44.物わかりがよくて助かるわ
デシーカはロレッタと視線を交わした。
「飼い主ではなさそう?」
「かもな」
ロレッタは肩をすくめると、リッターを再び引きあげる。
息も絶え絶えになっているリッターの首に、デシーカが魔術刀の鞘を打ちつけた。
まるで斬首するかのように。
「私たちが、お前の減らず口にいつまでもつき合うと思うな。次に引きあげたときにも、魔術刀が鞘に入ったままか試してみるか?」
「俺の素っ首落としたいならそうしやがれ」
「ずいぶんとお前に都合のいい、鮮やかな死に方だな。そんなことをするわけがないだろう。両腕を斬り飛ばして沈めてやるよ」
デシーカは魔術刀を握る右手に力を込めた。
「死なない程度に解体してやる。じっくりプールで泳いで、死んでいけ」
「……ド畜生の淫売が。よくもまあ同じエルフにそんなことが言えるもんだぜ」
「ああ、生憎と耳長よりも蜥蜴野郎に恩がある人生だったんでな」
デシーカは彼の首に当てていた魔術刀を腰に戻すと、最後通牒だとばかりに言った。
「飼い主がお前ではないなら、誰だと言うんだ?」
「本当に知らねえ……」
ようやく観念したのか、リッターは吐き捨てるようにして言った。
「いまの〈ティティス・レコード〉に、あんな大それたことができるやつがいるなんて思えねえ。俺にあんな殺し屋のツテがあるなら、戦争に負ける前に呼び寄せてるぜ」
「やっとまともにお話してくれるみたいね」
ロレッタは億劫な仕事が終わったとばかりに嘆息した。
「あなたが面倒を見ている〈シターン・レーベル〉はどうかしら? 仕切っているキルシェトルテ・ルクスは、協定に不満な連中を集めているのでしょう」
「はっ……本気で〈ティンパ商会〉との戦争を準備してるわけねえ。いくらなんでもな」
「彼女はヤク中でしょう。本当にあなたが手綱を握れているの?」
その問いの意味を、リッターはすぐに理解したようだった。
「さあな。連中はお前らと同じ戦争屋だぜ。ルチアーノさんが生きていたころならともかく、いまの俺はあいつらが勝手になにかをやっても、とめられねえし、助ける力もねえよ」
「あらそう。それなら、わたしたちが〈シターン・レーベル〉に挨拶にいっても問題ないかしら? なにせうちから百万ロンガンを巻きあげた闇金は、連中の系列組織だもの」
「好きにすりゃあいい。こちとらいい迷惑だぜ、あんなやり口に引っかかりやがって!」
「そうねえ……挨拶したら少し痛い目を見てもらうかもしれないけれど?」
「おいおい、俺はこんなザマだぜ? しばらく入院して連絡もつかねえよ」
「物わかりがよくて助かるわ」
ロレッタは目の奥はちっとも笑っていない笑顔を浮かべると、リッターをプールから出してやった。そのままプールサイドにゴミのように投げ捨てる。
これで〈シターン・レーベル〉になにが起こっても助けはこない。
「デシーカ、いきましょう」
「ああ、始末しておくか?」
「いいのよ。わたしが欲しいのは殺し屋にかかっている賞金だけ。アル・リッターを始末するかどうかは、大小姐が決めればいいわ」
「それもそうか。私も首尾のいい答えが出たら五体満足でいられると言った手前、どうしようかと思ったんだ」
「関節外しちゃったけど?」
「それくらいは構わないだろう。あれ以上粘るなら、本当に解体するつもりだったからな」
「呆れた。おっかない女ね」
「あ、私が駐車場で言ったことを根にもっているな」
「別にー」
二人して小さく笑う。
「はあ、まったく、次はヤク中が相手か」
ロレッタはそう言って肩をほぐすようにして腕を回した。
「骨が折れるわ」




