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40.わたしの言葉よ

「汚い手で私の仲間に触るなよ、三下が」

「なんじゃ、ボケ!」


 反射的に振り返った男は、魔術刀を見てぎょっとしたようだった。


「え……あんたは――」

「ごめんなさいね。うちの店員がご迷惑をかけてしまったみたいで」


 さらにパイプ椅子に座るロレッタに気づき、男は目線を激しく泳がせた。


「おっ……な……ロレッタ・イェン……さん」

「あら、わたしの顔を知ってくれているなんて嬉しいわ」

「アヴァロン黒社会で……あんた、いや――あなたの顔を知らないなんてモグリですよ」


 男は卑屈に笑い、ちらりとデシーカにも目をやった。


「〈ラウ書店〉の……お二人のことは、どんなガキだって知ってます」


 ロレッタはパイプ椅子から立ちあがると、床に座ったままだった男の胸元を掴んで無理やり立ちあがらせた。


「あの子はうちの店員なの。わたしに相談もせずに、偽名でお金を借りてしまったみたいで。あなたの言うとおり、借りたものは返さないと。本当に」

「いや……あの……〈ラウ書店〉だなんて知らなかったもんで」


 男はひゅうひゅうという息をもらしながら、必死の形相でそう言った。


「け……結構です。お金は」

「おいおい」


 それを聞いたデシーカは、ことさらわざとらしい声で言った。


「〈ラウ書店〉だから結構ですなんてことは、道理がとおらないだろう。バカ野郎が」


 目の奥はこれっぽっちも笑っていない笑顔を浮かべて、男の肩に親しげに手を置く。


「ひっ……」


 縊り殺される寸前のニワトリのような声をもらす男の胸ポケットに、デシーカは茶封筒を捩じ込んだ。それから乱れた襟元を丁寧に整えてやり、背中をぽんぽんと叩いた。


「すまなかったな。百万ロンガンある。これで今日は勘弁してくれないか」

「いや……そんな……受け取れませんよ……こんな」

「借りた金は利子だけでも返さないとだろ? ん? それがたとえ悪質な闇金でもな。まったくそのとおりだ。なあ、ロレッタ」

「そうね。わたしもそう思うわ、デシーカ」


 ロレッタは眼鏡を押しあげると、柔らかい声音とは裏腹に鋭い眼光で男を睨んだ。


「百万ロンガンもって帰って、〈ラウ書店〉から巻きあげたと言っておけドチンピラが」


 ロレッタは男の胸を突き飛ばした。


 男は足をもつれさせて何度か転びながら、部屋を出ていった。


 ロレッタは静かにドアを閉めるオードリーに言った。


「〈ティティス・レコード〉の幹部連中に、近いうちに挨拶にいくと伝えておいてくれる?」

「……わかりました。〈シターン・レーベル〉ではなくてよいのですか」


 彼女が偽名で金を借りたのは〈シターン・レーベル〉系列の闇金業者だ。


「……てっきり理由をつけて、キルシェトルテ・ルクスに仕掛けるのだと思っていました」

「休戦協定に従順な〈ティティス・レコード〉のエルフどもが面従腹背なら、殺し屋を雇って〈ティンパ商会〉を揺さぶっている可能性はあるわ」


 戦争をふっかけられれば、さすがに隠していたお面野郎を出さざるを得ないだろう。


 あるいは連中が本当に従順で痛くもない腹を探られるなら、〈シターン・レーベル〉にすべてを押しつけて見捨てるはずだ。


「……二段構えにするために〈シターン・レーベル〉系列の闇金にしたのですか」

「ええ。〈シターン・レーベル〉は怪しいと思っているけれど。最初からそこに仕掛けて、面子だなんだと〈ティティス・レコード〉に渋々でも出てこられると面倒だわ。それなら、責任を押しつけられて孤立してもらったほうがいいでしょう」

「……慧眼ですね。〈ティティス・レコード〉に用件を申し伝えますが、そのあとは?」

大小姐(ダーシャオジェ)に、機を見て敏をなすようにと」


〈ラウ書店〉が戦争を仕掛けて、協定に不満がある〈ティティス・レコード〉の跳ねっ返りが暴れ出せば狩り尽くす。ルールー・ウォンはそんな機会を見逃さない女だ。


「……承知しました」


 ぺこりと頭をさげるオードリーに、デシーカは言った。


「ルールーに、イオのことを頼んでいるんだ。すまないが、お前もついてやってくれないか。うまく身を隠しておかないと、人質にされてしまうからな」

「……イオさんのことはお任せください。大小姐(ダーシャオジェ)が渋っても、私がいくつかもっているセーフハウスに匿いますよ」

「ああ、頼む」

「……デシーカさん」


 部屋を出ていこうとして、オードリーは思い出したかのようにこちらを振り返った。


「……戻ってきてくれてありがとうございます。いまのあなたになら、イェン小姐(シャオジェ)を安心して任せることができます」

「あまり私を買い被るな、オードリー。所詮、人を殺すしか能のない兵隊だ」

「……だからですよ」


 オードリーは暗い笑顔を浮かべた。


「……泣く子も殺す〈耳長鬼子(エルヴン・グイズ)〉」


 それが彼女なりに親しみを込めたものだということは、デシーカはよくわかっている。


 今度こそ振り返ることなく、オードリーは部屋を出ていった。


「さて、連中はどう出るかしら」


 ロレッタが小首を傾げるようにして言ってくる。


 その目には恐怖も高揚感もなく、ただ強い意志の光だけがあった。


「どう出るもこう出るも、やることはひとつだけさ」


 デシーカは新しい煙草を咥えると、ロレッタにも一本勧めた。


 火を点けてやり、二人して深々と紫煙を吐き出す。


 ロレッタが拳を握り、冷え冷えとした声でぼそりと言った。


「すべての問題は最早、鉄と血によってのみ解決される」

「誰の言葉だ?」

「わたしの言葉よ」


 妙な納得感があって、デシーカは苦笑した。

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