩をぶつけた。


 握り込んだ左拳を突き出す。


「〈鬼哭啾々〉!」


 だが――手応えが消え失せる。瞬きもしていないというのに眼前にはキルシェトルテの姿はなく、突き出した左拳は空を切った。


 気配に視線だけを右に向ける。


 へらへらと笑うキルシェトルテが、なぜかそこにいた。


 ショットガンの銃口を、こちらの側頭部に密着させようにして構えている。


「ひひっ、残念」


 重い銃声。


 鈍器で強烈にぶん殴られたような衝撃を受けて、ロレッタは首から先が吹き飛んだような錯覚を覚えた。実際には、彼女が練りあげた魔氣によって身にまとっている紫電は、そんな距離からでも散弾をとおさなかった。


 それでも勢いよく吹っ飛んで、アスファルトをごろごろと転がる。


「キルシェトルテ……相変わらず、見えているみたいね」


 転がった勢いのまま身を起こし、ロレッタはずれていた眼鏡を押しあげた。


「このヤク中が」

「いやー、ホント、ひひっ……何秒先まで見えるかなー」


 新しいショットシェルをチューブマガジンに装填しながら、キルシェトルテはげらげらと笑った。続けてピルケースから取り出した錠剤を口に放り込んで噛み砕く。


「〈天眼通〉のキルシェトルテか……まったく手がかかるわ」


 本当にバカバカしい話だったが、キルシェトルテ・ルクスは数秒先の未来が見える。


 アヴァロン黒社会の人間なら一度は耳にしたことがある噂だった。


 そして、過去の抗争で何度もやり合ったことがあるロレッタは、それが噂ではなくある意味真実だと知っている。


 もっともそれは超常的な能力でもなんでもなく、麻薬中毒による幻視体験のようなものだった。麻薬をキメたときの彼女の時間感覚はひどく狂っていて、まるで未来を予知しているかのように攻撃を回避する。


「あの距離でぶち込んでも平気とか、ロレッタちゃん、マジでチートなんですけーど」

「ショットガン程度では、わたしを殺せやしないのよ」


 そう言ってみたものの、正直なところは厄介だった。なにせキルシェトルテの時間感覚の狂い方は毎回違っている。狂っている時間に合わせて彼女の動きを先読みすることで対応することは可能なのだが、そこを正確に把握しない限り攻撃はかわされ続ける。


 相手が麻薬の過剰摂取で意識を失うか。


 こちらが魔氣を練る八卦功夫の呼吸を維持できなくなるか。


 そういう勝負になってしまう。


「ひひ、我慢比べといきますかー」

「ちっ」


 本命の賞金首を相手にすることを考えれば、消耗することは避けたいところだった。


「はあ、もう……黙って見ていないで、そろそろ手伝ってくれない?」


 ロレッタは腰に両手を当てると、わざとらしく唇を尖らせて対戦車ロケットで吹き飛んだバーの瓦礫に向かって声をかけた。


「デシーカ」

「別に手伝わないつもりではなかったんだが」


 複雑に積みあがった瓦礫のうえに、デシーカは足を組んで座っていた。


 吹きあがった消火栓の水が降り注ぎ、火も煙もすっかりなくなっている。


「ロレッタなら一人で始末できるだろうと思ってな」

「あらそう? 期待に応えられずにごめんなさい。デシーカなら一人で大丈夫そ?」

「冗談だ。ヤク中女は面倒だから、サシでやるのは私だっていやだ」


 デシーカはそっと立ちあがった。


「それに――マギをたらふく食わせてから、はじめて抜いたからな。こいつがどんなものかと思って確かめていた」


 彼女の手には鞘から抜き放たれた魔術刀があった。


 バーカウンターの陰に隠れたままだったデシーカは、対戦車ロケットの爆発から咄嗟に逃げ出せなかった。それで魔術刀を抜いて、妖精の加護に期待することにしたのだろう。


 白無垢鉄火に練り込まれた妖精なら、ロレッタの八卦功夫の直撃でも耐えられる。朧月夜に練り込まれた妖精にも、少なくとも期待に沿う程度の加護はあるようだった。


 デシーカの右手にある魔術刀。


 刀身が――見えない。


 黒い靄がかかったようになって刀身は判然とせず、目を凝らしても長さも太さもわからなかった。ただ、デシーカが握る柄だけがはっきりと見えている。


 デシーカは瓦礫から軽快に飛び降り、気楽な調子でロレッタに肩を並べた。


「キルシェトルテ、ずいぶんとキマってるみたいだな」

「デシーカちゃん、お久しぶりー」

「ロレッタの一撃をかわしたところを見るに――お前のなかでの時間のずれは、二秒――いや、一・八秒というところか?」

「さー、自分でもわかんないんすよね。毎回違うんで。でも、バレたら死んじゃうなー」


 キルシェトルテの時間のずれは本人の感覚であって、実際に時間が遅くなっているわけでも加速しているわけでもない。ただ、対峙するとキルシェトルテに未来の動きを読まれて対応されているような感覚に陥る。


 だが、その様子を客観的に観察している者がいれば話は別だった。


 ロレッタが攻撃するほんの数コンマはやく、回避行動に入るキルシェトルテを見ることができる。そのずれが、そのまま彼女が体験している時間の流れだ。


「お前をこの魔術刀の錆にしてやるよ。一人目のな」

「ひひっ……デシーカちゃん、おっかないっす。おしっこちびっちゃう」


 キルシェトルテはへらへらと笑い、錠剤をガリガリと齧った。

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