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41.地獄の底で笑っているだろうよ

「アル・リッターか」


 アヴァロン中央区にそびえ立つ三つ星ホテルの地下駐車場にひっそりと停車してある黒塗りのセダンの助手席で、デシーカは魔術刀を抱えるようしてシートに身を沈めていた。


 望遠で撮影された写真を手にして、しげしげと眺める。


 オードリーが用意したその写真には、仕立てのいいスーツに身を包んだエルフ人の男が捉えられている。高級車から降り立つ、〈ティティス・レコード〉の幹部の一人だ。


「ルチアーノに可愛がられていたやつだな」

「ええ。いまの〈ティティス・レコード〉では、そこそこ骨のあるやつよ」


 運転席でハンドルに寄りかかるようにしているロレッタが、静かに言った。


 先の抗争で頭目だったルチアーノや有力な幹部が数多く殺され、〈ティンパ商会〉との休戦協定を受け入れた〈ティティス・レコード〉は、世話人会と呼ばれる有力幹部たちによる集団指導体制に移行した。


 休戦とはいえその実は全面降伏で、いまの幹部連中は〈ティンパ商会〉に従順な傀儡政権のようなものだった。


「臨時の世話人会で、こいつだけが〈ティンパ商会〉への謝罪を拒否したという話だが?」

「〈シターン・レーベル〉は彼がルチアーノから任されていた組織でもあるし、百万ロンガンをもって帰らせたチンピラの闇金はさらにその系列だもの」

「ふむ」


〈ラウ書店〉が戦争を吹っ掛ける大義名分を無理矢理につくったあと、〈ティティス・レコード〉は臨時に世話人会を開いた。写真はアル・リッターが会場に駆けつけたときのものだ。


 その会合で出された結論は、〈ティンパ商会〉へ謝罪を入れるということだった。


 翌日にはルールー・ウォンのもとに、詫び金と一緒に闇金の責任者とデシーカが百万ロンガンをもたせたチンピラの首が届いた。


 その結論に唯一反対したのが、この男というわけだ。


 ルールーは謝罪に対してこの事案は〈ラウ書店〉が勝手にやっていることで、〈ティンパ商会〉としては支援しないが制止もしないと回答した。


 つまるところ、アル・リッターは正しかった。謝罪なんてものに意味はない。


「まったく、ルチアーノが地獄の底で笑っているだろうよ」


 ルチアーノが頭目だったなら、いまごろ〈ティンパ商会〉系列の売春宿やら闇金やらが襲撃されて爆破されていただろう。そういうことを、へらへら笑いながらやれる男だった。


 殴られたら、殴り返す。


 それが彼のルールだったし、デシーカがよく知っているルールでもあった。


「ずいぶん楽しそうに言うのね」

「そうかな?」


 フロントガラスには自分のむっつりした顔が映っている。


「楽しそうには見えないが」

「わたしにはわかるの」

「ロレッタがそう言うならそうなのかもな」


 カタギになると告げた際の、ルチアーノの言葉を思い出す。


 バカを言えよ生粋の殺し屋が。面白くもねえし笑えねえよ。


 ああ、まったく。お前の言ったとおり、ド三流の喜劇になっていそうで癪にさわるよ、ルチアーノ。笑われているのは、私も同じかも知れないな。


「このアル・リッターが殺し屋の飼い主だと思うか?」


 デシーカはライターを取り出すと、写真を炙って火を点けた。


 ゆっくりと写真が燃えていく。


 黒焦げになっていくエルフ人を眺めながら、デシーカはそっと煙草を咥えた。


 燃える写真で煙草に火を点け、窓を開けて写真を放り捨てる。


「そうかも知れないし、傘下の〈シターン・レーベル〉かも知れないけれど。それをこれから確かめるわ。少なくとも、大小姐(ダーシャオジェ)に媚びへつらっている連中ではないことだけは確かだもの。外から殺し屋を雇う気概がありそうなのは、いまの幹部では彼だけよ」


 臨時の世話人会以降、アル・リッターはアヴァロン島のホテルを転々としていた。


 それが謝罪を受け入れるつもりのない〈ラウ書店〉から身を隠すためなのか、意見が対立した〈ティティス・レコード〉の他の幹部連中から身を隠すためなのかはわからなかったが。


 彼が殺し屋の雇い主なら、ここに至っては近くに置いているのではないかと思える。


「どれくらい骨のあるやつか確かめるとするか」


 デシーカは半分くらいになった煙草を、車内の灰皿に押しつけた。


 地下駐車場に一台の車が入ってくる。


 コンクリート打ちっぱなしの冷たい空間に響くエンジンの音。


 ブレーキをかけた際の、タイヤが擦れる耳障りな音。


 ヘッドライトの光が、二人が身を潜めているセダンを横切るようにして差し込む。


 少しの間を置いて、よく磨かれた高級車が目の前をとおりすぎていった。


「いくわよ」


 瞬間、ロレッタがキーを回した。


 景気よくエンジンが吹きあがる。


 シフトレバーを一速に入れるなり、セダンは急発進した。


 巧みなハンドル捌きでリヤを振るようにして九十度回転。


 けたまましい擦過音を残して、タイヤの跡がコンクリートに残る。


 ロレッタがクラッチを踏み込み、シフトレバーを叩くようにして操作した。


 アクセルがベタ踏みされて、スピードが一気にあがる。


 前方の高級車との距離がみるみる詰まった。


 相手は背後の異状に気づいたようだったが、もう手遅れだった。


 ロレッタは高級車のリヤバンパーの右側に、容赦なく追突した。


 こちらのフロントがぐしゃりと潰れる音がして、押し出されるようにしてバランスを崩した高級車が反時計回りに回転した。


 耳障りなブレーキ音を残しながらコンクリートのうえを滑っていき、駐車していた別の車にフロントからぶつかって停車する。金属がひしゃげる音が派手に響き、壊れたクラクションの絶叫が駐車場の静寂をぶち破った。

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