↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界なき者  作者: 虎テツ
第一章 アストリア聖王国 三女神教の国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/33

第四話 錆びついた避難所

 魔物の襲撃があったその日。なんとか魔物を倒したものの、身体は限界まで疲れ切っていた。寝床に戻った俺は、倒れ込むように眠りについた。そして翌朝。全身を走る鈍い痛みに、俺は目を覚ました。


〈おはようございます〉


 まだ覚めきらない意識の中へ、ゼロの声が静かに響く。


「おはよう」


 二日目になり、頭の中に直接響く声にも少しは慣れてきた。それでも、まだ警戒する気持ちは消えていない。身体を起こそうとした瞬間、昨日の戦いで負った傷が疼いた。


「……っ」


 思わず呻き声が漏れる。


〈大丈夫ですか〉


 いつもより、ほんの僅かに柔らかい響きだった。心配しているのだろうか。


「このぐらいの怪我には慣れてるから、大丈夫だよ」


 最近では少なくなってきたが、少し前まではスラムで暮らすためのルールも分からず、生傷が絶えなかった。


〈そうですか。では、早めに新しい魔道具を探しましょう〉


「この棒があれば、大丈夫じゃないか」


 懐から棒を取り出し、軽く握り直す。


〈昨日の一撃は、本来の使い方ではありません。本来は、最初の長さで使用します。カイは訓練を受けていないため、一時的に出力を最大まで引き上げて使用しました。この使い方をした場合、すぐに使用できなくなってしまいます〉


「そうなのか。ちなみに、訓練すれば使えるようになるのか?」


〈訓練すれば使用できるようになります。ただし、昨日の魔物を倒せるほどの強さになるには、何十年もの訓練が必要でしょう〉


「新しい魔道具を見つければ、倒せるのか?」


〈新しい魔道具の種類にもよりますが、昨日の魔物であれば、見つけただけで倒せる可能性もあります〉


「そうなのか」


 思ってもみなかった答えに、俺は驚きながら返した。


「またゴミ捨て場を探せばいいのか?」


〈いえ。もうゴミ捨て場にはありません。最寄りの反応は、ゴミ捨て場のさらに奥、西側の森林部にあります。徒歩で半日程度を要する見込みです〉


 俺は思わず眉を寄せた。あの先に足を踏み入れたことは、一度もない。城壁による警備もなく、魔物が自由に出入りする場所だと聞いたことがあるだけだ。


「森か……。本当に行くしかないのか?」


〈現状の魔道具では、次に魔物に襲われた際、倒せない可能性があります〉


 今まで、魔物に襲われたことはなかった。だが、昨日実際に襲撃を受けたことで、また同じことが起こる可能性も十分にあると思ってしまった。


「何はともあれ、まずは炊き出しに行こう」


 森へ行くかどうか。その結論は、後回しにすることにした。炊き出しへ向かう途中、顔見知りのスラム住人たちが集まり、何やら騒いでいるのが見えた。話に加わるつもりはなく、そのまま横を通り過ぎようとした。そのとき、声を掛けられた。


「おい。今日の炊き出しは中止だってよ」


「中止? なんでか分かりますか?」


 俺が炊き出しを利用するようになってから、中止になったことは一度もなかった。


「昨日、炊き出し中に魔物の襲撃があっただろ。その調査と、神子様の安全が確保できないと再開できないんだとさ」


 スラムの住人にとって、一日一回の炊き出しは文字通り生命線だった。それが中止になったことで、皆どこか苛立っている。


「それだけじゃねえよ。紫の光のことも聞かれたぞ」


「なんで紫の光を調べているんですか?」


「紫の光は、どの魔法属性にもない色だろ。それに、教会の経典には災いの光として載ってるんだってよ」


「災いの光」


 その言葉に、内心が大きく揺れた。それでも表情には出さないよう努めながら、教えてくれたことへの礼を告げる。そして、来た道とは違う道を選び、その場を離れた。


「ゼロ。災いの光って、なんだよ」


 歩きながら、焦りを隠せず問いかける。


〈私にも分かりません。ただ、魔法とはまったく異なる力なので、警戒した教会が災いの光と呼んでいた可能性はあります〉


「教会が探すなんて、よっぽどだぞ」


〈カイが使用したという証拠はありません。また、もう一度使用しない限り、気付かれる可能性は低いと思われます〉


 ゼロの説明を聞き、確かにもう一度使わなければ大丈夫なのかもしれないと考える。だが――。


〈ただし、もう一度魔物の襲撃があった場合、現状では対応が難しい状況です〉


 その言葉に、俺は黙り込んだ。


「……分かったよ。森の中に探しに行く」


 元々、いつまでもこのスラムで怯えて暮らすのは嫌だった。ゼロを信じて、ここから抜け出す。そう、覚悟を決めるように、深く長い溜め息を吐く。


〈それは良い判断だと思います。いつ行きますか?〉


「炊き出しもなくなったしな。これから行くよ。ゼロが、また助けてくれるんだろ?」


 わざと軽い口調を作る。胸の奥にある怖さを、押し隠すためだった。


〈任せてください。全力でサポートします〉


 ゼロは、いつもと変わらない声で答えた。俺はスラムの中を抜け、ゴミ捨て場の奥へ向かって歩き始めた。その先には、誰の手も入っていない荒れ地が広がっている。さらに遠く。黒々とした森が、地平の向こうまで続いていた。ここから先は、スラムの誰も足を踏み入れない場所だ。足が竦んだ。一歩踏み出せば、もう後戻りできない。そんな気がした。何度も踵を返しかけては、立ち止まる。それを何度繰り返しただろう。


〈深呼吸してください。そして、昨日の魔物との戦いを思い出してください。魔物が出たら、また倒しましょう〉


「分かった」


 俺は奥歯を噛みしめた。震える足を無理やり前へ出す。境界線を越えた瞬間、空気の匂いまで変わったような気がした。


 荒れ地を抜け、森へ足を踏み入れる。木々の間は薄暗い。時折、獣とも魔物ともつかない鳴き声が、遠くから響いてくる。そのたびに心臓が跳ねた。ゼロの指示に従い、森の中を進んでいく。右へ進んだと思えば、不意に足を止める。少し戻ったかと思えば、今度は左へ進む。


「なんで、さっきから行ったり来たりしてるんだよ」


〈魔物との遭遇を避けています。時間はかかりますが、安全を最優先に進んでいます〉


 驚くと同時に、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。


「なら、魔物に会わないで済むんだな?」


〈会わないように進んでいます。ただし、遠距離からこちらを察知するタイプの魔物は、避けきれません〉


「結局、どっちなんだよ」


 安心と不安が交互に押し寄せる。頭の中を整理できないまま、俺は困惑した声で返した。


〈現在の魔道具では、索敵範囲に限界があります。魔物との遭遇を避けながら、安全かつ可能な限り早く進みましょう〉


 納得はできなかった。それでも、しぶしぶ頷く。


「分かったよ」


 その後も、俺はゼロの案内に従って森の中を進んでいった。そして――。


〈魔物に、囲まれています〉


 それまでとは明らかに違う。ゼロの声に、硬い緊張が混じっていた。


「魔物を避けてたんじゃないのかよ!」


 魔物を避けていると思っていたのに、囲まれていると知らされて、焦った声が漏れる。


〈どうやら、遠距離からこちらを察知する魔物のようです。囲んでいることを考えると、群れで狩りをするのでしょう〉


 ゼロの声は、一瞬だけ硬くなったが、すぐに元の声に戻った。この状況にあっても、落ち着いた声で話す。感情の揺れはほとんどなく、いつもと変わらない冷静さだった。


「何、落ち着いてるんだよ! どうするんだよ!」


〈カイ、落ち着いてください。焦っても何も変わりません。私が指示を出します。冷静に対処してください〉


 俺は無理やり息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それを何度か繰り返し、なんとか呼吸を整える。


〈落ち着きましたか? では、前に走ってください〉


「え? 落ち着いて対処するんじゃないのかよ!」


〈さすがに囲まれた状態では厳しいです。目的地へ到達することを優先します〉


「そういうことかよ!」


 慌てて走り出す。さっきまでは気付かなかった。だが走り始めると、周囲から近づいてくる足音が聞こえてくる。木々の奥から、低い唸り声も響いていた。


〈走りながら、棒を出してください。昨日のように遠距離を攻撃するのではなく、剣として使用します。注意してください〉


 魔物の気配に怯えながら、棒を取り出す。前方へ構える。すると、昨日と同じ淡い紫色の光が伸びた。


〈右から接近してきます。合図をしたら振ってください〉


 言われた方角へ、慌てて意識を向ける。木々の隙間。そこから、赤く光る二つの目が見えた。低い唸り声。そして、銀色の体毛を逆立てた大きな狼型の魔物が、地面を蹴って走ってくる。


〈今です〉


 合図に合わせ、右へ向けて棒を振る。光が魔物を掠めた。次の瞬間、魔物の鳴き声とともに、焦げた匂いが鼻を突く。


「やったのか?」


〈掠っただけです。それに、魔物は複数います。走り続けてください〉


「分かった!」


 息が上がる。足がもつれそうになる。それでも、言われるまま走り続けた。


〈次は左右から来ます。目の前にある大きな木を背にして、振り向いてください〉


 俺は言われた通り、大きな木を背にした。振り向く。走り続けてきた身体には、息を整える暇すらない。目の前には、二メートルはある大きな狼型の魔物が八匹。銀色の体毛を逆立て、鋭い牙を剥き出しにしながら、じりじりと包囲網を狭めてくる。


「さすがに、この数は無理だろ……」


 あまりにも多い。その数を前にすると、逆に頭が冴えた。恐怖より先に、冷静な絶望が押し寄せてくる。


〈私の指示に従えば大丈夫です〉


 ゼロは、いつもと変わらない声で告げた。昨日の絶望的な状況も、ゼロの指示に従ったことで切り抜けることができた。そのことを思い出し、棒を握る手に力が入る。


〈前に構えてください。倒すことではなく、追い払うことを優先します〉


 魔物たちが、じりじりと距離を詰めてくる。低い唸り声が、森の中に響き渡った。そのうちの一体が、痺れを切らしたように地面を蹴る。大きく口を開き、飛びかかってきた。


〈来ます。前に振り抜いてください〉


 言われるが早いか、俺は棒を振り抜いた。昨日ほどではない。それでも、紫色の光が強くなり、僅かに伸びた気がした。光の刃が、狙い違わず魔物の頭部を捉える。断末魔の叫びを上げる間もなかった。頭部が焼き切られ、そのまま大きな身体が地面へ叩きつけられる。動かない。息を切らしながら、俺は倒した魔物を見下ろした。信じられない。それでも、手には確かな手応えが残っている。


「……これなら、いけるか?」


 思わず呟いた。


〈構えてください。次が来ます〉


 浮かれかけていた気持ちを引き締め、慌てて棒を構え直す。仲間が一瞬で仕留められたことで警戒したのか、それまでの勢いが嘘のように消えた。魔物たちは鳴りを潜め、様子を窺うように動きを変える。


〈勢いで来てくれませんか。同時に来られると困りますね〉


 目の前に二体。左右に一体ずつ。合わせて四体が、獲物を追い詰める獣の目つきで、ゆっくりと間合いを詰めてくる。次の瞬間。四体の魔物が、示し合わせたかのように同時に走り出した。


〈左に抜けます。魔物に向かって振ってください〉


 指示に従い、左から迫る魔物へ向かいながら棒を振る。まだ距離がある。それでも紫色の光は真っ直ぐに伸び、魔物のいる場所まで届いた。だが――。魔物は、それを見切っていたかのように身を翻した。光の刃が空を切る。


〈右から来ます〉


 確認する余裕はなかった。勘だけを頼りに右へ棒を振る。手応え。次いで、魔物の甲高い悲鳴が森に響いた。焦げた匂いが鼻を突く。


〈前に飛んでください〉


 声と同時に、考える間もなく前へ身体を投げ出した。だが、避けきれなかった。背中に焼けるような激痛が走る。


「ぐあっ!」


 勢いのまま地面を転がった。土と枯れ葉の匂いが、鼻先に強く香る。


〈地面と水平に棒を振ってください〉


 全身を貫く激痛に呻きながら、それでも腕を動かす。地面を這うように、棒を横薙ぎに振るった。その瞬間。これまでで最も強い光が迸った。紫色の光の刃が伸びていく。行く手を阻んでいた木々ごと、魔物をまとめて薙ぎ払った。複数の魔物を倒したお陰か、割に合わないと思ったのか、残った魔物たちは、振り返らずに引いていった。


〈魔物が引いていきます。目的地まではもう少しです。頑張ってください〉


 痛みで意識が朦朧とする。視界の端が霞む。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。ゼロの案内に従い、よろめきながら森の奥へ進んでいく。やがて。木々の隙間から、錆びついた巨大な鉄の塊が姿を現した。長い年月、誰にも触れられていないような、朽ちた構造物だった。その一部が、まるで生き物のように独りでに開いていく。


〈中に入ってください〉


 俺は残った力を振り絞り、その内部へ足を踏み入れた。


〈右の部屋に入ってください。目の前の棚にある箱を開け、その中身を飲んでください〉


 覚束ない足取りで右の部屋へ向かう。棚に辿り着くと、震える手で箱を開けた。中に入っていたものを、言われるまま口へ運ぶ。なんとか飲み込んだ。


〈お疲れ様でした。もう大丈夫です〉


 その言葉を聞いた瞬間。張り詰めていた糸が切れたように、身体から力が抜けた。安心したのか。それとも、限界をとうに超えていたのか。俺はそのまま、意識を失った。

教会:アストラ教(三女神教)

三女神を信仰する宗教組織。内部には思想や教義の解釈の違いから、三つの派閥が存在する。

救済派:人々の救済と慈善活動を重視する派閥。

聖戦派:異端や敵対勢力との戦いを重視する派閥。

真理派:教義や神々の真理の探究を重視する派閥。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。