43.楽しく水泳してお話しましょうか
ホテルの最上階にあるプールはガラス張りで、アヴァロン島の景色が一望できた。
経済の中心地である中央区の街並みは大小のビルが乱立し、その向こう側には大陸へと続く海が広がっている。
プールに差し込む陽光は水面を輝かせていたが肌を刺すようで、デシーカは目を細めた。
だだっ広いプールでは多くの客が思い思いに泳いでおり、プールサイドにあるデッキチェアでくつろいでいる者も多かった。
そんな空間に足を踏み入れた三人は異質そのものだった。薄汚れたスーツを着た大柄なエルフ人の男の左右に、捕虜を連行するかのようにデシーカとロレッタが張りついている。
すれ違う客は怪訝な顔をして、リッターの血に気づいた者は小さな悲鳴をあげた。
「ちょっとあんたら!」
怪訝な顔をして監視員が近づいてくる。
デシーカは軽く手を挙げると、なにか言おうとしていた監視員と肩を組んだ。
「ああ、すまないな。これから少し騒ぎを起こすが気にするな。通報しても無駄だ」
「……?」
「客から死人は出ないが、迷惑料が必要なら〈ティンパ商会〉にでも請求してくれ。ホテルのお偉いさんに、そんな勇気があるならな」
まるで意味がわからず混乱している監視員から離れると、デシーカはリッターの背中を小突いて再びプールに向かって歩き出した。
「お前に聞きたいことはひとつだけだ」
「へっ……質問が少なくてありがてえぜ」
「〈ティンパ商会〉の幹部を殺して回っているやつがいるだろう。お前が飼い主か?」
「おいおい、バカ言ってんじゃねえ。知らねえよ」
「ウソを言うとためにならないぞ」
「どこの誰かは知らねえが、蜥蜴野郎どもをぶっ殺してくれてすっきり爽快だぜ」
あと一歩でプールに飛び込む距離まで近づくと、ロレッタがリッターの膝裏を軽く蹴った。抵抗できずに、その場で跪くような格好になる。
「なら楽しく水泳してお話しましょうか」
ロレッタはリッターの右腕を取ると、捻りあげるようにして力を込めた。
ごぎん、という肩の骨が外れる音が響く。
「ああ! くそ! くそったれが!」
悪態と悲鳴を無視して、ロレッタは続けざまに左肩の骨も外した。
周囲の客たちがざわめきはじめ、波が引くようにして周囲から人がいなくなっていく。
デシーカはすっかり客がいなくなったプールを見て、
「よかったな。どうぞ泳いでくださいだとさ」
両腕が動かなくなったリッターの背中を蹴り飛ばした。
転がるようにしてプールに飛び込み、派手な水飛沫があがる。
「っ……! がぼっ! げっ……!」
ちょうど足がつかないような深さだ。
リッターは水を飲みながら、がぼがぼと必死でもがいた。
水に濡れたスーツは重く、肩が外れた両腕は動かない。
両足を必死で動かし、首を伸ばしてどうにか空気を吸おうとする。
水面から出てきたリッターの頭を、デシーカは魔術刀の鞘の先で水のなかに押し返した。
「うぐっ! おいっ! げぼっ!」
沈んでは必死に浮かんでくるリッターを、なんの感情もない目で見据える。
デシーカは何度かそれを繰り返した。
タイミングを見計らって、ロレッタがリッターの襟元を掴んで引きあげる。
リッターは激しく咳き込んで、しこたま飲んだ水を吐き出した。
「話す気になったかしら?」
「くそったれ! 知らねえってんだよ!」
「あら? もう少し泳ぎたいみたいね」
柔らかいロレッタの声は、だがデシーカよりもよほど底冷えするものだった。
その表情は路上のゴミを見るものと大差ない。
あっさりと手を放し、リッターが再びプールの底に消えていく。
「がぼっ! 知らねえ! 本当に!」
水面から顔を出し、必死の形相で言ってくる。
「俺が飼い主なら! 真っ先に! デグランチーヌを殺してるぜ!」
その言い分は一理あるな、とデシーカは思った。
ロレッタとまともにやり合える撃剣魔術士だ。白無垢鉄火を手に入れたあとなら、魔術刀をもっていないデシーカを殺すこともできただろう。アル・リッターなら、ルチアーノの仇を取ることを優先してもおかしくはない。




