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45.せいぜい殺し合え

 アヴァロン島全体が西日に照らされ、血のような色の太陽が水平線の向こう側に沈もうとする時間になって、気が早い連中はすでに盛り場に繰り出していた。


「こんばんは、イェン小姐(シャオジェ)!」

「ロレッタさん、ガールスバーどうですか? あたしと飲みましょーよ」

「怪我をしたって聞いたけど、ロレッタちゃん大丈夫なの?」

「ロレッタお姉ちゃん、また明日!」


 人がいいおじさん、露出が多い格好をした客引きの女、買いもの帰りの老婦人、母親に手を引かれる子ど

もたち――すれ違う人々から口々に声をかけられる。


「相変わらず、大層な人気だな」

「わたしが人気なわけじゃないわ。〈ラウ書店〉が積みあげてきたものがあるだけよ」

「そうかも知れないが、私ではこうはならない」


 実際、〈ラウ書店〉が長年縄張りにしてきたこの下町エリアでは、デシーカの顔を知っている者も多かった。だが、ロレッタのように気さくに話しかけられることはほとんどない。


「なに? うらやましい?」

「いや、ロレッタらしいと思っただけだ」

「なによそれ」


 デシーカは自分にもっていないものをもっている、そんな彼女が好きだった。口に出してしまったら、なんだか気まずい雰囲気になりそうで言ったことはなかったが。


 そんなロレッタが愛する〈ラウ書店〉とこの街を、彼女に残してやりたかった。


 少し前を歩く彼女に続いて、昔馴染みのバーに足を向ける。


 まだ客が入るには少しばかり時間が早く、店内には見知ったマスターがいるだけだった。


「イェン小姐(シャオジェ)! それにデシーカさん!」


 バーカウンターの向こう側でグラスを磨いていた五〇絡みのエルフ人の店主は、こちらの顔を見るなり目を大きくした。


「マスター、久しぶりだな」


 デシーカはカウンター席の端っこに座った。


「ええ、本当に。イェン小姐(シャオジェ)から出所されるとうかがったときは驚きましたよ」

「ロレッタから出所祝いにもらった酒は、ここで買ったんだって? 三万ロンガンなんてずいぶんと値引きしたものだ」

「私はラウ先生が若い時分から店をやっとるんですよ。イェン小姐(シャオジェ)もデシーカさんも身内みたいなものです。あれくらい、これっぽっちも惜しくない」


 マスターがアイスピックで氷を砕き、グラスに入れる。


 なにも注文していないにもかかわらず、いつも飲んでいた酒が出てきた。


 デシーカの隣に座ったロレッタが、少しばかり申し訳なさそうに告げる。


「また迷惑をかけることになりそうよ」

「お二人がそろってここにくるなら、そうなんでしょうな。この前の戦争が決着して治安はずいぶんよくなったなんて警察の連中は言ってますがね。そういうわけでもないようだ」


 酒が飲めないロレッタには、マグカップに入ったホットミルクが差し出された。


 シリング・ラウがまだ健在だったころ、このバーは〈ラウ書店〉の連絡所のひとつになっていた。デシーカは決まっていまと同じ席にいて、抗争の際に情報収集のために街中に放った店員からの連絡をまっていた。


 もっとも、いまはそんな役割をする店員はいなくなってしまったが。


 デシーカがグラスに口をつけるのと、レジ横に設置されている店舗用の公衆電話が鳴るのとはほぼ同時だった。


 ひどく懐かしい気持ちになって、デシーカはグラスの酒を一気に飲み干した。


 席を立ち、手慣れた様子で受話器を取りあげる。この前の抗争で死んでしまった仲間の声が聞こえてくるわけもなく、受話器の向こう側からは腐れ縁の人狼の声がした。


『耳長、人使いが荒いやっちゃで、ホンマに。うちはあんたのパシりとちゃうねんぞ』

「だから金を払っているだろう。うちは人手が足りないんだ」

『はっ……金の切れ目が縁の切れ目やからな、ボケ』


 ひとしきり文句を言ってから、ロクサーナは声を低くした。


『〈シターン・レーベル〉の事務所が入っとるレコード屋はもぬけの空やぞ』

「わかった。さすがに悠長に構えてやしないか」

『あれだけ外堀埋められたらな』


 系列の闇金業者をハメて戦争の口実をつくられたうえ、〈ティティス・レコード〉の世話人会の謝罪を〈ティンパ商会〉は受け流して仲裁せず、直接の上役だったアル・リッターはいまごろ音信不通になっている。ロクサーナの言うとおり、ここに至って〈シターン・レーベル〉は〈ラウ書店〉と殴り合うほか道はない。


『黙って殴られる連中でもないやろ』

「行方は?」

『それは料金外やなあ、耳長』


 金以上のことをやってくれる義理はない。ロクサーナはそういう女だし、徹底している。


「わかった。あとはこっちでやるさ」

『せいぜい殺し合え。ヤク中女もあんたらも死んでくれたら、手間がかからんで助かるわ』

「おいおい、警官が戦争を煽るなよ、バカ野郎が」


 デシーカがそう言うと、受話器の向こうからはくぐもった笑い声だけが返ってきた。


 通話が切れる。


 ホットミルクを飲んでいるロレッタに視線をやると、彼女は眉尻を少しだけあげた。


「人狼はなんて?」

「せいぜい殺し合えだとさ」

「あら、物騒なことを言うのね」


 数台の車が店の前に停車するブレーキ音がして、二人は顔を見合わせた。


 このバーが〈ラウ書店〉の連絡所になっていることは有名で、むしろ積極的に喧伝されていた。抗争相手からすると無視できないため、制圧するための戦力を送り込むことになる。


 そして、その度にまち構えていた〈ラウ書店〉の連中に撃退されたものだった。


 ここは蟻地獄のように口をぽっかり空けている、敵を誘き寄せるための場所だった。


「マスター、これ修理代よ」


 ロレッタがカウンターに剥き出しの札束を置いた。


 遠慮した様子もなくそれを受け取ると、マスターは一言だけ言った。


「幸運を」

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