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34.天命か

「手前が見たところ、白無垢鉄火とあなた様は相応ではございましたが、より相応の者が現れ出でれば移ろうのは必定でございます」

「なにが言いたい、ご老人」

「刀剣には刀剣の天命があると申しあげたはず。白無垢鉄火も一度手前の手を離れ、シリング・ラウからあなた様の手に渡り、そして舞い戻り、また離れたにすぎませぬ」

「ラウ大哥(ダーコー)を知っているのか?」

「剣の道には生きてはおられぬが、大層な御仁でございましたな」


 シリング・ラウが白無垢鉄火をこの老人から譲り受けたのなら、それは〈課堂〉に送り込むデシーカのためだろう。


 不意に看板を見たときに抱いた既視感がよみがえってきて、デシーカはこの店にきたことがあるかも知れないと思った。それこそ〈課堂〉に入る前、シリング・ラウに連れられて。そう――〈ラウ書店〉でしばらく飼っていた金魚は、ここで買ったのではなかったか?


 だが、ラウの目的は金魚を買うことではなく、老店主の目利きに幼いデシーカがかなうかどうかの試験だったのかも知れない。そのときにラウはこう言った気がする。いいかい、デシーカ。〈クラヂャヴ・ソルシュ〉――古いエルフ語で輝く剣、光の剣という意味だよ。


「金魚屋には似つかわしくない店の名だ、ご老人。確かにあなたの趣味の店だ」


 老店主は音もなく立ちあがると、店の奥に姿を消した。


 そして再び音もなく戻ってくると、埃にまみれた一振りの刀剣をこちらに寄越した。


 デシーカは柄を握り、ひと思いに鞘から引き抜いた。


 ざらりとした耳障りな音を立てて、刀身が顕になる。


 水槽の鈍い光に照らされたのは、錆ついて使いものにならなくなった姿だった。


 だが、抜いた瞬間にわかった。


「魔術刀か?」


 刀身に練り込まれた妖精に、マギを餌として吸われていく感覚がある。


「左様です。銘は朧月夜」

「現存する魔術刀は、ほぼすべて神聖帝国が管理しているはずだ」

「その神聖帝国がアヴァロン島を侵略するよりも遥か前に、大陸に渡った撃剣魔術士が帯びていた代物でございます。大陸で死したのち墓に埋められ、いつのころか盗掘屋に掘り起こされて数百年を流浪したのち、縁あって手前のもとにあり、そしてあなた様のもとへいく」

「なんとも出来すぎた話だな」

「いいえ。そういう天命。あなた様は妖精に見初められたお方。一振り失えば、一振り得る」


 そう言った老店主が、デシーカには仙人かなにかのように思えた。


「本物なの?」


 背中越しに声をかけてくるロレッタは、少し胡乱げだった。


「ああ、本物には違いない。どんな妖精が練り込まれているのかまではわからないが。そこのご老人が言うとおりなら、数百年間マギを食べていなかったんだ。錆びもするさ」


 デシーカが改めて刀身を水槽の光にかざすと、先ほどよりも錆が落ちてきているのがわかった。まるでいまそこで研いでいるかのように、美しく輝く鈍色の刀身が少しずつ顕になる。


「ウソでしょ……」


 ロレッタは眼鏡を外すと、眉間の皺を揉み解した。


 錆が落ちていく魔術刀を見て、信じられないといった様子で肩をすくめる。


「私のマギを食って錆がすべて落ちれば、本来の姿になる。本当に馴染むにはもう少し時間がかかるが。白無垢鉄火も放っておけば灼熱の刀身は錆びついて、ただの鈍らになる」


 デシーカは朧月夜を静かに鞘に納めた。


「いくらだ、ご老人」

「これは手前の趣味でございますから。お代などいただいておりません」


 本物の魔術刀など、金を積めば手に入るというものでもなかったが。そんなうまい話は、本来は警戒すべきものでしかなかった。だが、魔術刀とやりあうには魔術刀が必要だ。


「とんだ変わり者だな」


 デシーカの言葉に、老店主は破顔した。


 地下の店から外に出ると、日はすっかり暮れていた。


 アヴァロン島特有の蒸し暑い空気を感じて、デシーカは現実に引き戻された感覚になった。同時にそんなに時間が経っていただろうかと思った。


 右手に握る魔術刀の重さを感じて、老店主の言葉を思い出す。


「天命か」


 シリング・ラウから与えられた白無垢鉄火は、〈耳長鬼子(エルヴン・グイズ)〉と呼ばれたデシーカ・デグランチーヌの代名詞だった。それを手放してなお、自分の手に別の魔術刀があるというのなら。剣を握ることをやめることは、もうできないのかも知れない。


 そんなことを思って、デシーカは無意識にぞっとした笑みを浮かべた。


 階段を先にいくロレッタがこちらを振り返って手招きしている。


 デシーカは階段をゆっくりとのぼった。一段一段、ゆっくりと。


 不意に金魚屋も、盲目の老人も、幻かなにかではないのかと思えてきて背後を振り返る。


 古いエルフ語で書かれた店の看板は確かにそこにあった。


 手にした魔術刀が幻ではないことを教えてくれるかのように。

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