42.おっかない女だな
「あーあ、これは大変な事故ね」
「うむ。大変な事故だ」
デシーカはわざとらしく肩をすくめると、助手席のドアを開け放った。
同じようにして外に出たロレッタと顔を見合わせて、クラクションを鳴らし続けている高級車に近づいていく。
高級車のドアが次々に開き、黒いスーツ姿のエルフ人たちが飛び出してきた。
「頑丈な車だな」
デシーカは誰に言うともなしにつぶやくと、帯剣ベルトから提げている魔術刀ではなく、腰の後ろの自動拳銃を抜き放つ。
そのまま悠然と歩きながら、撃たれる前に撃った。
銃声。瞬く銃火。吐き出される空薬莢。
弾丸が次々と高級車のボディに命中し、跳弾の悲鳴と火花を散らした。
「ちっ」
銃はあまり得意ではないから、このザマだ。
この距離でもなかなか命中しない。
それでも一発がエルフ人の頭に命中して、ぱっと血煙が舞う。
そのままもんどり打って倒れた。
残さされた二人のエルフ人はそんなことなど意に介さず撃ってきた。
お互いの銃声が重なり合い、鼓膜が震える。
デシーカの尖った耳のすぐ近くを銃弾がとおりすぎ、空気が裂ける音がした。
「戦争ではな、臆病なやつから死ぬんだよ。バカ野郎が」
空になった弾倉を足元に落とし、ベルトに捩じ込んでいた新しい弾倉と交換する。
初弾を薬室に送り込むなり、デシーカは再び引き金を絞った。
銃声と銃火が猛烈な勢いで連続し、何発かを喰らったエルフ人が仰反るようにして倒れた。ひしゃげたボンネットにぶつかり、そのまま崩れ落ちて血溜まりをつくる。
最後の一人は車体の陰に身を隠して、遮二無二に撃ってきていた。
デシーカの反撃はすべて高級車のボディに命中して、派手に跳弾する。
「まったく……」
うんざりした気分で自動拳銃を投げ捨てる。
魔術刀の柄に手をかけようとしたとき、彼女を追い越すようにして駆け出したロレッタが一足飛びに跳躍した。
走り幅跳びの選手のように空中に身を踊らせて、高級車の屋根にどかんと着地するなり、そのままの勢いで車の向こう側に回り込んだ。
瞬間、車体の陰に身を隠していたエルフ人が鈍い打撃音とともに吹っ飛んだ。
コンクリートのうえを勢いよく転がって、そのまま大の字でぴくりとも動かなくなる。
首の骨があらぬ方向に曲がっていた。
「おっかない女だな、ロレッタ」
「あなたにだけは言われたくないわね」
ロレッタは半眼になって嘆息すると、ずれた眼鏡を押しあげた。
そのまま高級車の後部座席を覗き込み、腰を落としてなんの躊躇もなく右拳を突き出す。
車の窓がぶち破られる音が響いた。
腕を突っ込んでドアのロックを外し、ロレッタがエルフ人を引きずり出している。
有無を言わさず、何発か殴られる音がする。
デシーカが高級車の裏側に回り込んだときには、上等なスーツに身をつつんだエルフ人の男がコンクリートのうえに座っていた。
鮮やかな金髪は乱れ放題で、さぞ女にモテただろう整った顔は、ロレッタに殴られたせいで頬が腫れて見る影もない。歯が折れたのか、口からはボタボタと血が流れていた。
涼しい顔で佇んでいるロレッタと視線を交わし、デシーカはアル・リッターに近づいた。
エルフ人の男は顔にわずかに怯えの色を宿し、こちらを見あげた。
それでもドスの効いた声でがなり立てる。
「デグランチーヌ! ガウロン人に股を開いたくそったれの淫売が!」
「元気そうだな、リッター。私がルチアーノの首を刎ねて以来か?」
「ああそうだな! いますぐにでも、お前を同じ目にあわせてやりてえぜ」
リッターは血が混じった唾を吐き捨てた。
怒りが恐怖を上回ったのか、いまにも飛びかかろうとする野良犬のようだった。
あの日、リッターはルチアーノの邸宅にはいなかった。彼が襲撃してきた〈ティンパ商会〉の連中を皆殺しにして、部下とともに駆けつけたときにはもうすべて終わっていた。
だから彼は生きているとも言えるし、死に損なったとも言える。
「うちは前の戦争は全面降伏で、もう組織としちゃ立ち直れねえだろう。世話人会の連中は、あのクソ蜥蜴女に尻尾を振ることしか考えてねえ。俺も人のことは言えねえがな。だってのに、そっちから協定を破って仕掛けてくるなんざ、どういう了見だ、ええっ!?」
「おいおい、リッター。少し落ち着いたらどうだ」
デシーカは同じ目線になるようにしゃがみ込み、まるで感情のない目で彼を見据えた。
「落ち着けだと!? 気が狂ってるのか、お前らはよお! こんなことしてどういうつもりだ! 世話人の俺を殺れば、さすがに日和ってる連中も黙っちゃいねえぞ! 特にデグランチーヌ、お前をいますぐ殺してえのは、俺だけじゃねえ!」
「威勢がいいのは結構だが、言葉なんてものは百万語費やそうが一発の弾丸より無力だぞ」
デシーカは本当に呆れたようにして嘆息した。
「それにな、お前を殺りたいなら、もっと簡単に殺ってるさ。そんなこともわからないほどに、耄碌しているわけじゃないだろう?」
「……ちっ、くそ」
リッターは怨嗟のこもった声を喉の奥からもらした。
それが嘘でも脅しでもなく、事実なのだということを彼はよく理解している。
「私を見ろ、リッター」
デシーカはリッターの喉元を鷲掴みにすると、その瞳を覗き込むように顔を近づけた。
「私たちはお前に少し聞きたいことがあるだけだ。首尾のいい答えが出たなら、明日からも五体満足でいられるさ。酒でも女でも楽しめばいい」
ひどく乾いた彼女の笑みに、リッターは必死で睨み返した。
手を離してやると、盛大に咳き込みながらもなお言ってくる。
「げほっ……がはっ……くそったれ! そんな話を誰が信じるかよ! お前らこそ、こんな場所で派手なことやりやがって。とんだしくじりだぜ」
「誰かが警察に通報して、お前の顔馴染みの警官と弁護士が一緒に到着するなんて展開を期待するなよ? このホテルからの通報は、しばらく取り合わないことになっている」
「なに?」
「ちょいと反抗的な態度でも取って時間を稼ごうとでも思ったのか? 残念だがな、警察に顔が効くのはお前だけじゃないんだよ。私のほうは高くつくが」
金に汚い人狼は、だが払った金の分は信用できる。
「つまるところ、話す時間はたっぷりあるんだよ、リッター」
デシーカの言葉を引き取って、ロレッタが背後からリッターに声をかける。
「確かこのホテルは最上階にプールがあったでしょう」
彼女がリッターの肩に手を置くと、大の男がびくりと震えるのがわかった。
そんなエルフ人に、ロレッタは世間話をするようにして言った。
「水泳なんてどうかしら?」




