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33.ずいぶんと人をお斬りなさったね

 ロクサーナのメモに記された住所はアヴァロン島の西地区にある下町エリアで、金魚街と呼ばれている場所にあった。金魚は縁起がいいものとされていて、金魚屋ばかりが立ち並ぶ光景はアヴァロン島ではお馴染みだった。


 その店は金魚街の外れにある風雨で薄汚れたオンボロビルの地下にあって、急で狭い階段の先にひっそりと存在していた。


〈クラヂャヴ・ソルシュ〉というその店の名前はひどく古いエルフ語で、デシーカには意味がわからなかった。だが、どこかで聞いたことがあるような既視感を覚える。


「いらっしゃい。金魚をお求めかね?」


 薄暗い店内に足を踏み入れると、店主のしわがれた声だけが奥から響いた。


「いいや。ある剣の行方を探していてな」


 デシーカは左右に視線を送りながら、店の奥に足を進めた。


 カビと湿った土、そして水草が混じり合った独特のにおいが鼻を突く。


「昔、ラウ師父(スーフー)が金魚を買ってきたことがあったわね。しばらく〈ラウ書店〉で金魚鉢を置いて飼っていたっけ」


 後ろに続くロレッタが水槽のひとつを覗き込んでつぶやいた。


「ああ、私は金曜日の餌当番だった」


 整然と並べられた無数の水槽からもれ出る光は幻想的で、まるで宝石箱のようにぼんやりと浮かびあがっている。フィルターが水を吸いあげる低い唸りと声と、エアレーションが立てる穏やかな気泡の音。その二つだけが、この静寂な世界の心音のように響いていた。


「手前の刀剣は――売り物ではございませぬが」


 作業灯が照らすカウンターの内側で、年老いたエルフ人の店主が背中を丸めていた。


 ピンセットで水草のトリミングをしている手つきは確かだが、両目は白く濁っている。


「目が見えないのか」

「目が見えずとも、金魚の世話はできまする」

「だが、蒐集する刀剣の目利きはできないだろう」


 それを聞いて、老店主は破顔した。


 改めて作業灯に浮かびあがった顔には年輪のように深い皺が刻まれ、エルフ人の金色の髪はすっかり白くなっていた。枯れ枝のような老人は、だが奇妙な存在感がある。


「刀剣は目開きのほうが、得てして鈍らを掴まされまする。エルフのお嬢さん」


 デシーカはぎょっとして、ロレッタと顔を見合わせた。


 本当は目が見えているのではないかと思ったが、間違いなく老店主は盲目だった。


「手前は盲いておりますが、されど心の目は開いておりまする。そちらの――ガウロン人のお嬢さんではなく、あなた様は剣客の空気がある」

「驚いたな」

「ずいぶんと人をお斬りなさったね」

「ああ、だから私は剣客なんて大層なものじゃない」

「人斬りだとて、剣客は剣客」


 ピンセットを置いた老店主は、白く濁った両目をこちらに向けた。


「なんの刀剣をお探しか?」

「魔術刀だ。銘は白無垢鉄火。ここにもち込まれたと聞いた」


 デシーカは単刀直入に言った。


「もう、手前のもとにはございませぬ」


 老店主は澱みなく答えた。


「然るべき方にお引き合わせいたしました」

「引き合わせた?」

「刀剣には刀剣の人生、天命がございますから。手前の趣味は、その巡り合わせをつくることでございます。最早このご時世、刀剣は廃れ時代に取り残された遺物ではございますが、錆びるままに死にゆくのは忍びない。手前が刀剣を蒐集するのはそのためでございます」


 朗々と語るその口調は、まるでなにかの演目のようだった。


「奇妙な趣味をおもちのようだな、ご老人」


 白無垢鉄火がここにもち込まれ、誰かの手に渡ったことは間違いなさそうだった。そして、眼前の老人の言葉を真に受けるなら、相応しい使い手に渡したということになる。


「渡したのはエルフだな?」

「左様、あなた様と似た空気をまとった方でございました」


 やはり賞金首は〈課堂〉出身の撃剣魔術士かも知れないな、とデシーカは思った。


 老店主の言うとおり、刀剣はいまのご時世すっかり廃れている。剣客などと臆面もなく言える技量をもっている者はそういない。


「顔は――その目ではわからないか」

「手前にわかるのは、その方が求める刀剣に相応しいかということだけでございます」

「まったく、もう、時間の無駄よ」


 それまで黙って老店主の話を聞いていたロレッタが、しびれを切らしたように言った。


 その声には少しの怒りがある。


「ロレッタ、なにをイライラしているんだ?」

「白無垢鉄火を然るべき者に引き合わせた? 冗談でしょう。あれはラウ師父(スーフー)があなたに与えたもので、あなた以外に相応しい人なんていないわ。だから、このご老人の言うことは、とんだ眉唾だっていうこと」


 デシーカはそんなことはないと言おうとしたが、言葉を呑み込んだ。


 老店主の言ったことを、その実デシーカはそんなものかも知れないな、と思っていた。


 刀剣というものは確かに道具だが、それでいて古今東西の名剣名刀には魂というものがきっとある。握った瞬間に、手に吸いつくように馴染む一心同体になるような感覚がある。


「帰りましょう、デシーカ」


 踵を返したロレッタを追いかけようとしたデシーカは、


「おまちなされ、エルフの」


 存外に迫力ある老店主の声に足をとめた。


 それはロレッタも同じで、少し驚いた顔でこちらを振り返っていた。

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