第九話 集められた者たち
その日のうちに、報せは各都市へと伝えられた。王都の空に、教皇の紋章を刻んだ雷隼が放たれる。雷の魔力を全身に纏ったその姿は、一筋の閃光となって遠い空へと消えていった。続いて、翠燕の群れが一斉に飛び立つ。陽光を受けて煌めく小さな緑の翼が、風を切りながら各都市へと散っていった。
使い魔たちが運ぶ書状には、教皇の名の下に、正式な通達が記されていた。大聖騎士フィリベール・オーレンスを代表とする調査団が結成されたこと。そして、調査団が訪れた際には、各都市が全面的に協力するように、という命令である。文面は簡潔だったが、その背後にある重大さは、受け取った誰もが理解していた。あの大聖騎士自らが動く。それだけで、今回の事件がどれほど深刻なものか、十分に伝わってくる。書状を読み終えた各都市の長たちは、一様に表情を引き締め、速やかに対応の準備へと取り掛かった。
会議が終わると、フィリベールは間を置かず、自ら調査団の人選に着手した。声をかけたのは、いずれも長年の付き合いを通じて、実力だけでなく人柄まで見極めてきた者たちだった。王城の一室に集められた候補者たちは、大聖騎士の口から語られる任務の概要に、静かに耳を傾けていた。
「護衛には、お前たち二人を頼む」
最初に名を呼ばれたのは、騎士見習いから地道に経験を積み上げ、聖騎士へと上り詰めた二人だった。一人は、風属性の魔法を操る若手、リアム・フォスター。寡黙で慎重な性格だが、その身のこなしは俊敏で、戦場では優れた機動力を発揮する。もう一人は、火属性の魔法を操るダミアン・ロック。幾多の戦場をくぐり抜けてきた古参の聖騎士で、重厚な一撃を得意としていた。性格も戦い方も対照的な二人。しかし、互いの弱点を補い合える組み合わせであることを、フィリベールはよく理解していた。だからこそ、自らの護衛として選んだのだ。
「調査には、記録係を二人。現場の検証と、証言の聞き取りを任せたい」
続いて選ばれたのは、几帳面な仕事ぶりで知られる教会騎士たちだった。彼らは日頃から報告書の一字一句にまで気を配り、どれほど些細な手がかりも見逃さないことで知られていた。地道な確認と粘り強い調査が求められる今回の任務に、これ以上ふさわしい人材はいなかった。
「教義の観点からも、判断を下す必要があるだろう。司祭を一人、同行させる」
名を挙げられたのは、若くして聡明さを認められている司祭だった。今回の事件では、すでに「悪魔の力」という言葉が広まり始めている。根拠の定かでない情報が独り歩きすれば、民衆の不安を煽り、教会への混乱を招きかねない。伝承や教義に照らして事件を分析し、その解釈と対応を担う。それが、彼に与えられる重要な役割だった。
「助祭も二人ほど連れていく。記録の整理や、その他の雑務を頼む」
こうして、フィリベール自身を含む総勢八名の調査団が編成された。大規模な部隊ではない。しかし、各自が異なる役割を担い、互いの不足を補える精鋭たちだった。
「皆、心して臨め」
フィリベールの声は、いつになく低く、重かった。その一言を境に、部屋の空気が張り詰める。集められた者たちは背筋を伸ばし、次の言葉を待った。
「もし本当に、あの伝承にある力が現実のものだとすれば、これは並の事件ではない。何が待ち受けているか、予測もつかん。命を落とす覚悟をもって、この任務に臨んでもらいたい」
誰一人、口を開く者はいなかった。やがて、全員が無言のまま深く頷く。恐怖を感じていないわけではない。それでも、この場に集められた者たちは、大聖騎士の言葉に込められた覚悟を受け止め、自らもまた、その重責を引き受ける決意を固めていた。翌朝、調査団は王都を発った。夜明け前の薄闇に包まれた城門を、八人を乗せた馬車が静かに通り抜けていく。見送りに立つ者もほとんどいない、ひっそりとした出立だった。目的地は、聖騎士ラグナ・ベルクが命を落とした街、レムス。
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街道を、二台の馬車が駆けていた。朝霧の残る平原に、規則正しい蹄の音が響き渡る。車輪が地面を捉えるたびに細かな土煙が舞い上がり、馬車はその勢いを保ったまま、街道を進んでいった。車両を牽引しているのは、馬ではなくマドルドッグだった。力強い四肢で地面を蹴り、荷を積んだ一般的な馬車とは比べものにならない速度で走り続けている。その車体には、二本の旗が掲げられていた。一つは赤。もう一つは金。どちらにも、教会の紋章である三女神を象徴した意匠が、鮮やかに縫い込まれていた。赤は、国家の存亡や秩序に関わる重大な緊急事態を示す色。金は、教皇、あるいは大聖騎士級の公務を示す色。その二つが同時に掲げられている。それが何を意味するのか、道行く人々に説明する必要はなかった。商隊も、旅人も、巡回中の騎士でさえ、馬車の旗を目にした途端、速やかに道の端へと移動した。身分の上下を問わず、誰もが迷うことなく道を譲る。それは、この国に深く根付いた慣習だった。先頭の馬車には、フィリベールと二人の護衛、リアムとダミアンが乗っていた。揺れる車内には、窓から差し込む朝日が細い光の筋を落としている。車輪が路面を踏みしめる振動が、座席を通じて伝わってきた。
「しかし、ラグナ殿が殺されるなんて、いまだに信じられませんよ」
腕を組んだダミアンが、低い声で呟いた。無骨な顔には、仲間を失った者の悔しさが滲んでいる。幾多の戦場を経験してきた彼にとっても、同じ聖騎士が殺害されたという報せは、簡単に受け入れられるものではなかった。
「ラグナ殿ほどの方が、殺されるなんて……。一体、何があったんですか」
リアムもまた、静かに問いかけた。普段は必要以上に口を開かない彼が、自ら疑問を口にする。それだけでも、今回の事件が彼に与えた衝撃の大きさがうかがえた。
「報告によれば、神話にあるような力が使われたとのことだ」
フィリベールは落ち着いた声で答えた。しかし、その表情には、拭いきれない懸念が浮かんでいた。膝の上で組んだ両手に、わずかに力がこもる。
「本当に、そんな力が使われたんですかね」
ダミアンが眉をひそめた。神話に語られるような力。それが現実に存在するなど、数々の戦場を渡り歩いてきた彼にとっても、にわかには信じがたい話だった。
「他国から送り込まれた刺客、という可能性はないんですか」
「否定はできん。それも含めて、今回の調査で明らかにする」
フィリベールは窓の外へと目を向けた。朝霧の薄れ始めた平原が、馬車の進行に合わせて後方へと流れていく。その景色を見つめながら、彼は静かに言葉を続けた。
「ただし、事実として一つだけ確かなことがある」
二人の視線が、フィリベールへと集まる。
「聖騎士が、何者かに殺害されたということだ」
その一言を最後に、馬車の中は沈黙に包まれた。車輪が路面の石を踏む音と、マドルドッグの蹄が地面を打つ音だけが、規則正しく響いている。誰もが、それぞれの考えを胸に沈めていた。神話に語られる力が、本当に存在するのか。他国の刺客による犯行なのか。あるいは、彼らの知らない何かが、この事件の背後に潜んでいるのか。今の段階では、どれも推測の域を出ない。だからこそ、現場で確かめる必要があった。馬車は速度を緩めることなく、街道を進み続けた。やがて、遠く地平線の向こうに、レムスの街並みがぼんやりと姿を現し始める。




