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32.もう死んどるけどな

 ロクサーナは店の自動ドアをくぐると、なにも注文せずに二人が座るカウンター席までやってきた。


「おいおい、公衆の面前でいちゃいちゃするなや。逮捕するぞ」

「友人と食事をしていただけですけど、警察は横暴なのね」


 ロレッタはそう言って咳払いすると、眼鏡を押しあげた。


「そのとおりや、ロレッタ。警察は横暴やし、なにをしてもええんや」

「遅かったな、ロクサーナ」

「ああ、耳長。あんたにへし折られた肋骨が痛くてなあ。まともに歩けんのよ」


 平然とした顔でそう言うと、ロクサーナは脇に挟んでいた茶封筒をカウンターに放り出してロレッタとは反対側の席に座った。


 デシーカはちょうど二人に挟まれるようなかたちになる。


 ロクサーナとは定期的に情報を交換しており、今日はこの店で落ち合うことになっていた。


「派手にやっとるようやね、お二人さん。故買屋が痛めつけられて、つながっとる警察内の横流しグループは怒り浸透や」

「少し質問をしているだけだ。連中は口が軽くて助かる」

「くっくっ……まあ、うちには関係ないこっちゃ」


 ロクサーナが煙草を咥えたので、デシーカはライターを差し出して火を点けてやった。


「進展は?」


 ここ何日か同じ質問をしているが、答えはいつも進展なしだ。


 だが――


「あった」


 ロクサーナの短い答えに、デシーカはぎょっとした。


 ロレッタを見れば、同じように目を少し大きくしている。


「魔術刀を横流しした警官を見つけたということか?」

「ああ、もう死んどるけどな」


 紫煙を吐き出しながら、ロクサーナは茶封筒から書類を取り出した。


 デシーカはそれを受け取り、ロレッタと回し読みした。


 書類は警察官の職務経歴書だった。


 セシリア・シアーシャ。エルフ人。巡査。アヴァロン警察本部総務局総務課勤務。刑事ではなく事務職で、人のよさそうな顔立ちはあまり印象に残らない。


「この女は一ヶ月前に退職したんやが、直後に自動車事故で死んだ。轢き逃げでな、犯人はすぐに出頭してきて事件は解決。ただ、間違いなく身代わりや。ホンマの犯人はどこへやら」


 自動車事故に見せかけた殺人は、黒社会お得意のやり口だった。プロが轢き殺したあとは、背後関係がまったくないそこいらの浮浪者でも買収して出頭させる。


「なぜこの女だと?」

「警官の勘――なんてこと言うたらカッコええけどな。生憎とそんなもんはもっとらん。あんたから魔術刀が横流しされたっちゅう話を聞いてな、この女を思い出したんや。総務課は保管庫の管理を担当しとるからな。で、このセシリア・シアーシャ。うちが知る限り複数の闇金からかなりの額の借金があったんやけど」


 デシーカはなぜロクサーナがそんなことを知っているのか、とは聞かなかった。


 この女が保身のために集めている警察内の情報には、こういった醜聞も含まれている。


「それが改めて調べたら退職前にはきれいさっぱり返済しとった」

「退職金じゃないの?」


 そう言ってくるロレッタに、ロクサーナが首を振る。


「方々から借りた金のトイチの利子が積もりに積もって五千万ロンガンやぞ。うちのクソ安い退職金でどうにかなるか、アホ」

「魔術刀を売った金で返済したということか?」

「あるいは借金チャラを餌に買収されたかや。セシリア・シアーシャを追い込んどった闇金は〈ティティス・レコード〉の系列やからな。雇った撃剣魔術士に魔術刀を渡したいなら、系列組織の借金なんぞ帳消しにするやろ」


 そして用済みになったら殺される。


「ついてない女やで。借金の理由は病気の父親の治療費でな、このアヴァロンには珍しい善人や。金がありゃあこんな目に合わずにすんだ」


 ロクサーナはデシーカから職務経歴書を引ったくると、貼られている顔写真を指で弾いた。


「しかしまあ、善人やろうが悪人やろうが、運のないやつは平等に死ぬ」


 近くにあった灰皿を引き寄せて煙草の灰を落とし、彼女は皮肉げに笑った。


「そんな不運な女が保管庫からもち出した魔術刀、いき先はここや」


 メモを柄シャツの胸ポケットから取り出すると、ロクサーナは職務経歴書にクリップでとめてこちらに再び差し出してきた。メモには可愛い丸文字で住所が書かれていた。


「リストにない故買屋か?」

「故買屋やなくて蒐集家や。骨董品のサーベルなんかを集めとる変わった爺さんやで。恐らくはこいつが仲介して魔術刀を渡した」

「よく割り出したものだな」

「目星さえつけられたなら、あとはなんとでもなる。透明人間にでもならん限り、完全に痕跡を消すことはできへんからな。とはいえや。死んだセシリア・シアーシャが誰に話をもちかけられんかはもう追えん」


 魔術刀を仲介した蒐集家が、取りにきた相手の顔を覚えていることを期待するしかなさそうだ。賞金首になっている殺し屋本人が取りにきたのかどうかはわからないが。


「耳長、蒐集家はあんたらが当たれ。運がよけりゃ賞金首にたどり着くやろ」


 ロクサーナは灰皿に煙草を押しつけると、そう言って立ちあがった。


「これで依頼分の仕事はしたで。うちは命あっての物種やからな。そこにおるロレッタ・イェンがサシで勝てへん相手や、これ以上関わりたないわ」


 そう言われたロレッタは露骨に不満げな顔になり腕を組んだ。


「まったく。不本意だわ」

「事実やろ、アホ」

「次やったら、絶対にわたしが勝つから」

「知らんがな。脳筋ども同士で殺し合っとけ」

「はあ? それを言うなら人狼のほうが脳筋だと思うけれど?」

「おお、なんや、ケンカ売っとるんか鱗野郎が」

「わたしの感想なのでお気になさらず。それとも図星で気に障ってしまったかしら」


 澄ました顔のロレッタに、ロクサーナは舌打ちした。


 この二人は昔からあまり仲がよくないことを思い出し、デシーカは嘆息した。


 デシーカとロクサーナには現場の兵隊として個人的な腐れ縁があったが、〈ラウ書店〉の副店長という立場が長いロレッタは少し違う。それに彼女は、そもそも警官が嫌いなのだ。家族を皆殺しにされたときに、買収された警官がまともに捜査をしなかったときから。


「頼むから私を挟んで言い争わないでくれ」


 ロレッタがそっぽを向いて、ロクサーナがまた舌打ちする。


 窓ガラスに映り込んでいる自分自身に向けて、デシーカはひどく気の毒そうに笑った。

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