第八話 途切れる意識
スラムへ戻った翌朝。俺は、いつも通りゴミ捨て場へ向かった。体にはまだ重さが残っていた。それでも、休んでいる暇はない。これから先、ゼロとともにここを出るためには、食料も道具も必要になる。瓦礫を漁る手つきは、いつもより遅かった。それでも時間をかけて拾い集めていくうちに、袋にはそれなりの重さが加わっていった。俺は袋を背負い、いつもの買取屋へ向かった。
「よう。昨日は来なかったな」
店に入ると、珍しく店主の老人から声を掛けられた。
「……ちょっと、体調を崩してました」
「そうかい」
老人はそれ以上追及することなく、袋の中身を一つずつ取り出していく。金属片。古びた部品。使い道の分からない機械の残骸。いつものように選別を続けていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういや、お前が来なかった日な。教会の連中がえらく騒いでたぞ」
「……教会が?」
「ああ。広場の方で何かあったらしくてな。騎士が何人も、ゴミ捨て場の辺りまで探し回ってた」
俺の手が止まりかけた。だが、すぐに動かす。
「何を、探してたんですか」
「知らねえよ。俺には関係ねえ話だ」
老人は興味を失ったように肩をすくめ、選別を終えると硬貨を俺の前へ置いた。
「ほら。また明日な」
「……どうも」
硬貨を受け取り、店を出る。外へ出た瞬間、俺は小さく息を吐いた。心臓が、嫌な速さで脈打っている。教会騎士がゴミ捨て場を探していた。偶然なのか。それとも……。その答えが出ないまま、翌日を迎えた。いつものように瓦礫を漁っていると、すれ違う住人たちの視線が妙に絡みついてくる。何かを話している。だが、俺が近づくと声が小さくなる。目が合えば、すぐに逸らされる。何かを言いかけているのに、誰も直接声を掛けてこない。
「……なんだよ」
誰に向けるでもなく呟いた。返事はない。その理由を知ったのは、拾い屋たちの会話を偶然耳にしたときだった。
「あいつだよ。一昨日、スラムの外から戻ってきたって噂の」
「マジか? 誰があんな所まで行くんだよ。正気か?」
「見た奴がいるんだと。えらく汚れた格好で、こそこそ戻ってきたらしい」
その瞬間。以前、声を掛けてきた男の顔が脳裏に浮かんだ。
(まさか……)
あの日、俺に声を掛けてきた男。あいつが、余計なことを話したのか。胸の奥が冷たくなる。そのときだった。遠くから、人のざわめきが広がった。俺が顔を上げる。人だかりの向こう。鎧をまとった教会騎士が、数人。スラムの奥へ入り込んでくるのが見えた。騎士たちは住人に何かを尋ねながら、一人ずつ顔を確かめるように声を掛けている。探している。誰かを。俺の背筋を、冷たいものが走った。
〈教会騎士、複数を確認。捜索行動の可能性があります〉
頭の中に響いたゼロの声に、心臓が大きく跳ねた。
「……分かってるよ」
(探しに来た)
確信はない。だが、体はすでに動いていた。俺は騎士たちから距離を取るように、瓦礫の陰へ向かって歩き始めた。できるだけ自然に。急がず。走らない。
〈移動方向、適切です。走らないでください。不審な動きは、逆に注意を引きます〉
「分かってる」
言われなくても分かっていた。それでも、ゼロの冷静な声が頭の中にあるだけで、ほんの少しだけ呼吸を整えることができた。視線を落としたまま歩く。騎士たちを見ない。何も知らないふりをする。そのまま通り過ぎようとした。だが。背中に視線を感じた。誰かが、こちらを見ている。
〈対象、こちらを注視。距離を詰めています〉
「……くそ」
俺の歩みがわずかに速くなる。
「そこの少年」
背後から声が飛んできた。有無を言わせない、硬い声だった。俺は振り返らず、そのまま歩き続けようとした。だが、足音が迫ってくる。一歩。また一歩。そして――。
「待て、と言っている」
肩を掴まれた。
「っ!」
強引に体を引かれ、無理やり振り向かされる。目の前には、一人の教会騎士。その目が、俺の全身を値踏みするように動いた。
〈バイタルサインに急激な変化。落ち着いてください〉
ゼロの声が響く。だが。落ち着けるわけがなかった。
「お前。一昨日、どこにいた?」
「……分かりません。いつも通り、ここにいました」
「嘘をつくな」
騎士の声が低くなる。
「何人かがお前を見たと言っている」
その目には、すでに疑いを超えた確信が宿っていた。逃げ道が、少しずつ塞がれていく。
〈否定を継続してください。現時点では証拠が不十分です〉
ゼロの声は、いつも通り冷静だった。その冷静さが、今は少しだけ心強い。
「いいから、着いてこい」
「離せよ」
肩を掴む手を振り払おうと、俺は身を捩った。
〈推奨しません。複数を相手にした抵抗は――〉
最後まで聞くことはできなかった。拳が飛んできた。
「ぐっ……!」
顔面を打ち抜かれた瞬間、視界が白く弾ける。膝から力が抜けた。地面が急速に近づいてくる。だが、その動きさえも妙にゆっくりと感じられた。
〈意識レベル低下を検知。生命反応に異常はありません〉
遠くで、誰かが怒鳴っている。その声とゼロの声が重なり、次第に遠ざかっていく。視界が暗くなる。音が消える。そして――。何も分からなくなった。静かに生きる。誰の記憶にも残らない。それが、これまで俺が自分を守るために決めていた唯一のルールだった。だが、そのルールはもう、とっくに破られていた。
聖教会の騎士
騎士には七段階の階級が存在する。各階級には、使用できる魔法の種類や威力、習熟度などを示す目安が設けられている。
大聖騎士:上級〜超級
聖騎士団長:上級
聖騎士:中級〜上級
上級教会騎士:中級
教会騎士:初級〜中級
従騎士:初級
騎士見習い:初級




